第2話 指名手配
記事を読んで陽葵は思い出した。当時SNSに犯人が通っていた中学校の同級生が、名前と顔写真を公開してそれが拡散されていたこと、顔がカッコいいと話題になっていたこと。陽葵も自身が高校生の時にその名前と写真を目にしていた。
田中蓮。特段珍しい名字でも名前でもないため、すっかり記憶に溶け込んでいた。
「ど、どうしよう。めっちゃ拡散されちゃってるし」
今さら写真を消しても完全に手遅れだ。それでもこのまま残し続ければ、まだ気付いていない人も知ることになる。
「とりあえず消すしかない!」
指を震わせながら、陽葵は蓮の写真を載せた投稿を削除する。
「あ、あとは、私が今まで投稿した写真も消しちゃおう」
野良猫、空、川、花、今まで撮っては投稿して来た写真も全て削除することにした。自宅付近、もしくは大学付近で撮った写真が多い。万が一、自分の通っている大学がバレれば、そこから蓮君もバレてしまって多大な迷惑を掛けることになる。もう既に迷惑は掛けてしまっているが、これ以上は駄目だ。陽葵はそれを防ぐために、投稿した写真を全て消した後にアカウントも削除した。
「ふー、SNSのアカウント初めて削除したなぁ。...とりあえず蓮君には事情を説明して、全力で謝るしかないな」
陽葵は準備を済ませて家を出る。
「蓮君、あのさぁ」
「なに?」
蓮は昨日と同じ椅子に座って、パソコンで作業に取り掛かっていた。陽葵は蓮の正面の椅子に座る。
「人違いだったら物凄く申し訳ないんだけど、いや人違いじゃなくても申し訳ないんだけどさ...」
陽葵はスマホを取り出して、今朝見た事件の記事を蓮に見せる。
「この事件って君のことだよね?」
「そうだよ」
蓮はスマホの画面を見て、間を置かずにすぐ答える。陽葵は、昨日までミステリアスで魅力的に見えた蓮の表情が、全てを諦めて落胆しているような表情に見えてしまった。
「そっか」
「何で分かったの?」
蓮はパソコンを閉じて、陽葵に質問を投げ掛ける。焦りはなく、ただ言葉の通りなぜ分かったのかを知りたいだけのように見える。
「いや、まずは、その謝らないといけないことがあってさ」
「謝ること?」
「うん。昨日撮らせてもらった蓮君の写真、SNSに投稿させてもらったじゃん?」
「ああ、うん」
「蓮君がカッコいいからか、早い段階でこの事件の犯人って気付いた人がいたからなのか分からないんだけど、めちゃくちゃ拡散されちゃって。今朝急いで消したんだけど、多分もう手遅れで...」
「あー、別にいいよ。SNSに上げていいって許可出したの俺だしさ。いつか絶対にバレると思ってたから。知ってる?今は会社とかは入社してくる人のこと細かく調べるらしいよ。だから就活してる時とかに絶対にバレるだろうなって思ってたんだ。バレるのが少し早まっただけだよ。気にしないで」
和やかに微笑む蓮を見て、陽葵は昨日の自分の行いを後悔する。
「人殺した俺が悪いんだ。てか、そんなことを報告するために、わざわざ来てくれたの?よく会いに来たね。怖くないの?」
「怖くないよ。だって蓮君は悪くないじゃん」
陽葵がこう言うのには理由がある。記事にはこう書かれていた。『母親が父親に殺されそうだったから殺した』高校生はそう述べた。と
「ああ。そうなのかな。俺は悪くないのかな?母さんが父さんに殺されそうになってたから殺しただけ、か?やっぱり悪くない?」
蓮の問い掛けは1人で完結していて、目の前にいる陽葵を無視しているようだった。
「そうだよ!お父さんが全部悪いよ。記事で見たけど、日常的に蓮君とお母さんに暴力をふるってたんでしょ?」
「うん。父さんはよく酒を飲んでた。酒を飲むと急に機嫌が悪くなって、僕たちを殴ったりした。父さんは焼酎が好きだった。焼酎の空き瓶なんかを部屋に飾ってるくらいだった。だから、その空き瓶で殴った。後ろから頭を思いっきり。人の頭殴ったくらいじゃ空き瓶は割れなかった。でも父さんの頭からは血がドバドバ流れてた。カーペットがその血を吸っちゃって使い物にならなくなった。母さんは警察が来るまでずっと泣いてけど、今でも何で泣いてたのか分からない。父さんが死んでからは幸せだった。母さんと僕に傷が増えることはなくなった。他人から見たら幸せかどうか分からないけど、僕は父さんを殺した後の生活の方が幸せだった」
話す度に傷口が開きそうな話を、蓮は表情を変えることなく平坦な声色で語り合えた。そしてハッとする。
「あっ、ごめん。つまんない話をペラペラと。気持ち悪かったな」
「ううん。謝るのは私の方だよ。せっかく蓮君はお母さんと幸せになれたのに、もしかしたら私のせいで...」
「大丈夫だよ。母さんはもういないし」
蓮の突然の告白に陽葵はドキッとする。
「え?いないって?」
「2年くらい前に自殺したんだ」
「え?な、何で?」
「んー、ストレス?記者がたくさん家に来たし、近所からも煙たがられたしね。それで引っ越しもした」
蓮は重い話をサラサラと何にも引っ掛かることなく話した。
「僕は母さんのことを強い人だと思ってた。だけどあの日から人を怖がるようになって、外にも出るのにも躊躇うようになっちゃった」
この悲劇にどう返答をすれば良いのか、陽葵分からなくなり諦める。自分の中にあった、ただ1つの疑問を蓮に投げ掛ける。
「何で蓮君は写真上げるのオッケー出してくれたの?本当はあの事件の当事者だってバレるの嫌だったでしょ?昨日話してる時も、私が蓮君の名前を覚えてただけで驚いてたし」
蓮は陽葵の目を見て言葉を聞いた後、視線を上に持ち上げる。口をぽっかりと開けて、何も考えてなさそうな見た目になる。数十秒経過して蓮は陽葵の目を見て口を開く。
「それは、久しぶりに自分のことを嫌いじゃない人と話せたからかな?それで少し舞い上がってたのかも。ははは」
蓮は寂しさを感じさせる笑い声を吐き出す。
「蓮君。あの私に罪滅ぼしさせて欲しいんだけど」
「だから別に大丈夫だよ。何にもしなくて」
「それじゃ私が嫌なの!」
陽葵はそう言って、リュックを漁って中から何かを取り出す。
「だからさ、指名手配犯捕まえに行こう?」
「は?」
机の上にファイルが置かれる。陽葵は中身を取り出して机に並べる。中に入っていたのは指名手配書。顔写真、名前、年齢、身長が載せられた指名手配書。
「だから指名手配犯!犯罪者を捕まえに行こ?知ってる?目撃情報を警察に提供するだけで人によっては何百万!それを捕まえたらもう大変だよ!」
訳の分からないことを話す陽葵に、蓮は言いたいことがまとまり切らずに、仮の言葉だけが溢れる。
「じょ、冗談でしょ?」
「冗談じゃないよ!」
「は、はぁ?」
「えっとね、私には将来の夢があってね。カメラマンになりたいの」
顔を赤くしてモジモジしながら陽葵は話す。
「まあ、首からそんなガチそうなカメラぶら下げてたら、何となく分かるけど」
「それで初めて撮る人間の写真は指名手配犯って決めてたの。まあ、蓮君がカッコ良過ぎて我慢出来なかったんだけど」
「な、なんで?」
「有名になりたかったから」
「は?」
「まずね指名手配犯を写真に収めて通報するの。そしたら逮捕される。そして私は表彰されるの。で、この写真よく撮れてるねって誰かが言って、私のカメラマンとしての才能がみんなに知れ渡るの。そしたら私一流のカメラマンになれる!犯人は捕まって世界が平和になって私も嬉しい!みんな幸せでしょ?」
蓮は理解出来なかった。自分には理解出来ない順序が、陽葵の頭の中ではしっかりイコールで繋がっている。でも納得出来たこともあった。自分が人殺したと知っても、昨日と何も態度が変わらないこと。
「いや、意味分かんないよ」
「えー、そっかぁ。じゃあ!とりあえずご飯食べに行こ!奢るから!」
「それなら遠慮なく」
2人は立ち上がりエレベーターへと歩き出す。
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