第3節 神秘の森と世界樹-チーレズト-

【〜楽園の詩〜神秘の森と世界樹-チーレズト-】

『彼女を守りし巨大樹。それは西へ東へ北へ南へと根を張らす。

 彼が死んだ遺骸によって出来た事になった大樹。それはこの世界が虚構であり■■■である事の証明

 我らは彼女の為に……この世界樹を守らん』

 

――――――――――――

 

 創造神デミウルゴスは其の身が朽ち果てる其の時に我ら、導きの民に厚かましくも願いをしてきた。


 

『我はいつの日か力を使い果たし倒れるだろう。しかし、我は永遠にこの世界を臨んでいたい。未来がどんなに暗いモノであろうと。我は大樹に意識を移し世界を永遠に臨む。その為に大樹を導きの民に守護してほしい。誰よりも聡明な民に頼みたい。』


 

 そう我らを煽てながら願いをしてきて、デミウルゴスは我らの手にあった種の苗床になる事を望み、我らも其の願いに答えた。そうして、この世界に幾度目かの大樹が根を張り巡らされた。前時代の世界を恨み復讐しようとした者愚か者が焼き尽くしてくれた大樹はまた、我らの目に見えるモノとなった。


 其の大樹の周囲、我ら導きの民の領域内にも幾千本の木が立ち其の荘厳さから、後に《神秘の森》と呼ばれる事となった。其の木々は全て我らの同胞であり、この森から世界を臨みいつの日か本当の眠りから覚める日を待ち望んでいる。

 神秘の森にはデミウルゴスの他にも命尽きようとする神々が眠りにやってくる土地となった。それは我らにとっては騒々しく迷惑なモノでもあったが、我らはただ見守る。それが導きの民の使命なのだから。我らはただ見守る。彼女の寝覚めの時を守る為に……


 

 彼女の目覚めの時を待っているある時、我らの同胞の怠惰に過ごす事しか出来ない者愚か者が大樹に成っていた実を刈り取り食べた。それにより我らは無駄な知識を得て我らの存在はどんどんと格を堕とし退化してしまった。これを堕落というのだろう。その実を刈り取り食べた者は後に世界の何よりも重い大鎌を持たされ神秘の森の雑草狩りを命じた。

 

 以前は、神と同列かそれ以上の存在だったのに、今となれば人と同列かそれ以上かの存在となった。それを人間達は《知恵深き者達エルフ》と呼んだ。

 呼び方は悪くなかったので我らはそのまま《知恵深き者達エルフ》となった。知恵深き者達エルフは導きの民と同様に非常に長命で知識に富んだ存在だった。けれども、導きの民だった頃のように世界の無垢さを信じる事は出来ずに、生命を導く事も困難となってしまった。其の為か、肉体に致命的な傷を負えば其の他、生命と同じように死んでしまう運命に晒される事となった。

 

――――――――――――

 

 世界樹の根元に眠る存在があった。それが我ら知恵深き者達エルフが最も守らなければいけない存在。偽物の神デミウルゴスの遺体など、どうでも良かった。彼女を守る為に我らは生まれてきたのだから……。彼女を支える為に我らは生まれてきたのだから……。

 

 

「……ここは……?」

「イバラギリツ様……おはようございます。」


 幾度目かの彼女の目覚めを出迎える。勿論、彼女の目覚めがいい訳がない。立ち上がりて周囲を確認する。それも幾度となく見てきた景色。変わる事の無い。変わる事が出来ない。

 

「……なぁ?……オガタ?……私は……私は……何度目の目覚めなのか……?」

 一瞬オガタとは誰なのか。っと聞こうとしたがなんとなくやめた。目覚めの彼女に情報をまず与えるのが重要だ。

 

「……もう随分と前に800億回を超えて数えるのをやめてしまいました……。」

「そうか……また、また……私は……」


 イバラギリツ様は一旦頭を抱えて蹲り少ししてまた、顔を上げた。


「世界樹を燃やしたのはまたあの娘?」

「そうです。あのファイーナと言う娘です。」

「そうか。そうか……。嗚呼、私はどうすれば良かったんだ……どうすれば……」


 どうにか、他の事に意識を向ける為に……


「あっ、あの。オガタって誰ですか?」


 イバラギリツ様の意識を逸らす為と自分の名前はチーレズトである。っと主張する為の話題だった。けれども、そんな考えとは裏腹にイバラギリツ様は目を見開いて血の涙を流した。


「そうか……そうか……そうだった……。嗚呼、そうだった!!」


 血の涙を流しながらも陽気に彼女の仏頂面には似合わない笑顔を顔を歪めるように作り出した。


「ああ、ええっとチーレズトって言ったけ?……ああ、そうだ!チーズみたいな名前だ!あっはは!!……そんなのどうでもいい……!!」


 そう笑いながら言った。其の様子は壊れた何かのようだった。自分も知識として、彼女が幾千回幾万回幾億回。それ以上の数、この世界の輪廻に囚われている事は知っているが自分には過去一回の記憶しか残らない。それに自分達は皆、こんな姿では無かった。と彼女から幾度と無く聞いた覚えだけはある。其の前の姿も既に記憶に無い。

 それは誰かの慈悲なのかも知れない。それは彼女のかも知れないし、もしかしたら其の他の存在からのモノかも知れない。自分自身もよく分かっていない。そんなんだから、彼女の精神がおかしくなるのも変な話では無い……。



「一人にさせてくれ……。もう、ずっと……」


「はい……」


 彼女の眠り場所。世界樹の根元の人工的に作られた部屋。そこから自分は去る。彼女は最後に泣いていた。けれども見ないのが善だと思い振り返らず扉を閉める。



 それからも我は同胞達と世界樹を守る勤めを担い続けた。あの果実は着実に我らの身を侵していた。時間が経つごとに知ってしまう。

 

 これからこの世界には非情な運命が紡がれる事を。過去にも同じような世界が広がりこの世界もまた同じような道を辿る事を。不条理の風が大地を包む事を。それによって様々な涙が、様々な血が大地に染み込むと言う事を。それを防ぐ手立ては誰にも無い。例えこの世界を臨む超越者であっても。何故なら、彼女でさえこの運命からは逃れられないのだから。また、運命を紡いだ彼女ソフィアは其の力を失ったのだから。

 

 我々はその真実を知った時、初めて《絶望》と言う感情を知った。この希望溢れるはずの常春の楽園と呼ばれるこの世界には似合わない感情を知ったのだ。


 否、同胞の中で我だけは元々知っていた。彼女を支える役割として前時代にも、《絶望》と闘う為に尽力し、《絶望》に打ち負かされたのだから……。《絶望》はいつだって我々の背後に付き纏っている。嫌なくらいにべったりと


 

「嗚呼、非情な世界よ。お前は何を望み何を育むのか。教えておくれ……」


――――――――――――

 

「……それは恩寵。……それは愛情。……それは幸福。……それは未来。そして……希望。私はそれらを望んでいた。望んでいた!!……それなのに……この世界はそう言ったものと正反対のモノを映し出す……。なんて……なんて残酷な話……。

 ……いや、元々そんな事は求めて居なかった……?私が求めて居た……モノ……?」


 

 血の涙を流しても思い出せないあの時の想い……。長い時の流れによって摩耗し喪ってしまった想い……。



「思い出そうとしても今頃遅いか……。」


 また、幾度目かの……世界が始まる……。この非情な夜明けをただ呆然と見続けなければならない。私はいつかの罪の罰を受け続けている。


――――――――――――


 彼女は結局、我々を拒絶した。けれどもそれも相応。普通に考えればそう成ってしまうのもしょうがないのだろう。それならば我々は彼女を邪魔するモノを排除するだけだ。その為に知恵を用いて彼女の居場所を守った。


「あの?……チーレズト様?」

「ん?なんだい、リンネ?」

 

 小さくて無垢でまだ生まれたばかりの子供。リンネ。彼女は本を持ってきて何か我に問おうとしていた。


「その……大鎌持ちのエリン……さん。が果実を食べた後、エルフは退化したって言ってたじゃ無いですか?……其の前って……一体なんだったんですか?」

「あの者に敬称など不要だ。……まぁ、そうだな……第一世代我らでさえ忘れてしまった。もう、そんなのはどうでもいいのかも知れない。背負うべき立場と運命。若しくは使命。それを放棄するのも悪く無いのかも知れない……」


 それをも罪と言うのならば我は其の罪の罰を進んで受けよう。


「運命を……放棄する……?」

 リンネの其の無垢な翡翠の瞳が困惑したように我を見てくる。

「例えば、お前はきっとこれから先この神秘の森で暮らすだろう。しかし、自分でこの世界で成せる使命を見つけ其の使命に突き進むのもありなのかも知れない。」


 これは自分自身が言われたかった言葉かも知れない。《原初のエルフ》《エルフの長老》《世界樹の守り手》それ以外に何か見つけたかったのかも知れない。けれども、もう自分は遅すぎた。いや、自分の運命であり使命であり遠い昔の命令に背けないのかも知れない。



「いずれ世界は不条理に包まれ非情な運命の白き糸は静かに織られて行く。それを静観するのも良い。けれども、其の白き糸に金色の糸を混ぜるような事をしても良い筈だ。それはきっと……きっと……」


 嗚呼なぜだろうか?少しずつ眠くなっている。リンネの声とその他エルフの声。それらが混ざり合い1つの声となる。



『チーレズト様!!!』


――――――――――――

 

 自分の屍体が棺に収められ自分が産まれた木の根元に埋められている。幾度と見た自分の死顔……。幾度と見た自分の葬式……。幾度と見た自分がこの世界の輪廻に組み込まれる瞬間。嗚呼、この瞬間を自分は何度見たのだろう。


 

「また、世界が滅んで世界が産まれ……それを永遠に繰り返す……。それが恐ろしいとか恐ろしく無いとか言ってる暇なく時は流れ続ける……」



『千紘……』


 誰か分からないが懐かしい声が聞こえる。そうだ、きっとこれは悪い夢で夢から醒めて仕舞えばもうそこは前までの現実……


「……僕は……そうだ。僕は……緒方千紘……」

 


『やっと思い出してくれたものだ。緒方千紘二等研究員君』


 あの懐かしかった声とはまた別人へと変わる。とても冷たい声だった。僕は声の主は分かっている。自分の上司であり先程の人生にて眠りを守りたかった人物であり、この世界の元管理人。


『お前は毎度の事だが退場するのが早すぎる……。折角頭が冴えるのだからもう少し生き延びてほしいのだが……。まぁ、それも一興なのかも知れない。けれども、私はそれを不条理。だと定義付ける……。だから、私はお前の死を利用する……。何、お前の脳味噌を少し借りるだけだ。』


 この人はいつも何言っているか分からない。脳味噌を借りるとはなんだ。けど、いつもの事だ。それにこの人ならばその意味の分からない事を完遂してしまう。だから、きっと、この人ならば……この世界の歪みエラーを直せるだろう。例えどれほどの時間をかけてしまっても。


「分かりました。僕は貴女を信じましょう。茨木律研究主任。」


 

 その時、微かに思い出した存在しない筈の記憶があった。茨木研究主任は僕の脳味噌と世界樹の根元にあった新芽に宿っていた魂を用いてエルフを人工的に創り出す。

 けれども、彼女はそのエルフを創り出してから少しすれば用無しと言って深淵に捨てる……


――――――――――――

 

『ちーひーろー?あそぼうよ!』

 虫取り網を持った少年が言う。その少年を見て、家の中で机に向き合っている眼鏡をかけた少年は呆れた目になる。

 

『ぼくは!今、夏休みのしゅくだいをやってて……お前たちみたいにひまじゃないんだ!』

『え〜!!あそぼうよ!!夏休みがおわるのはまだまだ先だよ〜?』

 花柄のワンピースを着た少女がそうつまらなそうに言う。

『あのなぁ……』

『じゃあいいや!千ひろなんておいて先に行っちゃうからな!!行こう!』『うん!千ひろ。来るなら、じん社のうら山のひみつき地だからね!』

 虫取り網を持った少年が花柄のワンピースを着た少女に声をかける。花柄のワンピースを着た少女は一応は家で宿題をするつまらない少年の事を気にかけているようだ。しかし、少しすれば少年と少女は駆け出す。


 

「待ってくれ!!」

 

 そう言っても僕の声はすぐに消えていき手を伸ばしても駆け出した少年と少女に届く筈が無い。そうしている間にも少年と少女は夏の強い日差しの中に溶けて行った。僕は知っている。この少年と少女の結末を。そして、裏山に行かなかった少年の末路を……。


――――――――――――


『こんな事が本当にあるだなんてねぇ……』『凶暴化した熊がついにお宮様の裏にまできてただなんてねぇ……』『山口のおっちゃんも2人の身体の少ししか持って帰れなかったなんてな……』『祟りじゃ……』『やだ!お婆ちゃん。祟りなんて古臭い事言って!』『多分、山の開発がなんや言って色々やったから食べもんが減って人里の方へ降りてきたんだろ』

『けど、よかったね。千紘君。行ってなかったらから助かって』『そうだそうだ。命あってこそのだ!』『あの2人は確かに残念だったけど……』

 

 大人達の熊を恐れ慄く声。そして、僕を気遣うような口ぶり。それは結局、僕の心を鈍く抉った。僕は涙は流さないが確かに傷付いていた。徐々に聞こえてくる蝉の鳴き声。僕は大人達の声と蝉の声がうるさくて耳を塞いだ。


 時期に警察が来て、猟友会のおじさん達がまた山へ入って行く。けれども特に成果は得られなかったそうだ。その後、報道陣が来ておしゃべりなおばさん達にインタビューをしていた。マイクは向けられたがどうにか逃げ切る僕。家に帰り自室でまた寝っ転がり惰眠を貪る。夏休みの宿題も途中だがその事は一切気にかけていない。ただ、煩い声を耳に入れぬように耳を塞いで眠り続ける。


――――――――――――

 

『《破壊のテンシ》による影響だ』


 神社の境内で1人ぼーっと過ごしていると見知らぬ女性が僕の目の前に立っていた。年齢はだいぶ若そうに見え、まだ20代ぐらいだろう。取り敢えず無視をする僕。今の僕ならばはっきりと分かる。その見知らぬ女性は当時、まだ二等研究員だった茨木律だと。


『私は研究の為にここに来た。殺されたのは君のご友人だろ?……それについては、本当に運が無かったものだ。』


 僕はまた黙り込む。茨木律は少々ながら申し訳無い。と言う感情を出しているように見えた。


『まさか、テンシの影響が特定の動物にも当たるとはとても予測し切れていなかったからな。もう予測出来ていたならばこんな悲劇は起こらなかったのかも知れない……』


 そう言うと空を見る。その空は嫌に青く澄んでいた。それと同時に蝉の鳴き声が久々に耳に入った気がする。僕が周囲の音を意識したからだろう。


『君の名前は知っている。緒方千紘……だろ?……君は……いや、この集落の人々は皆東京に移送されるんだ。薬を用いられて、何も疑わずに……。何も疑う事を許されずに……。1つはこの集落を閉鎖する為。もう1つは《破壊のテンシ》の影響を受けた者としてのサンプルとして……。全く……お偉いさん方は血も涙も無い非情な人間達だ。

 ……君、鳥籠に囚われるだけの生活はどう思うかい?』


 その茨木律の瞳は今と異なり随分と裏に人情がある。っとはっきりと分かる瞳だった。


『僕は……僕は……そんなの……嫌だ。その……《破壊のテンシ》に……対抗……したい……!』


 何か答えなければ僕はただ飼い殺される。っと本能で察したからだろう。乾く喉から必死に言葉を紡ぎだす。その時の僕は夏の暑い時期だと言うのに涼しげだった。


『そうかいそうかい。その答えが一番順当だろう。じゃあ、着いてきな。私の信頼出来る場所まで送る。……私の名前は茨木律だ。茨城県の方とは字も違うしこっちは濁るから。そこは間違えるなよ』


 彼女なりのジョークだったのかも知れない。けれども脅しにしか聞こえず幼い僕は随分と怖がっている。


 ――――――――――――


『今際の時、お前はどんな夢を見たのか?』

 茨木律の声が聞こえてくる。それだけだった。それ以外は目を開ける。と言った概念すらなくてただただそこにある。と言うだけだった。

 

「……幼い頃、友人が2人殺されて貴女と出会う。と言う悪夢です」

『そうかい。それは可哀想に……。さて、お前の状況だが……残念ながらお前の頭と世界樹の新芽は適合出来なかったようだ。これにより、お前の記憶さえも消し深淵に安置する。

 ……悪いとは思っているとも。しかし、世界の新管理人に仕立てようとして創り上げた存在。地上にそのまま放置するのは良く無いし私の手にも負えない……。もしかしたら……深淵で友人を見つけ、その後旅をするかも知れない。もしくはそのまま深淵に眠り続けるかも知れない。

 私にはそれすら理解出来ないし管理が出来ない。……申し訳ない。』


 僕の意識は次第に無くなって行くのを感じた。それはまるで土に染み込む水のように、空へ行く風のように、木が無くなり力を失った火のように、砂の丘を舞い散る砂塵のように……この世界の様々な風景が頭を過ぎる。けれどもそれらは全て過ぎ去った事。もう還る事の無い景色。と言う事を僕はよく知っていた。


 これももしかしたら世界樹の根が見せた夢の1つなのかも知れない。今の僕には理解出来ない。理解しようにも思考が緩やかに止まって行く。眠りへ近づき眠りへ至る。それでお終い。


 

『おやすみなさい。緒方千紘少年。』

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