人畜無害怪物集団フリークス

双六トウジ

プロローグ 人間のカガミ


「お前、母親になりたいのか……? 意味わからん……」


 目の前に座っている男の第一声は、こちらの正気を疑っているような調子だった。

 それを聞いて僕は背筋が凍るような感覚に襲われる。肌がビリビリして、顔が熱くなる。恐怖、絶望、怒り。それらの感情が頭に広がり、拳を握りしめる様に作用する。


 ――初対面のはずの男が、何故それを知っている!?


 いや、駄目だ。待て待て待て。動揺してはならない。感情の波を一定に保て。何か妙だ。

 とりあえずスゥ、と息を吸い、吐く。


 ……まずは周りを観察することにしよう。

 連れてこられたここはまるで警察の取調室のように暗く狭い部屋。僕の左側に鏡がある。恐らくあれはマジックミラーだろう、きっと隣の部屋で誰かがこちらを見ている。

 この部屋に机はなく、僕と彼はパイプ椅子に座って、その間に安心できる物がないまま向かい合っている。張り手をかまそうと思えばかませる状況だ。

 男の方を見る。下はフリークス用の白いズボン、上には暗い灰色のパーカーを着ていて、その顔は長く黒い前髪で覆われているが赤いバッテンが描かれた仮面を付けていた。そして、胴体と手足が固いベルトで拘束されている。これはなおさら、暴力を執行できる。

 つまりここは暴力が推奨されている環境、――そしてそれ故にしてはならない環境。


「……駄目かなぁ?」

 僕は首を傾けて答える。できるだけ余裕たっぶりに聞こえるように。

「……お前男だろ。男なのに母親ってなんなんだ」

「それは確かに」肯定する。「じゃあ、父親になりたいってのはどうかな」

「……お前妻子がいないな。結婚の前に親になりたい、ってのもわからん」

「それもそうだね」大いに納得できる。

「輪をかけておかしいのは、それを指摘されてもなお、『母親になりたい』というお前の願望は変わらないということ……お前イかれてるのか?」

「そうだね」ああ、納得。

「……」

「僕の話は終わりかい。じゃあ、次は君について話そうよ」


 僕は一呼吸おいて、口を開いた。


「君は僕の願望と家族構成が分かるんだね。心が読める力を持っているのかな? ということは、君はフリークスかい?」

「……」

「沈黙は肯定とするよ。それから、君はあえて僕を挑発するようなことばかり言うね。心が読めて、知らない人間と二人きりの空間に閉じ込められたなら、普通はイラつかせるようなことは言わないんじゃないかな。できるだけあたり触りのないことをするのが普通じゃない? だというのにそうするのは、まぬけなだけか性格が悪いだけか。あ、好意的に捉えるなら、強い能力の代償とか?」

「……」

「どうかな。当たってると嬉しいんだけど」

「……」

「なるほど。僕が思うに、最初に人の内面の事について話したのは良くない。能力がバレやすいからやめたほうがいいね」


 彼の表情は仮面で分からない。だけど不愉快そうにしているのは分かる。もう何も喋ってこないから。しかし先に口撃してきたのは彼の方だ。因果応報でしかない。

 でもそろそろ話を変えよう。僕はけして相手を辱めたいわけじゃないんだ。だってここに来た理由は……


「僕、今日はNEOの最終試験にやってきたはずなんだ。それで、君が試験官ってことでいいのかな」

「……ああ」

「名前を聞いても?」

「………………俺はヘイター、サトリのヘイター」

 ヘイターは心底嫌そうに答えてくれた。

「サトリって?」

「人の心を読む妖怪のこと」

「なるほど勉強になった。よろしくヘイター。遅くなったけど僕はカガミ、人間のカガミ。それで、試験はいつ始める?」

「もう終わりだ」

「えっ、じゃあ結果は?」

「それは隣の連中が教えてくれるだろうよ」

「ふうん。じゃあ、君の所感は?」

 はぁ、と彼はため息を吐いた。

 人間に比較的友好的な怪物がフリークスと呼ばれるが、どうやら彼は人間が好きではないみたい。

「……お前が俺を殴らなかったこと。お前の願望は理解不能だが、人類に牙を剥くものではないこと。この二つの点から、お前はフリークスの監督官に相応しいと判断されるだろう」

「へぇ。それじゃあ僕は君の担当になる?」

「お前と相性が合いそうな奴らを、隣から見てる奴らが見繕ってくれる」

「へぇ。じゃあもう会えないかも?」

「かもな。だがだからなんなんだ」

「握手しよう。拘束解いてあげる」

 僕は立ち上がり、彼の胴体を拘束しているベルトに手を掛ける。

「……は? お、おい、マジか。よしとけ、後で怒られるぞ」

「構わないよ。ほら解けた。さ、握手しよう」

「……はー、なるほどな。さっそく俺をガキ扱いか、お母様」


 彼のその手は、まるで猿の手のようだった。ゴワゴワとした毛がびっしり生えた、太い指。けれど僕の手に触れる力は、普通の人間と握手するときと変わらない。

 できれば今後会うフリークスも、彼のように良い奴だといいのだけれど。


「キモい」

「えぇ?」


 ***


 ――偉大なるメハ王が誕生してから、丁度千年。突如として、世界中に伝説の怪物達が現れた。


 吸血鬼。

 人狼。

 はては怪獣。

 サンタクロース。


 どんな伝承があろうとなかろうと、それらはみな人類を襲った。


 この事態に対処するため、各国では新たな退魔武器が数多製造された。

 だが貧しい国は武器も持てないために、怪物になすすべ無く蹂躙されていく。

 心無い者は武器を盗み人を脅して財産を奪い、心を怪物にしていく。


 残念ながら、この世界は人口が減りつつあった。


 そこでメハ歴1015年。ある組織が誕生した。

 ネセサリーエビルオーガナゼイション必要悪機関、通称NEO。

 彼らは世に憚る怪物に向ける武器として、その怪物を選んだ組織だ。

 矛盾に思えるだろうが、しかしこの世は恐ろしいほどに広大だ。まれに、人間に力を貸し与えようという奇特な考えの怪物が存在する。

 NEOはそれを【フリークス】と呼んで、監督官を付けて飼い慣らしている。

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