第4話 妖怪・下着脱がし 前編
その日の朝。高校に登校したオレ、
何しろ朝のホームルームが始まるまでまだだいぶ時間があるのだ。
本当にヒマでヒマで仕方ない。
普段はこんなに朝早く登校したりはしないが、今日はたまたまいつもより早く目覚めてしまった。
いや正確には、たまたまいつもよりずっと早い時間に目覚めた妹に、いつもより早く起こされてしまったと言った方が正しいだろう。
朝食が済んだ後もだいぶ時間に余裕はあったのだが、家にいてもやることがないので仕方なく早めに登校したというわけだ。
「……しっかし本当にヒマだなぁ〜」
イスに腰掛け、オレは片手でスマホをいじって時間を潰す。
一応オレ以外にも生徒は数名ほどいるのだが、こんな朝早くに登校してくる者など基本的にみんな真面目なので、今は静かに予習をしている。
そんな真面目な生徒たちの勉強の邪魔をするなど一体誰ができるだろう。
つまり、話し相手が一人もいない状態なのだ。
だからオレは、教科書のめくれる音とシャープペンでノートに字を書く音しか聞こえない教室でスマホをいじって退屈をしのぐしかなかった。
そんな時だった――教室のドアが勢いよく開かれ、やたらと大きな袋を持った男子生徒が入ってきたのは。
彼はつかつかとオレの近くまで歩み寄ると、オレの前の席に着席したのだった。
彼が体をこちらに向け、朗らかな声で話しかけてくる。
「……よ! おはよ、隆輔!」
「……
その男子生徒の姿を見て、オレは軽く驚く。
彼は、クラスメイトにして悪友の
身長はオレと同じくらいだが、体格に恵まれていて、凛々しい顔立ちをしている研吾。
だが笑った顔は意外と愛嬌があり、今も子どものような無邪気な笑みを浮かべている。
小学生の頃から仲の良い自慢の親友だ。
その親友に、今度はこちらから話しかける。
「お前、家族旅行で海外行ってたよな? いつ帰国したんだよ?」
親友の姿を見て驚いたのは、研吾が一週間ほど前から学校を休んで海外に旅行に行っていることを知っていたからだ。
帰国したなんて一言も聞いていなかったので、今日登校してくることも当然知らなかった。
帰ってくるなら連絡くらいしてくれてもいいのに……。
そんなオレの気持ちを察したのか、研吾が少し申し訳なさそうな顔で口を開く。
「悪い……昨日の朝早く帰国したんだけど、向こうの空港で飛行機の搭乗に手間取って連絡するヒマがなかったんだよ。帰宅後は時差ボケで深夜までずっと寝てて、今朝ようやく体調が戻ったんだ」
「そうだったのか……」
どうやら慣れない海外の空港でちょっとしたトラブルが起きたようだ。
日本に帰国した後も時差ボケで連絡する元気がなく、帰ってきたことを伝えられなかったというなら仕方がない。
そんなことより、無事に帰ってきてくれてよかった。
これで今日からまた一緒に学校生活を送ることができる。
「……ま、とにかく元気そうでよかったよ。おかえり、研吾」
「あぁ……ただいま、隆輔」
お調子者の研吾が不在だったせいで、この一週間は退屈だった。
本当に戻ってきてくれてよかったと思う。
「――で、これがお土産なんだけど……」
研吾が袋の中に両手をつっこむ。
先ほどから気になってはいたが、このやたらと大きな袋の中には海外旅行のお土産が入っていたようだ。
やがて研吾が袋からそれを取り出す。
「な、何だこれ……」
それが放つあまりの禍々しさに、オレは戦慄した。
お土産と言うから現地のお菓子とか特産品や調度品のようなものを想像していたのだ。
しかし、研吾が袋から取り出したのは人の体をすっぽりと覆い隠してしまうほどの巨大な仮面だった。
しかも、巨大なだけでなく非常に不気味だ。鬼神と悪魔と妖怪を混ぜ合わせたようなおどろおどろしい仮面で、見る者を恐怖させる。
一体どんな精神状態の時に、人はこんなものを購入するのだろう。
悪い意味で想像を超えるお土産に、オレはただただ恐怖を感じるのみだった。
研吾が屈託のない笑顔でオレの質問に答える。
「見ての通り仮面だよ。魔除けの効果があるらしい」
「魔除けって言われてもな……」
確かにこれだけ不気味で恐ろしい仮面なら、悪魔だろうが魔物だろうが逃げ出してしまうかもしれない。
だが、もう少しデザインをマイルドにするわけにはいかなかったのかとも思ってしまう。
こんなもの、子どもが見たらたぶん泣くぞ?
大人でも夜に見たら腰を抜かすぞ?
下手したら夢に出るぞ?
そもそもよく税関通ったな?
税関仕事しろ!
次々にツッコミが頭に浮かぶ。
国内に持ち込めたことが不思議なくらい気味の悪い仮面だった。
「そういうわけで、魔除け兼インテリアとして玄関にでも飾ってくれ!」
「いや、インテリアには不向きだろ!!」
こんな仮面を玄関に飾ろうものなら、間違いなく来客は悲鳴を上げる。
ホラーが苦手な人なら、トラウマになって毎晩うなされてしまうだろう。
……ていうか、そもそもこんなデカい物を置くスペースなどない。
せっかくのお土産だが、正直、受け取りを拒否したいくらいだった。
「……つーか、どこに行ってきたんだ?」
今さらな質問だが、どこに行ったのかを訊いてみる。
「ブラジルだ! そこで偶然この仮面を見つけてな……ジャングルの奥地で暮らすアマゾネスたちに伝わる魔除けの仮面だと現地の人から教えてもらったんだよ!」
「地球の裏側に行ってたのかよ……」
ハワイとかヨーロッパとか人気の旅行先はいくらでもあるのに、なぜブラジルをチョイスしたのだろう。
もちろんブラジルにも魅力的な観光地がたくさんあることは知っているが、一週間も学校を休んでまで行くほどなのだろうか。
学校を休んで地球の裏側に行き、デカくて不気味な仮面を買ってくる――もはや奇行としか思えなかった。
「とにかく精巧な仮面でお前も気に入ると思ったから、つい買っちまったんだ! ぜひインテリアにしてくれ!」
なおも仮面を受け渡そうとする研吾。
嫌がらせではなく、あくまで善意でこれを渡そうとしているから余計にタチが悪かった。
(どうしようかなぁ……悪意がないからちょっと断りづらいな……)
嫌がらせで渡してきたならためらわずに拒否できるのに、そうではないから何かうまい理由をつけて拒否する必要があるのだ。
だが、そのうまい理由がなかなか思いつかない。
オレは必死で受け取りを拒否する理由を考えた。
だが、オレは唐突にこの仮面の使い道を思いつく。
(いや、待てよ……この仮面……使えるかも)
魔除けで飾るよりもずっと意義のある使い道だ。
それに気づいたオレは、ありがたくお土産を受け取ることにした。
「ありがとな、研吾。有効活用させてもらうとするよ!」
「やっぱり気に入ってくれたか! 選んだ甲斐があったよ」
そう言いながら嬉しそうに仮面を渡す研吾。
別に気に入ったわけではないが、オレは笑顔でそれを受け取った。
その後、イスから立ち上がり、仮面を持って教室の隅に移動し壁に立て掛ける。
机のまわりには置いておく場所がないので、今日一日教室の壁に立て掛けておくことにしたのだ。
他の生徒が怖がるかもしれないので、上から袋をかぶせて見えないようにする。
そうしてから再び自分の席に戻り着席した。
(早く仮面を使いたい……早く放課後にならないかなぁ……)
そんなことを考えながら、オレは学校生活を送るのだった。
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