第3話 ヌードデッサン 後編
「すげぇ……芸術作品みてぇ……」
その美しく、均整のとれた体にオレは見入ってしまう。
彩実の裸は何度か見たことがあるが、見る度に美しくなっている気がする。
陸上をやっているおかげか、贅肉のない引き締まった体に色白の肌。胸やくびれ、お尻などは大人の女性のそれに近づきつつあり、彩実の発育の良さが伝わってくる。
まさに『美しい』の一言だ。
もしオレがアレクサンドロスだったら、この姿の彩実をモデルにして彫刻を制作し、ミロのヴィーナスの隣に並べて展示していただろう。
それほどに彩実の裸体は美しく、魅力的だったのだ。
一方、生まれたままの姿でポーズをとった彩実は、今にも恥ずか死しそうな様子だった。
その証拠に、顔から爪先まで全身真っ赤になっている。まるで熱いお湯にでも浸かった直後のようだ。
「うぅ……やっぱり恥ずかしい……」
思春期の女の子が、兄とはいえ異性の前で全裸を晒す。それがどれほどの羞恥に襲われるかは想像に難くない。
きっと本当は今すぐにでも体を隠したいはずだ。
それでもポーズを崩すまいと頑張っているのは、ひとえに兄の役に立ちたいからだろう。
自分がモデルをしなければ、兄が美術の宿題を提出できなくなってしまう。
そうなれば、最悪単位が取れなくなってしまう。
こんなことで兄の成績が下がるのは絶対にイヤだ。
そんなふうに考えていることが伝わってくる。
その一心があるからこそ、彩実はどれだけ羞恥に襲われてもポーズを維持し続けることができるのだ。
(彩実……オレの宿題のためにありがとな)
美術の宿題のため、羞恥に耐えながら必死に体を張ってくれている彩実に、オレは心から感謝するのだった。
……まぁ、本当はそんな宿題などないのだけれど。
「……それじゃ、描くから動かないでくれよ」
オレはベッドに腰かけると、持参したスケッチブックを開き、鉛筆で妹の裸体をデッサンし始めた。
もともと美術は嫌いではないので、一度描き始めたら止まらない。
モデルが美少女だということも、モチベーションを維持できる理由のひとつだろう。
彩実は何も言わずに、オレの前でポーズを取り続けてくれている。
それからしばらくの間、羞恥で真っ赤に染まった彩実の裸体を隅々まで観察してはスケッチブックに描くという作業を続けるのだった。
そうして八割ほど完成した頃。
胸の部分を観察していたオレは、あることに気がついて思わずモデルに話しかけてしまった。
「なぁ、彩実……」
「どうしたの? リュウ兄……」
「ひょっとして……おっぱい大きくなった?」
「……ふぇっ!?」
彩実がとっさに両腕でその豊かな胸を隠す。
さすがの彩実も羞恥に耐えられなかったようだ。
そんな妹を、できるだけ優しい口調で非難する。
「あ、こら! モデルが動いちゃだめだろ」
「だ……だって、リュウ兄がヘンなこと言うから……」
「ヘンなことなんて言ってねぇよ。事実を言ったまでだ。彩実のおっぱいは間違いなく大きくなってると思うからな」
彩実のおっぱいは成長している。兄であるオレが言うのだから、それは紛れもない事実だ。
一体どこの世界に、妹の胸の成長に気がつかない兄がいるというのだろう。
先ほどまではかなりゆったりしたルームウェアを着用していて体型が分かりづらかったせいで気がつかなかっただけなのだ。
「……リュウ兄のえっち」
彩実がぷいっとそっぽを向き、ぽつりとつぶやく。
オレはそれを強く否定した。
「えっちじゃねぇ!」
そう――オレはえっちではない。確かに妹の裸体を見て性的興奮を覚えているが、それは思春期の男の子なら普通のことだろう。断じてえっちではないのだ。
「いや、どう考えてもえっちでしょ……」
「だから、えっちじゃねぇって!」
「えっち!」
「えっちじゃない!」
「えっち!」
不毛な水掛け論が続く。
このままでは徒に時間が経過するだけだ。
仕方ないので、こちらが譲歩することにした。
「……わかったよ。百
「そんなに譲らなくてもリュウ兄はえっちだから……」
彩実が何か言うが、無視して話を続ける。
「そうだったとしても、彩実にも問題はあるぞ?」
「……どういう意味よ?」
「ヌードモデルは言わば裸を見せる仕事……おっぱいが大きいと言われたくらいで動揺してちゃ務まらないってことだ」
「いやいや……モデルに対してそんなこと言う人なんてリュウ兄くらいだから……」
「わからねぇぞ? もしかしたら一人くらいいるかもしれない。その時に備えてある程度耐性をつけておいた方がいい……一人前のヌードモデルになるんだろ?」
「ならないわよ!! 勝手に人の進路を決めないで!!」
彩実の叫び声が室内に響く。
「……ま、彩実の進路はともかく、そろそろデッサンを再開するからさっきのポーズを取ってくれ」
「え〜……なんだか協力する気が失せたんだけど……」
「おいおい……一度引き受けた仕事を途中で投げ出すなんてプロのヌードモデルの風上にも置けねぇぞ?」
「だからプロじゃないって言ってるでしょ!! まぁでも、一度引き受けた以上は最後までやるしかないか……」
そう言って、彩実が先ほどと同じポーズを取る。
「おぉ! ありがとな!」
そんな妹に感謝しながら、オレは再び描き始めた。
そうして完成した絵は、自分でも驚くほど見事な出来栄えだった。
スケッチブックに鉛筆で描いただけの絵だが、美術館に寄贈したくなるくらいだ。
オレはこの一枚を、劣化させないよう大切に保管しようと強く心に誓うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます