犯罪者捕まえた

ちゃもちょあちゃ

第1話 内緒

 加藤陽葵かとうひまりは上機嫌だった。首にぶら下げるカメラに熱い視線を送る。高校生から始めた趣味のカメラ。その時からずっと欲しくて、憧れていたのがこのカメラだ。大学生になってアルバイトで貯めたお金で、ようやく手にすることが出来た。鏡に映るカメラを見ては頬が緩む。手を洗いハンカチで拭きながらトイレを後にする。


 「ここ座ってもいい?」


 陽葵はトイレの出入り口の、すぐ近くの椅子に座る男に尋ねる。男はパソコンを操作する手を止めて答える。


 「別にいいですけど、他にもたくさん席空いてますよ?」


 男の言う通り、他のテーブルには誰も座っていない。周りには人がおらず、自分の出す物音と声が良く耳に届く。


 「ここが1番近いからさ」


 そう言って陽葵は椅子に座る。丸いテーブルを囲むように置かれた4つの椅子。男は壁に背を向ける椅子に座っていた。陽葵は男の正面ではなく隣の椅子に座った。男は陽葵の言葉を理解したような表情を浮かべていた。


 「ああ、この席トイレから...」


 「君にね。君に近いから!」


 男の言葉を遮るように陽葵は話す。見ず知らずの人間から言われたら、2つの意味でドキっとしてしまいそうな発言に男は無表情で答える。


 「何か用ですか?」


 「うん。このカメラで君を撮ってもいいかな?」


 陽葵は初対面の人用の笑顔で、カメラを手に持って見せて男に問い掛ける。陽葵は今まで、景色に建物、犬や野良猫などをカメラに収めてきた。ただ、人間を撮った経験はなかった。


 「嫌です。それ目的でここに座ったのなら、早くどっか行ってください」


 男は陽葵の笑顔と問い掛けをキッパリと切り捨てて、再びパソコンの作業に戻る。


 「ま、待ってよ。まずは自己紹介からだった。自己紹介させて!パソコンは触ったままでもいいからさぁ!」


 陽葵の言葉に男から返事はない。ただ、否定の返事もないので陽葵は自己紹介を始める。


 「私は加藤陽葵。蓮君と同じ大学3年生の21歳だよ」


 男はパソコンを動かす手を再び止めて、首がもげる程の勢いで陽葵の方を振り向く。


 「ど、どうかしたの?」


 「あっ、いや名前。大学に入ってまともに人と喋ってないのに、俺の名前を覚えてる人がいるんだって」


 驚いた様子の陽葵を見て、蓮は落ち着きを取り戻して話す。


 「そんなにびっくりする?別に話したことなくても名前くらい知ってたりするよ」


 「そっか。普通はそういうもんなのか...」


 「でも蓮君は密かに有名かもね」


 「えっ!な、なんで!?」


 蓮は慌てて椅子から立ち上がり、裏返った声で疑問を投げ掛ける。


 「あっ、悪い」


 倒れた椅子を起き上がらせて、蓮は椅子に座る。


 「そんなにびっくりしなくても大丈夫だよ。別に悪い意味で有名な訳じゃないからさ。蓮君がカッコいいって、周りの女の子達がよく話してるんだよね」


 「あー、そういう理由かぁ」


 先程までの慌てようが嘘だったかのように、蓮は冷め切った返答をする。


 「え?リアクション薄いね。嬉しくないの?」


 「別に。で、アンタは俺がカッコいいって言われてるから、写真撮ってやれって感じで来たの?」


 「ん〜、まあ、...そんな感じなのかな」


 「カッコいい人なんて、そこら辺にたくさんいるから別の人撮ったらいいんじゃない?僕は写真、あんまり好きじゃないし」


 会話を切り上げようとする蓮を、引き止めるように陽葵は喰らいつく。


 「と、撮るなら私が1番カッコいいって思ってる人がいいの!」


 陽葵のセリフを聞いた蓮は、ほのかに頬を赤くする。


 「蓮君は覚えてないと思うけど、私が大学1年の時に電車で痴漢されてたところを君が助けてくれたの。怖くて声も出なかったから、お礼も言えなかった。次の日、君のことを電車で見つけて同じ大学で、しかも同級生だって分かった時は嬉しかった。授業で君を見かける度にお礼を言わないとって、思ってたらもう大学生3年生になってて、就活とかで忙しくなるから、今のうちにって思って声を掛けたの。あの時はありがとうございました!助かりました!」


 募らせた思いを一気に放出した陽葵は、満足そうな顔つきを見せる。


 「あー、あの時はどういたしまして」


 目線を逸らして照れくさそうに返事をする蓮に、ケロッとした表情で陽葵は言う。


 「で、写真は撮っていいの?」


 「え?本当に撮りたいの?写真を撮るのを口実にして、お礼を言いに来たんじゃないの?」


 「せっかくなら、恩人は自分のカメラに収めたいから。あの時はカッコよかったよ!本当だよ!あっ、もちろん今も変わらずに」


 表情と共に言葉で訴え掛ける陽葵に、根負けして蓮は折れる。


 「あー!分かったよ!恥ずかしいからもういいよ。好きに撮りな」


 蓮は褒められることに耐え切れなくなり、写真撮影を容認する。


 「いいの!?ありがとう!」


 今の陽葵は全てが上機嫌だった。


 「いやー!本当にありがとね!素晴らしい写真が一杯撮れたよ!」


 「それは良かった」


 蓮は机に突っ伏して返事をする。今にも消え去りそうな細々とした声が力なく漂う。


 「ごめんね。疲れちゃったよね?」


 「うーん。確かに疲れたけど全然いいよ!スパースターの気分味わえたから!」


 蓮の声は明らかに疲弊していたが、眩しい笑顔から言葉に嘘はないと陽葵は思った。


 「見て見て蓮君!この写真すごくカッコいい!」


 「おー」


 興奮気味で写真を見せる陽葵に対して、蓮はそれを理解出来なかった。


 「他の写真との違いが分かんないや」


 「この写真はすごく良いよ!この写真さ、SNSにアップしてもいいかな?」


 陽葵はこの素晴らしい写真を、大勢の人に共有したいと考えた。独り占めするには勿体無い。大勢の人に知って欲しいと強く思った。


 「えー、SNS?んー、...まあ、良いよ」


 蓮はあまり乗り気じゃなさそうな声で承諾する。


 「良いの?やった!」


 陽葵は帰りの電車で、撮った数百枚の写真を見返す。写真を通して見る蓮に、どこか見覚えを感じる。考えても考えても、解消しないモヤモヤを抱えたまま就寝の時間を迎える。


 「あっ!この蓮君の写真を独り占めなんて贅沢過ぎるよね。投稿っと!残りの写真は全部独り占めだけどねー」


 陽葵はスマホを充電器にさして眠りにつく。


 アラームの音で目を覚ます。スマホを除くと、大量の通知が画面に表示されていた。通知の源は昨日寝る前に投稿した蓮君の写真。


 『この犯罪者まだ生きてたのか』


 明らかに場違いなコメントに違和感を覚えて、そのまま下にスクロールする。この場ではそのコメントが場違いではないことが発覚する。似たようなコメントが溢れていた。


 コメント欄に『絶対これの犯人じゃん』という言葉と共に謎のリンクが貼られていた。それはいいねと注目を集めていた。なんの迷いもなくリンクを開く。画面に映し出されたのは、高校生が父親を殺害と書かれた5年前の記事だった。

 

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