犯罪者捕まえた
ちゃもちょあちゃ
第1話 内緒
「ここ座ってもいい?」
陽葵はトイレの出入り口の、すぐ近くの椅子に座る男に尋ねる。男はパソコンを操作する手を止めて答える。
「別にいいですけど、他にもたくさん席空いてますよ?」
男の言う通り、他のテーブルには誰も座っていない。周りには人がおらず、自分の出す物音と声が良く耳に届く。
「ここが1番近いからさ」
そう言って陽葵は椅子に座る。丸いテーブルを囲むように置かれた4つの椅子。男は壁に背を向ける椅子に座っていた。陽葵は男の正面ではなく隣の椅子に座った。男は陽葵の言葉を理解したような表情を浮かべていた。
「ああ、この席トイレから...」
「君にね。君に近いから!」
男の言葉を遮るように陽葵は話す。見ず知らずの人間から言われたら、2つの意味でドキっとしてしまいそうな発言に男は無表情で答える。
「何か用ですか?」
「うん。このカメラで君を撮ってもいいかな?」
陽葵は初対面の人用の笑顔で、カメラを手に持って見せて男に問い掛ける。陽葵は今まで、景色に建物、犬や野良猫などをカメラに収めてきた。ただ、人間を撮った経験はなかった。
「嫌です。それ目的でここに座ったのなら、早くどっか行ってください」
男は陽葵の笑顔と問い掛けをキッパリと切り捨てて、再びパソコンの作業に戻る。
「ま、待ってよ。まずは自己紹介からだった。自己紹介させて!パソコンは触ったままでもいいからさぁ!」
陽葵の言葉に男から返事はない。ただ、否定の返事もないので陽葵は自己紹介を始める。
「私は加藤陽葵。蓮君と同じ大学3年生の21歳だよ」
男はパソコンを動かす手を再び止めて、首がもげる程の勢いで陽葵の方を振り向く。
「ど、どうかしたの?」
「あっ、いや名前。大学に入ってまともに人と喋ってないのに、俺の名前を覚えてる人がいるんだって」
驚いた様子の陽葵を見て、蓮は落ち着きを取り戻して話す。
「そんなにびっくりする?別に話したことなくても名前くらい知ってたりするよ」
「そっか。普通はそういうもんなのか...」
「でも蓮君は密かに有名かもね」
「えっ!な、なんで!?」
蓮は慌てて椅子から立ち上がり、裏返った声で疑問を投げ掛ける。
「あっ、悪い」
倒れた椅子を起き上がらせて、蓮は椅子に座る。
「そんなにびっくりしなくても大丈夫だよ。別に悪い意味で有名な訳じゃないからさ。蓮君がカッコいいって、周りの女の子達がよく話してるんだよね」
「あー、そういう理由かぁ」
先程までの慌てようが嘘だったかのように、蓮は冷め切った返答をする。
「え?リアクション薄いね。嬉しくないの?」
「別に。で、アンタは俺がカッコいいって言われてるから、写真撮ってやれって感じで来たの?」
「ん〜、まあ、...そんな感じなのかな」
「カッコいい人なんて、そこら辺にたくさんいるから別の人撮ったらいいんじゃない?僕は写真、あんまり好きじゃないし」
会話を切り上げようとする蓮を、引き止めるように陽葵は喰らいつく。
「と、撮るなら私が1番カッコいいって思ってる人がいいの!」
陽葵のセリフを聞いた蓮は、ほのかに頬を赤くする。
「蓮君は覚えてないと思うけど、私が大学1年の時に電車で痴漢されてたところを君が助けてくれたの。怖くて声も出なかったから、お礼も言えなかった。次の日、君のことを電車で見つけて同じ大学で、しかも同級生だって分かった時は嬉しかった。授業で君を見かける度にお礼を言わないとって、思ってたらもう大学生3年生になってて、就活とかで忙しくなるから、今のうちにって思って声を掛けたの。あの時はありがとうございました!助かりました!」
募らせた思いを一気に放出した陽葵は、満足そうな顔つきを見せる。
「あー、あの時はどういたしまして」
目線を逸らして照れくさそうに返事をする蓮に、ケロッとした表情で陽葵は言う。
「で、写真は撮っていいの?」
「え?本当に撮りたいの?写真を撮るのを口実にして、お礼を言いに来たんじゃないの?」
「せっかくなら、恩人は自分のカメラに収めたいから。あの時はカッコよかったよ!本当だよ!あっ、もちろん今も変わらずに」
表情と共に言葉で訴え掛ける陽葵に、根負けして蓮は折れる。
「あー!分かったよ!恥ずかしいからもういいよ。好きに撮りな」
蓮は褒められることに耐え切れなくなり、写真撮影を容認する。
「いいの!?ありがとう!」
今の陽葵は全てが上機嫌だった。
「いやー!本当にありがとね!素晴らしい写真が一杯撮れたよ!」
「それは良かった」
蓮は机に突っ伏して返事をする。今にも消え去りそうな細々とした声が力なく漂う。
「ごめんね。疲れちゃったよね?」
「うーん。確かに疲れたけど全然いいよ!スパースターの気分味わえたから!」
蓮の声は明らかに疲弊していたが、眩しい笑顔から言葉に嘘はないと陽葵は思った。
「見て見て蓮君!この写真すごくカッコいい!」
「おー」
興奮気味で写真を見せる陽葵に対して、蓮はそれを理解出来なかった。
「他の写真との違いが分かんないや」
「この写真はすごく良いよ!この写真さ、SNSにアップしてもいいかな?」
陽葵はこの素晴らしい写真を、大勢の人に共有したいと考えた。独り占めするには勿体無い。大勢の人に知って欲しいと強く思った。
「えー、SNS?んー、...まあ、良いよ」
蓮はあまり乗り気じゃなさそうな声で承諾する。
「良いの?やった!」
陽葵は帰りの電車で、撮った数百枚の写真を見返す。写真を通して見る蓮に、どこか見覚えを感じる。考えても考えても、解消しないモヤモヤを抱えたまま就寝の時間を迎える。
「あっ!この蓮君の写真を独り占めなんて贅沢過ぎるよね。投稿っと!残りの写真は全部独り占めだけどねー」
陽葵はスマホを充電器にさして眠りにつく。
アラームの音で目を覚ます。スマホを除くと、大量の通知が画面に表示されていた。通知の源は昨日寝る前に投稿した蓮君の写真。
『この犯罪者まだ生きてたのか』
明らかに場違いなコメントに違和感を覚えて、そのまま下にスクロールする。この場ではそのコメントが場違いではないことが発覚する。似たようなコメントが溢れていた。
コメント欄に『絶対これの犯人じゃん』という言葉と共に謎のリンクが貼られていた。それはいいねと注目を集めていた。なんの迷いもなくリンクを開く。画面に映し出されたのは、高校生が父親を殺害と書かれた5年前の記事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます