第1話 ウェポンシフターのナイフル①

 

「これが貴様が監督するフリークスだ。恐らく貴様に一番合うだろうと思って連れてきた」


 僕が先輩に渡されたのは、黒光りする銃剣だった。

 僕はそれを恭しく受け取り、そっと囁いた。


「始めまして。僕はカガミ、人間のカガミ。よかったら君の名前を教えて」


 うん? 名前を尋ねた相手は誰かって? もちろんその銃剣にだ。


 それは『ウェポンシフター』という人の形にも武器の形にも変身できるフリークスだ。変身できる武器は人によりけりで、剣や槍、銃や大砲にもなるそうだ。

 とはいえ彼らは気を許した相手にしかその身を預けない。銃剣の場合、僕がいくらトリガーを引いても弾は発射することがなく、銃身に付いたナイフも切れ味が無くなる。


 僕の監督官としての最初の仕事は、このウェポンシフターとどうにか仲良くなることだった。


 しかしそのフリークスには大きな問題が二点あった。人の姿にならないということ。話しかけても返事をしないこと。

 しかしそれには理由がある。

 何故ならそのフリークスは生まれたばかりのようなものだったから、自我が薄い。とはいえ生まれてからは120年経っている。ウェポンシフターは長命だ。

 矛盾だって? いや、そうじゃない。簡単な話だ。その武器はずっと寝ていた。寝かされていた。


 とある国があった。かつて戦争を準備していた最中に王様が死んで、そのごたごたで王族が殺し合い、あるいは市民に殺されたりで、結局また新しい王様が立てられた国だった。

 ある日その国からNEOに、城の地下からかつて戦争のために用意していた武器が見つかったと連絡が届いた。そしてウェポンシフターが一つ紛れ込んでいるらしい、とも。

 早速派遣された捜査官がその地下に入ってみると、一本の銃剣を見つけた。ウェポンシフターの一族が王への忠誠を表す為に生まれたばかりの男児を武器の状態のまま渡した、という書状と共に。ついでにヘイターが確認して、それはれっきとした生命体だと分かった。


 ……だから彼は親を知らないし、自身の名前も言葉も知らない。僕が最初に言った言葉は完璧に間違いだったね。




「で、どうすればいいと思う? 兄さん」

「ん……その武器は今……何処に? カガミの部屋か……」

「もちろんここ、NEOフリークス収容所。勝手に自分の家に連れて行くのはもちろん禁止だし、フジミ兄さんの部屋に他のフリークスを勝手に入れるのも禁止なんだよ。知ってるでしょ?」

「ふうん……」


 フジミ兄さんはフリークスであり、僕の兄さんでもある。大抵のことは何でも知っていて、彼に疑問を投げかけるといいアイディアをくれる。かなり時間を掛けてだけど。


「んー……」

「……あっ、兄さん頭に埃がついてら。頭下げて」

「ん」

 大きな体格の兄さんが頭を下げるとなかなか圧がある。彼の灰色の髪に触れて埃を取ると、同じく灰色の瞳が僕を見る。

「ありがとう」

「どういたしまして」


 僕が監督官になったのは、大体は彼の為だ。

 NEOは不死身のフリークスに食事や風呂などの人間らしい生活を送らせていない(兄さんがそれを望んでいるからだけど)。

 兄さんは飲まず食わずでいられるけれど、それは絶対駄目。あんまりにも酷すぎる。そのうちゾンビになっちゃうんだから。多分。


「カガミ」

「はい?」


 灰色の瞳が、真っ黒に変わっている。答えが出たらしい。


「その武器に毎日言葉を掛けてるか?」

「うん。絵本を読み聞かせてるよ。理解できてるか不明だけど」

「名前は付けてやったか?」

「……いや」

「何故?」

「そんなことしていいのかなって。親でもない僕がさ」

「名付けてやれ。その方が良い」

「はい」


 あーん、とビーフシチューを掬ったスプーンを兄さんの口に近づけた。口が大きく開き、ぱくりとスプーンの先端が入る。

 木製のテーブルには、シチューが注がれた大皿が一枚。シチューは僕お手製で、牛肉とキャベツをたっぷり入れてある。肉も野菜もパランスよく食べないと。


 ここは彼専用の部屋。壁で丸く囲まれた収容所の真ん中に立っている、高い塔の一番上。

 窓が無いここに入れるのは彼の家族とNEOのお偉方だけ。入退場の際には手荷物と衣服の検査が絶対。

 なんとも辺鄙で窮屈な住居だ。

 それでも兄さんは満足そう。前に寂しくないかと尋ねたら、静かでいいとはにかんでいた。


「ごちそうさま」


 大皿はすっかりキレイになっていた。


 ***


「というわけで、君の名前はナイフルです。ナイフとライフルを合体して、ナイフル」


「……まあ、ダサいというか、ダジャレというか。でもまぁ、あくまで仮名だからさ。いつか君が名乗りたい名前ができるまでの繋ぎにすぎない」


「それでええと、改めてよろしくナイフル。初めて会ったときにも言ったけど、僕はカガミ」


「……」


「それじゃ、いつもの如くお勉強といこうか」


 僕は児童向けの絵本を取り出し、読み聞かせを始めた。


「昔々あるところにお互いを思いやる夫婦がいました。クリスマスイブの日、二人は……」


『うわなにあれ、銃に絵本読んでるのか?』

『こわっ、近寄らんとこ』


 背中から声が聞こえる。

 まあ、他に大勢人がいる訓練場でやってるのだからそりゃそうだ。

 ナイフル用の部屋も一応用意されているのだけれど、でもこうして青空の下の、沢山の声がある場所に連れて行ったほうが刺激になるだろうと思ってここにいる。


「おい。すごい言われようだがいいのか。同僚に変人だと思われてるぞ」

「あ、ヘイター! また会ったね」


 ヘイターが横から話しかけてきてくれた。人間が嫌いなのにも関わらず! 嬉しいなぁ。


「言っとくがその銃剣フリークスの為だ」

「うん、ありがとう!」

「……?」

「もちろん。あ、紹介するね。ヘイター、この子はナイフル。さっき名付けた」

「さっき?」

「名無しだったみたいだから。ナイフル、この仮面の人はヘイター、覚のヘイター……あっ! ねぇもしかしたら君、ナイフルの気持ちが分かったりしない? この子が生きてるって確認したのはヘイターなんでしょ?」

「……コイツを初めて見たとき俺が分かったのは、人間が寝ている時の精神状態と同じだということだけ。それ以上のことを知ることは残念ながら無理だ、フリークスは担当監督官から命じられなきゃ能力を行使してはいけないことになってる」

「あらま」


 周りを見回してみるも、それらしき人はいない。


「君の監督官は?」

「お前より遥かにお偉い、総監督官様さ。ここにはいない」

「じゃあ何で君野放しなの」

「縄張りのパトロール。監督官の思考を読む事は許可されている」

「フリークスのは駄目なのかい?」

「……前にお前が当てたろ。俺は他者の思考を読む度に悪態をつく特性がある。他のフリークスと殴り合いになったら困る」

「なるほど」


 当てられた嬉しさ半分、力を借りれない残念さ半分。

 するとヘイターは僕の気持ちを読んだのか、こう言ってくれた。


「でもまあ、話はつけといてやる。……一応言っとくが、その銃の為だからな」

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