犬のプライド

 ずっと前、はじめて任務に参加するときに”先生”に聞いたことがある。これは何の為の研究なんですかって。内心めちゃめちゃビビりながら、いや、聞いといてアレだけど、殺されるかもしれない。

 怯えて犬みたいになってる俺を見て可笑しくなったのか、それとも俺の質問が可笑しかったのか”先生”は軽く笑って、

 「夢をみてるんだ」

 と言った。



『小百合、作戦まで20分を切った。今回ばかりはオクスリ我慢しておけよ!』


 電車内でインカムを使ってたら目立つけど、小百合には予定時刻まで起きていて貰わなくちゃいけないからしょうがない。

 各車両に設置した液体の入った袋を傘の先っぽで突付いて穴を開ける。そしたらなんかガスが発生して、車内にいる奴らはみんな死ぬ。ショルダーバッグの表面をなぞると、一番出しやすいところに入れたガスマスクの感触がわかった。みんな死ぬけど、俺だけは死なない選択肢もある。


 「穂香には死ねって命令が出てるのに、俺は許されるんですか?」

 「大量無差別殺人をした人間を、世間は許してくれないだろうね。」

 「いえ、そういう意味ではなく……。」

 ”先生”はいたずらっ子みたいにヒヒヒっと笑った。

 「玲司、君はこの実験が成功しないと思っているんだろう。無意味な殺人。こんなことの為に、とってもとっても大事な大事な穂香と小百合を失うのは耐えられないって、そう思ってるんじゃないのかい?」

 「俺は、二人にそんな特別な感情はないです。年齢が近いってだけで。」

 「確かに二人ともって、あんまりないよね。どっちがタイプなの?」

 「からかわないでください!」

 ”先生”から貰った資料に三回は目を通した。まとめると、小百合と同時にたくさんの人が死ねば、死んだ人数に比例してより遠い過去にタイムリープできるらしい。だから電車で毒ガスばらまいてみんなで死のうって作戦。

 「小百合の昨年七月からの実験データを見たかい?」

 「…………はい。」

 小百合の実験は基本寝てるだけだから、他の奴のに比べれば基本マシだったのに、あの期間だけは違った。餓死寸前まで独房に閉じ込めたり、意識が飛んでも叩き起こしてリンチしたり、でけえ水槽に沈めてみたり、なんていうか実験っていうよりそういう趣味でやってんのかと思うような内容だった。

 「あれも例によって三回も見たんだ」

 「…………そう、躾けられてますから。」

 「ふふ、生命の危機に瀕したとき、過去へ希求力が強まるのだと予想している。近くにピンチの人間がいればもっともっと強くなる。」

 そういえば、昨年十月頃から、小百合と共に殴られている子どもがいた。実験は無駄じゃなかったらしい。最悪の形で有効活用される。

 「自己防衛機能の非定型発達。これが、小百合のタイムリープ能力に対する私達の結論だ。」

 「本実験、先生も参加されるんですか?」

 「もちろん、小百合のそばにいるよ。小百合が逃げたときは私が捉えるから安心してよ。」

 「一緒に死んで、みんなで過去へってことですか。しかし、このような作戦に小百合が大人しく参加しますでしょうか?」

 「まあ、そこは平行世界の私を信じるしかないな。」

 「…………。」

 「彼女が渡れる過去も無尽蔵ではないということさ」



 『玲司!穂香!作戦は中止。荷物を持って下車しろ!』

 インカムからの小百合の声は明朗快活で、普段の気だるげな彼女との変わりっぷりにビビった。

 『小百合!作戦に変更はない。独断専行は許されない』

 小百合が電車に乗った時点で、中止はありえない。それに、小百合と穂香には告げていないが、この車両には過去へとタイムリープしたい職員が大勢紛れ込んでいる。反逆の意思とみられればその場で射殺もあり得る。もう過去に進むしかないんだよ、この電車は。

 『私が未来へ連れて行く!黙ってついてこい!』

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