11話ー➃ 剣の到達点:頂の老剣神
「え?」
「へ?」
僕は両足を、ルシアは両腕を一瞬にして切り落とされていた。
「小童に小娘ぇ!どうしたどうした?わしに斬り掛かるのじゃろうて。」
「あ。え?足が……ついている!?」
幻……いや、違う。確かに斬られたのだ。
斬るという気配だけで僕たちは斬られたと錯覚させられた。
目線の動き、剣気、筋肉の動き......
たったそれだけで、決して引かないという決意さえ真っ二つに切り裂いたのだ。
「ルーク……こんな、ことってあり……えるの?」
「ッ……」
達人の虚は真実と錯覚させる。その言葉は僕も知っている。
しかし......それは剣の達人が、剣を握りたての素人や子供を相手にしたときの話だ。
僕やルシアは剣の素人では到底ない。
最上位神の中でも、僕たちの剣術は上位に位置するだろう。
ましてや、僕たち相手に気配斬りを成立させるほどの剣の達人……
そんな桁外れの剣士など存在するのだろうか?
「もう一度立ち上がって確かめるしか……!?!?立て……ない」
「ルーク。私もそうよ。腕が動かないの。」
「待っててやるわい。頑張ってみぃや。」
視覚以外の全て――
全身の感覚、本能、細胞の一つ一つに至るまで、斬られたことが事実だと信じて疑わない。
斬り落とされた部位が動くわけがない。
撤回しよう、これは気配斬りなどという生易しいものではない。
「ルシア!!回復魔法をかけた事を強くイメージするんだ!!腕を再生させるイメージを!!」
「わ……分かったわ!」
僕らがそう言っている間に、老神は懐から煎餅を取り出し、バリバリと食べ始めた。
それは決して侮辱や挑発ではなく、ただの自然体なのだ。
多分……ただ単に食べたくなったからだろう。
自然過ぎて腹も立たない。気にもならない。
「クソ。動け!!」
「回復。再生!!」
端から見れば何をやっているのだろうと思うのだろうが、こっちは真面目だ。
その甲斐もあってか、僕ら2人はお互い立ち上がれた。
そして再び老神と相対する事ができた。
「いいのぉ!見込みあるぞ小童共!!じゃが……こいつ食い終わるまでちょいと待ってくれや。」
そう言うと食べかけの煎餅を急いで食べ出した。
喉に詰めそうになる……そんなテンプレート展開は訪れなかったが……
「ルシア!合わせて!!あの人にせめて刀を使わせたい!!」
「任せて……私が囮になる。防御神法と身体強化と感覚遮断の支援を掛けたわ!!前に出るから後ろから!!」
もう剣術だけでは勝負にならない。
剣術だけで向き合っても、レベルが違いすぎて得られるものはない。
作戦はシンプルだが、成功するかは分からない。
僕はルシアの影に隠れるように移動する。
気配斬りの影響を、前方のルシアに全て引き受けてもらう。
その間僕は視覚以外の感覚器官を全て遮断。
根源の共有感覚のみで周囲を把握する。
その感覚を頼りに攻撃を仕掛けるのだ。
これなら感覚器官がないので、気配斬りの影響を受けにくくなる。
......はずだ。
「いくぞ!!」
「ええ……」
僕らは老神に向かって前後に並んで突っ込んでいく。
「ほれ。」
「ッ……まだよ!!踏み込めば少しでも!!」
恐らくルシアに当たってもなお、勢いが止まらず僕に届いてしまっている斬撃があるのだろう。
しかし視覚以外の感覚を遮断しているおかげで、何とか戦闘を続行できている。
ルシアはおそらく微動だにできないほど、高密度の斬撃を受けている。
それでも、意志の力だけで一歩前に踏み込んでくれた。
そのおかげで魔力で伸ばした刃を、老神の首に届く位置まで近づけることができた。
だから絶対に、何があっても剣を振り抜く!
「絶対に!!斬る!!」
しかしその瞬間、目に飛び込んできたものは……
にわかに信じがたい光景だった。
「小童!!よくやったじゃねぇか!その様子ならまだまだ強くなれるのぉ!」
「そんな……」
避けられることは想定内だ。
例え避けられても、それほど悔しくはない。
しかし問題はそこじゃない。僕らは根本的に勘違いしていたのだ。
老神は初めから刀など握っていなかった......
何も持たず、ただ構えていただけだったのだ。
幻想なんて生易しい代物ではない。
そんな個人の意識に左右されるような、曖昧なものではないのだ。
刀の刃文、長さ、柄の色や形状、刀の重さや反射する光に至るまで......
全てが僕達の共通の認識として、まかり通っていた。
さらに、老神が何も握っていないと分かったのは.......
彼がその握りを、離してからのことだった。
「おっ。離せば分かるか小童!!見込みありじゃ。」
こんなの……達人なんてそんな域じゃない……
神域さえも超えている。
……剣の頂点……
剣という一つの道を極めた末に辿り着く終点。
剣という概念さえ超越した到達点だ。
「あっ……」
そして感じたのは、体を細切れにされる感覚だった。
当然だ。僕が剣を振り抜くのに一秒もかからない。
「見込みがある」そんな言葉を聞く間など、あるばずがない。
既に斬られていた。
僕の剣は止まっていた。
だから老神は刀を手放したのだ。
意識が薄れていく……
感覚の遮断も斬られた瞬間に解除されていたらしく、耳の端で微かに音を捉える……
「ルーク!!しっかり!」
「おぉ?斬りすぎちまったか?栄治郎はぁ無刀に気づいたか?」
「いいえ!!俺も全く!!!」
先生さえ……先生さえ無剣だという事に気づけなかったのか......
「ルーク!!ルーク!!!」
「こいつはいよいよやべぇな。小童の意識が沈んでいっちまっとるわ。」
「師匠!搬送しましょう!!自分が連れてぃぃ……」
そこで......僕の意識は完全に途絶えた。
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