梅雨

梅雨に入った。あの日、アイスを食べた日から今日まで、再びアイスを食べたい気分になることはなかった。あの日ほど暑い日がなかったからだろうか。


学校生活にはだいぶ慣れてきた気がする。クラスの人とも喋れてるし、友達もできた。

「帰ろうぜ」

一週間前くらい席替えをしたんだ。俺の位置は左から三番目一番後ろの席。クラス全体が見渡せる真ん中真後ろ当たり席。そんで前に来たのがコイツ「水野簾みずのれん」ってわけだ。少々元気な奴だが物分かりがよくて、すぐ意気投合したんだ。

「帰るかー」

帰ると言っても、ただ駅までの道を行くだけなんだが楽しいもんだ。新鮮な生活に何気ない会話は貴重だと、入学当初の俺は感じていたのだ。

「数学の先生癖強くね?」

「確かに強いかもね。俺がいた中学の数学の先生もあんな感じだったから麻痺してたけど、言われてみればクセツヨだね」

「お前んとこ田舎だもんな」

「田舎言うな」

確かに、学校前の駅は一番ホームに行けば都会が続くのだが、二番ホームに行けば大自然が体験できるのだ。こいつは俺の住んでる場所は知らないはずだが乗る電車で偏見がましいイジりをしてきたのだ。駅に着くと一言「また明日」と言って別れる。あいつはビルが増える方、俺は一軒家が増える方。


 ノートが手にくっついて書きにくい。ペン先を走らす場所を変えるため、ペタペタペタペタ右手のハンコを何度も押してる。雨の音がチョークの音と混ざりあって、耳に届く。「いやー、今日はやけにジメジメするなあ」

先生が空気を読んだ。キラキラした高校生たちが、生きる希望を見出せていないかのような姿勢で授業を受けているのだ。この地獄の空気を作っているのは、車軸を流し続ける三日のせいである。僕に降り注ぐ陰鬱な心を晴らしたいが為に、授業を放棄することにした。制服の質感がまだ頬に馴染まない。ガサつく枕は、今さっきの空気感よりも居心地がよかった。その時僕は左を向いていた。なぜ左を向いたのかはわからない。寝る時の姿勢の癖が出たのかもわからない。うつ伏せで寝るのが好きで、スマホを壁に立てかけて動画を流しながら寝る。その壁というと偶然左側にあるのだけれども、本当の理由はわからない。教室の壁よりも、外の景色の方がおもしろいと感じたし、右隣の席の人は実はまだ喋ったことがない。それが理由かは。窓の滴は意外にも面白いのだ。俺は今レースを見ているのだ。それぞれ違う大きさ、違うスピードで、上から下に、次第に合体して、テープなんてないが、競合相手がわからなくなったらまた上を見て、第二レースが始まる。第三レースは終わらなかった。ゴールに行く途中、彼女の横顔に目が止まってしまった。何と綺麗な横顔なんだ。つんとした鼻に滑らかアゴライン。背筋がピンとしている。しっかり授業を受けている。彼女自身を偉いと褒め称える前に、家庭での教育が立派なのかと、そう、思ってしまった。この子だけなのではないだろうか。授業を真面目に受けているのは。心なしか先生の視線も彼女の方にしか向いてない気がする。

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