加速

「あなたが良ければで良いのだけれど」

物語はここから加速する。



数分前の事である。


「あなた、今日私のこと見てたでしょ。五時間目だったかしら」

流石に見すぎていたか。直接指摘されるとは。

「あーバレてましたか、あはっ」

「だって、ずっと見られていたんですもの」

「そうっすよね」

「あなたと、それから先生に」

「——。とても綺麗な顔立ちだと思って、その、見てました」

「ふーん。意外に正直なのね」

自分でもびっくりしている。自分は一体何を口走ったのか。目の前の女性に向かって、容姿を褒める。僕にそんな能力が備わってたとは思えないが。

「ねえ、あなたバスで通われているわよね」

「ええ」

「もしよかったらご一緒に乗ってくださいませんか」

「ええ!いいんですか」

「ええ。あ、もちろんバスにですよ」

「ああ、バスにか」

高級車に乗れるのかと思ってしまった。

「あなたが良ければで良いのだけれど」

「構いませんけど」

「ありがとうございます。実は私、バスに乗るのが初めてですの」

「なるほど」

なるほど。ザ・金持ちってかんじの女だ。バスは時間通りに来た。

「僕と同じバスなんですか」

「そのはずです」

何だか緊張するな。エスコートなんてしたことない。

「先に切符を取るんですよ」

「なるほど」

一番後ろに少し距離を空けて座った。

「どこで降りるんですか」

「自宅の前です」

「そうですか、自分でわかってるんですか」

「当然です」

当然ですなんて。怖いことを言う女だ。自宅の前ですなんて。まさか、そこまでとは。まあいいさ、金持ちの言っとることはようわからん。それから数分乗った後。(ピンポーン次降ります)

「ここで降りるんですか?」

「今日はありがとう、また学校で」

「あ」

あゝ、降りてしまった。ここのバス停は不思議なんだ。バス停ってのは区切りのいい場所にあるもんだ。ここは田舎なんだから尚更そうでないと。彼女が降りたバス停は道の名前が使われている。地名や店の前なんかじゃない。なぜこんなところで停まるのか不思議なんだ。でも彼女はここで降りた。周りはまっすぐな木がたくさん聳え立っており、森をふたつに割るやけに整備された一本道だけがある。降りた後の彼女を目で追うが、その道をポツポツ歩いて行く。彼女の言ったことが本当ならあの道の先に彼女の家がある。とんでもないな。

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