第48話 ロキ

 俺は虚無の世界ニートランドへ単身乗り込んだ。


「ここが神界の闇の穴の最下層、虚無の世界ニートランドか。暗くてなにも見えないが、生体反応はあちらこちらから感じるな」


 虚無の世界ニートランドには一切の光がなく、どこを見渡しても暗闇が広がっている。


 真っ暗な中、なにかをこすっている様な不気味な音が、そこら中から聞こえてくるがあまりに暗いために、不気味な音の正体は分からなかった。


「音も気になるがなにより匂いが酷い」


 嗅いだ匂いは腐った魚を腐った牛乳に漬けた様な匂いだった

 この暗闇の虚無の世界ニートランドで分かった事は、ここには一切光が入らない、周りからこすった様な音がする、異臭が立ち込めているという三点だけだった。


「とりあえず見える化から始めるか。特異能力スキル! 炎雷操作!」


 1S現任Skill訓練drainで奪った、前魔王四天王である炎の魔神スルトと雷の化身サンダーバードの特異能力スキルを発動させる。


「こんな感じでいいか」


 雷操作で雷を球状に変化させて、その雷の球の周りを火炎で覆い、擬似太陽を作って上に向かって投げつけて辺りを照らすと、不気味な音の正体が明らかになる。


「なんだこいつらは? 首が――いや、顔が無いのか」


 不気味な音の正体は全身が病的な白色をしている、首から先がない人型のなにかが四つん這いになって地面を這いずっている音だった。


「あっれー? こんなところに生きている人間がいるなんて珍しいなー。もしかして君がジン・シュタイン・ベルフ?」


 顔は中性的で声も高く、少年か少女か見分けがつかない子供が話しかけてきた。


「そうだ、俺がジン・シュタイン・ベルフ。邪神の手下か? 邪神の元へ案内しろ」


 案内しろと言われて子供は元気よく返事をする。


「はいはーい! 了解だよー。僕は邪神様の側近、ロキ。よろしくねー!」

「よろしくするつもりはない、さっさと案内しろ」

「あーうん。案内はちゃんとするよ? でも、邪神様が君と遊んでいいって言ってくれたんだよねー。だから僕と遊んでくれたら案内するよー」


 ロキが指でパチンと軽快な音を鳴らすと、地面に四つん這いになっていたなにかが一斉に立ち上がった。


「この子たちはねー、顔無しネラーって言うんだ。可哀想でしょー? 光がない闇で暮らしているから全身が真っ白でガリガリなんだー。少しは運動もしないとねー、だから君! この子たちの運動不足解消とストレス解消に付き合ってよ!」


 もう一度ロキが指でパチンと軽快な音を鳴らすと、顔無しネラーが一斉に襲い掛かってきた。


「数が多すぎて面倒だな。上級特異能力! 強制Non解雇name!」


 自分より下位の存在を、存在ごと消滅させる上級特異能力(ハイスキル)を発動したが、顔無しネラーは一つも消滅せずに残っている。


「無駄だよーん。だって顔無しネラーは存在してるけど、存在していないんだもん」

「存在してるけど、存在していない? 一行で矛盾しているぞ」

「だって本当なんだもーん。僕もこの子たちがどこから湧いてくるのか知らないしねー。ほら、よそ見してていいのー?」


 顔無しネラーが束になって襲いかかってくる。


「面倒だな、5S! 社畜Spiritslave!」


 飛び上がった俺は自分の為に強制的に働く社畜へと変える、5Sを発動するが顔無しネラーの動きは変わらない。


顔無しネラーを支配するのは不可能だよーん」

「なら、面倒だが一体一体倒すだけだ。神聖剣、天地開闢ビッグバンの剣ブレイド


 空間から取り出した、神聖剣天地開闢ビッグバンの剣ブレイドで次々と顔無しネラーを倒していくが、顔無しネラーの数は一向に減る気配がない。


「おいおい、どうなってるんだ?」


 顔無しネラーの数は俺が倒せば倒すほどに増殖していた。


「いいよー、いいよー、もっと頑張って増やしてねー」


 ロキは空中で無邪気な笑顔を見せている。


「これじゃあキリがないな。なにか方法はないのか?」


 押し寄せてくる顔無しネラーを倒しながら可能性を模索する。


「時間がもったいない。作業基準書、こいつらを倒すにはどうしたらいい?」


 脳内に、鈴を転がした様な女性の声が聞こえる。


「はい、担当者様。顔無しネラーは存在していながら、存在しておりません。その様な曖昧な存在を倒す事は不可能です」

「不可能、なるほどな。そういう事か」


 その言葉を聞いた俺は神聖剣、天地開闢ビッグバンの剣ブレイドを鞘に納めて目を閉じた。


「あれれー? そんなことしたら死んじゃうよー?」

「……」


 黙って目を閉じていると、襲いかかってきていた顔無しネラーたちは、また四つん這いになり地面を這いずり始めた。


「なぁんだ、もうばれちゃったのかー。まぁ結構増えたし、虚無ニートの一体は作れるかなー?」


 ロキは顔無しネラーの秘密がばれて、退屈そうな顔をしている。


顔無しネラーとはよく言ったものだ。それは存在していて、していない。なら、徹底的に無視をすることで俺の中で顔無しネラーは無害な存在になる」

「存在の無視なんてそうそうできないよー? 存在の否定は存在を認めるのと同じだからねー。まぁいっか、それじゃあ案内するよー」


 ロキの案内で俺は虚無の世界ニートランドの最深部へ向かう。


「この穴を飛び込んだ先に邪神様とライトがいるよー。じゃあ僕は別の仕事があるから行くねー。ばいばーい!」


 ロキは俺を虚無の世界ニートランドの端に案内すると、大きく手を振って去っていった。


「まるで激流の渦の真ん中に飛び込む気分だな。この先、特異能力スキルが使えるか分からないから先に出しておくか」


 俺は再び空間から神聖剣、天地開闢ビッグバンの剣ブレイドを取り出した。


「邪神、お前の闇が社会の闇に飲まれた事のある俺より深いのか試してやるよ。ブラック工場作業員を舐めるなよ」


 臆する事なく俺は穴へ飛び込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る