第5話 妖怪・下着脱がし 後編

 その日、学校が終わるや否やオレはお土産でもらった仮面を持って校舎を出た。

 そのまま寄り道をせずに自宅を目指す。

 そして自宅付近の薄暗い路地裏で足を止めた。


「……よし、ちょうどいい時間だ」


 スマホで時間を確認し、ぽつりとつぶやく。

 オレは学校指定のカバンを物陰に隠すと、例の仮面を装着して目的の人物がやって来るのを待った。


「早く来ないかな……花帆かほ……」


 我が妹・吉永花帆。

 彼女が小学校から帰って来るのをオレは待っているのだ。


 花帆は途中までは友だちと下校することが多いのだが、この路地裏を通る頃にはその友だちとも別れて一人になる。

 ここは昼でも薄暗いため、人通りは少ない。

 イタズラを仕掛けるにはもってこいの場所なのだ。


「この仮面を装着して脅かしたら、花帆のヤツ、どんな反応をするかな? 腰を抜かすのか……それとも泣いて逃げ出すのか……」


 下校中の妹を脅かす――それが今朝思いついたこの仮面の使い道だった。


 妹の反応を想像すると自然と顔がニヤけてしまう。

 何しろこの仮面は大人でも気味が悪いと感じてしまうほどなので、小学生の女の子なら確実に驚いてくれるだろう。

 全身がすっぽり隠れるほど大きく、声も仮面越しでくぐもっているため、正体がオレだとバレる可能性も低い。

 果たして花帆がどんな反応をするのか――本当に楽しみだ。


 そんなことを考えながら物陰に隠れて待ち伏せすること約五分。

 ついに向こうから花帆ターゲットがやって来た。

 黄色い長袖のシャツにピンクのミニスカートを穿いた女の子。背中には赤いランドセルを背負っている。

 間違いなく妹の花帆だ。

 予想通り、今は一人で歩いている。

 まわりに人影もない。

 絶好のチャンスだ。

 

 オレは、花帆がギリギリまで近づいてくるのを待った。

 そして、オレのすぐ横を通り過ぎようとしたところで物陰から突然飛び出して脅かすのだった。


「キエーーーーー!! キョエーーーーー!!」


 花帆にまとわりつき、奇声を上げる。


「な、何……?」


 肩を震わせ、後退りをする花帆。

 その可愛らしい顔が一瞬で恐怖の色に染まる。

 恐ろしさのあまり叫び声を上げることも走って逃げ出すこともできないようだった。


 それが面白くて、ついついエスカレートしてしまう。


「キョエェェェェェイ!!」


 引き続き奇声を上げた状態で一歩、また一歩と花帆に近づいた。


「や、やだ……こないで」


 花帆は涙目になりながらも必死に抵抗するが、やがて逃げ場のないところまで追いつめられてしまう。


 オレは、仮面越しに至近距離で花帆の顔を覗き込んだ。


「……ひっ!!」


 ぺたんと尻もちをつく花帆。

 その状態で立ち上がろうともせず、ただ震えているだけだった。

 おそらく足がすくんで立てないのだろう。


 得体の知れないものにただただ恐怖する姿は非常に魅力的で、オレの中のサディズムを刺激した。


(脅える花帆……めっちゃ可愛い!)


 美少女が尻もちをつき、今にも泣き出しそうな表情で震えている。

 なんて愛らしい姿なのだろう。

 今すぐ抱きしめたいくらいだ。


(研吾……お前のブラジル土産のおかげで花帆のこんなに可愛い姿を見られたよ……本当にありがとな)


 オレは悪友に対して、改めて感謝の念を抱くのだった。


(さてと……そろそろ正体を明かしてやるかな)


 仮面を有効活用し、花帆の脅える姿を充分過ぎるくらい堪能できたので、このあたりで正体を明かして安心させようかと考える。

 だが、そんな考えはすぐに吹き飛んだ。

 ミニスカートで尻もちをついているせいで、花帆のパンツが丸見えになっていたからだ。


(おぉ……)


 オレの視線が妹のパンツに釘付けになる。

 花帆は、白い生地に黄色いドット模様のいわゆる水玉パンツを着用していた。


 エロくもセクシーでもない年相応の下着。

 普通ならそんな色気の感じられないパンチラになど興味を示さないだろうが、オレは思春期真っ只中の男子にして重度のシスコンだ。

 妹のパンチラにも当然興奮してしまう。


 一方、当の本人はパンツが見えていることなどまったく気づいていない様子だった。

 おそらく不気味な仮面をつけた不審者に脅えているせいで、スカートにまで気が回らないのだろう。


 本人が気づいていないのをいいことに、オレは遠慮なく丸見えのパンツを見て自身の性的欲求を満たした。


 だが、重ねて言うがオレは思春期真っ只中の男の子だ。

 パンツを見るだけで満足できるわけがない。

 むしろ性的欲求が刺激され、新たな欲求が湧いてきてしまうのだった。


(……脱がしてみたい!)


 無性にそう思ってしまったオレは、おもむろに両手を花帆のスカートの中に突っ込む。

 そしてパンツを掴むと、一気に足首までずり下ろした。


「きゃあっ!!」


 悲鳴を上げ、必死に抵抗する花帆。

 だが男子高生に力で敵うわけがなく、抵抗むなしくされるがままだ。


 靴が邪魔だったので、まず両足の靴を脱がす。

 そうしてから一気にパンツを剥ぎ取るのだった。


「いやぁぁぁ!!」


 花帆が羞恥と恐怖の入り混じったような声で、再び可愛らしい悲鳴を上げる。


「ケェェェイ! ケェェェェイ!! ケェェェェェイ!!!」


 オレは三度みたび奇声を上げると、剥ぎ取ったパンツを持ってその場から走り去った。

 もちろん、物陰に隠しておいたスクールバッグも花帆にバレないようにこっそり回収する。

 薄暗い路地裏には、パンツを脱がされ半泣き状態の花帆が残された。



         ◇◇◇◇◇


 路地裏を走り抜け、自宅に戻ったオレは、まず仮面を屋根裏に隠した。

 薄暗く埃っぽい屋根裏に妹はめったに立ち入らないので、ここに隠しておけばしばらく見つかる心配はないだろう。


 次に自室で高校の制服を脱ぎ、私服に着替える。

 

 そして最後に持ち帰ったパンツをタンスの奥に隠したら準備完了だ。

 これでいつでも花帆を迎えることができる。


 そんなことを考えながら自室で妹の帰宅を待っていると、玄関のドアが開き、花帆が家に入ってきた。

 オレは何も知らない風を装って玄関に向かう。


「おかえり、花帆。遅かったな……」


 そして帰宅した花帆に声をかけるが、返事はなかった。


「……どうした? 何かあったのか?」


 暗い表情でうつむく妹に、優しく問いかける。

 花帆はしばらくの間無言だったが、やがて気持ちが落ち着いたのか、ゆっくりと話し始めた。


「お兄ちゃん……わたし、さっきそこの路地裏で不審者に襲われたの……」

「ええっ!? 大丈夫か? ケガはしてないか?」


 涙目で報告してくる妹の体を抱きしめ、ケガの有無を確認する。


「うん……ケガはしてないよ。だけど、わたし怖くて助けも呼べなくて……」


 相当怖かったのだろう。傍から見てもわかるくらい、声も体も震えていた。


「くそっ! どこのどいつだ!? オレの妹に乱暴しやがって……とっちめてやる! 花帆、そいつに何されたのか教えてくれ!」

「ええっ!? えっと……」


 その瞬間、花帆の頬が赤く染まる。

 もじもじと体をくねらせ、とても言いにくそうだ。


「……花帆? どうした? そんなにヒドいことをされたのか!?」

「いや……その……シ、ショーツを脱がされただけだよ」

「ショーツを脱がされた?」

「お、お兄ちゃん! 大きな声で言わないで!」

「あ、悪い……」


 顔を真っ赤にする花帆。

 兄とはいえ、不審者にパンツを脱がされたことを報告するのは恥ずかしいようだ。


「それで、他には何かされたのか?」

「ううん。それ以外は何もされてないけど……」

「そうか……下着を脱がしただけか……」


 そこまで聞いたオレは、腕を組み、考え込むふりをした。


「……お兄ちゃん?」


 そんなオレの顔を、花帆が不思議そうに覗き込む。


「なぁ、もしかして……その不審者って不気味な仮面をつけてなかったか?」

「……え? ど、どうしてわかったの!?」


 驚きのあまり目を丸くする花帆。

 オレはその疑問には答えずに、質問を続けた。


「やっぱりな……その仮面は体がすっぽり隠れるほど巨大だっただろ?」

「う、うん……」

「で、耳障りな奇声を発していたんじゃないか?」

「全部正解……本当にどうしてわかったの!?」

 

 不審者の特徴をズバズバ言い当てる兄を、驚きの表情で見つめる花帆。

 そんな妹に、オレははっきりと言い放った。


「花帆……それはたぶん“妖怪・下着脱がし”の仕業だ!」

「妖怪・下着脱がし!? 何それ!?」


 兄の発言に困惑する花帆。 

 オレはわかりやすく説明することにした。


「“下着脱がし”はこのあたりの地方に伝わる妖怪で、その名の通り通行人の下着を剥ぎ取る妖怪だ。……もっとも、人間が下着を身につけていなかった時代は衣服を剥ぎ取ってたみたいだけどな……」

「そんな妖怪がいるんだ……全然知らなかったよ……」

「マイナーな妖怪だからな。知らないのも無理はないよ」

「でも、それならちょっと納得かも……下着を脱がされただけで特に危害は加えられなかったし……」

「人にちょっかいを出すイタズラ好きな妖怪は他にもいろいろいるもんな。“鎌鼬”とか“すねこすり”とか“べとべとさん”とか……“下着脱がし”もそういう系統の妖怪なんだよ」

「不審者じゃなかったんだね。よかった……」


 ほっと胸を撫で下ろす花帆。

 路地裏で出会ったのが不審者ではなくイタズラ好きの妖怪だとわかって安心したのだろう。


 そんな妹をそばで眺めながら、オレは思う。


(よくまぁこんな嘘に騙されるよな……)


 当然だが、今の話はすべてデタラメだ。

 “下着脱がし”はオレがとっさに考えた妖怪で、昔から語り継がれているような存在ではない。


 普通ならこんな話は信じないだろう。

 しかし、オレの妹は兄の言うことなら何でも信じるので、容易に騙すことができるのだ。


(まぁでも、そのおかげで妹のパンツが手に入ったんだよな。そう考えると、騙されやすい妹でよかったのかも……)


 当初は仮面をつけて脅かすだけの予定だった。その後、ちゃんと正体も明かすつもりだったのだ。

 しかし、偶然パンツを見てしまったことで「脱がしたい」という欲求に駆られてつい行動に移してしまい、正体を明かせなくなってしまった。

 そのためその場でとっさに“下着脱がし”という妖怪を考えたのだ。

 他の女の子ならまず信じなかっただろうが、花帆なら信じるだろうという確証があった。

 だからオレは安心してパンツを剥ぎ取り、持ち帰ることができたのだ。

 本当に何でも信じる妹でよかったと思う。


 改めて花帆の顔を見る。

 先ほどまで恐怖で涙目になっていたのに、今は完全にいつも通りの笑顔を取り戻していた。

 もう恐怖は感じていないのだろう。


 だからオレは普段と同じ調子で花帆をからかうことにした。


「ところで花帆……」

「なぁに? お兄ちゃん……」

「ショーツを脱がされたってことは、今ノーパンなんだよな?」

「……え? あっ!!」


 花帆が顔を真っ赤にして両手でスカートを押さえる。

 自分がノーパンであることを思い出して恥ずかしくなったようだ。


「いつまでもノーパンでいたら、大事なところが見えちまうぞ? ……って言っても、実はさっきチラッと見えたんだけどな」

「ええっ!?」


 花帆の顔がさらに真っ赤になる。


「う、うそ!? み、見え……」

「うん、ウソ」

「……ん?」

「安心しろ! 今のはウソだから。まだ何も見えてないよ」

「あぁっ!? お兄ちゃんが騙したぁぁぁ!!」


 再び涙目になる花帆。

 先ほどの涙は恐怖による涙だったが、今は羞恥による涙を目に浮かべていた。


「でも早く何とかしないと本当に見えちまうから、部屋に戻ってパンツを穿いてきた方がいいんじゃないか?」

「うぅ……お兄ちゃんのいじわる……」

 

 両手でスカートを押さえた状態のまま、花帆が自室に向かう。


 そんな妹の後ろ姿を見つめながら、『もう何度か同じ手口で花帆の下着を剥ぎ取ってもオレの仕業だとバレないんじゃないか?』などと考えてしまうのだった。


 ……ちなみに、今日手に入れたパンツを夜な夜なおいしくいただくことになるのは言うまでもない。








 

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