今回は収録の後で
紫鳥コウ
今回は収録の後で
「それでは! 国民的女優、
フリップのシールをめくる両手が、結果をじらしているが、レギュラー人たちも観覧の人々も、イケメンランキング殿堂入りの、賞レースで結果を出している芸人の名が、第1位にあると決めこんでいる。バラエティーでは損な役回りばかりしている、特に良いところもない芸人に負けるはずがないと思っている。
どうせ最下位だろうに、眼を
そして、最下位が彼であったことも、お決まりのオチだった。
「おい! おかしいだろう!」
前に出て人差指をさして、あちこちを歩き回るところも、司会者が彼の頭を叩くのも、観覧席から笑い声と拍手が届いてくることも……すべてが、正解だった。
「僕も、あんたのことなんて嫌いだけどな!」
と、女優さんを口撃するところも、まさにバラエティーだ。
しかし、カメラに抜かれていないときに、彼女の顔が曇ったところだけは、イレギュラーな事態だった。だけど現場は、暴走している彼をいじるターンになっているため、それに気付くのは、ひとりもいなかった。
* * *
「ほんっとうにごめんね、ヒロくん!」
失礼を働いてしまったことを、カメラが止まったあとに謝るというのも、珍しい光景ではない。しかしその場所は、収録現場ではない。
というのも……二人がいるのは雪乃の自宅で、あの番組のオンエアを、ソファーで横並びになって観ているところなのだ。
「いいって。芸人はそれが〈おいしい〉んだから」
「ほんとは、ヒロくんのことが大好きなんだからねっ!」
雪乃は、両の手の指をつき合わせて、黒目勝ちな眼を潤ませて、じいっと
八尋は、あまりのかわいさに眼をそらしてしまった。この〈国民的女優〉と――運命の相手と、付き合えていることに、幸せを感じながら。
「謝るのは、僕の方だよ。こっちから願い下げ……みたいな返しをしてしまったし」
丁度番組は、八尋が《僕も、あんたのことなんて嫌いだけどな!》と放言したシーンを映していた。だけど雪乃は、クスッと笑っただけで、手ひどく責めることはなかった。
「じゃあさ、わたしのことが好きってところ、見せてほしいなあ?」
頬を赤らめて上目遣いで見つめてくる雪乃の頭に手を回して、八尋はそっと口づけをした。離れようにも、雪乃は放そうとしなかった。テレビを消す間もなく、八尋は彼女を優しく押し倒した。
* * *
照明を消した部屋のベッドで、ふたりは見つめ合い、愛をささやき、切なくなると甘えてみせた。明日の仕事のことなど、いまは頭にはない。
八尋は劇場で漫才のステージがあり、雪乃はドラマの番宣で出演するバラエティーの収録だ。明日も会いたいけれど、八尋は先輩芸人との飲みの約束がある。
「合コンじゃないよね?」
「うん、先輩と後輩と、三人で飲むだけだよ」
「でも、女の子を呼ぶかもしれないじゃない」
「大丈夫だよ。二人ともパートナーがいるし」
「ふうん……ねえ、ヒロくん。絶対に浮気しないでね?」
「しないよ。当たり前だろ」
「じゃあ……キス、して」
八尋は、掛け布団から右手をだして、雪乃の頭を優しくなでた。そしてその手を首筋へと移し、ゆっくりと唇を近づけていく。雪乃は、もう待ちきれなくて、自分からそれを迎えにいった。口づけを交わしたあと、ふたりはクスッと笑い合った。
* * *
収録の後、いまイケイケの若手芸人が声をかけてきた。巧みな話術で連絡先を
しかし自分は、そうはいかない。ダサい立ち位置を引き受けて、その役目を精一杯にこなし、テレビの向こうのひとたちを笑わせようとする八尋は、かっこいい。それに、漫才をしている姿は、バラエティーのときとは真逆で、そこにドキッとしてしまう。
「ごめんなさい。連絡先は教えられないんですよ」
事務所の方針だとか、マネージャーがいるからとか、断る方便はいくらでもある。だけど雪乃は、はっきりと言う。
「わたしにはもう、好きな人がいますから」
〈了〉
今回は収録の後で 紫鳥コウ @Smilitary
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