第41話 銀河系魔法

 ♢

 ナタリー・スカーレットは幼女でありながら、連邦軍左前方の軍団長を任されている。


 理由はいくつかあるが大きくまとめると二つ、ナタリーは連邦軍のアイドル的存在で部下に加えて欲しいと言う兵士が後を絶たず、ナタリーにはカリスマに加えて卓越した戦闘のセンスがある。


 もう一つはナタリーが人外の力を持っているという事だ。


「ナタリー様、敵主力部隊の壊滅と撤退を確認しました。追撃して殲滅しますか?」


 ナタリー親衛隊の隊長を務める兵士が、ナタリーに指示を仰ぐ。


「――殲滅は、必要、ない。みんな、そのまま、固まらないで、ね」


 何かを感じているナタリーは、味方の軍を一箇所に固めることはせず、複数の師団を作って聖王国軍と戦っている。


「さすがはナタリー様です。軍を複数にばらけさせているのに、こちらの被害は軽微で済んでいる」

「――油断、だめ、敵の意図、まだ、読めない」


 ナタリーたち左前方軍の力の前に撤退した聖王国軍だが、軍を引いたところで戦局はなにも変化はしない。

 後方の軍と合流したところでナタリーたちも、同じように左後方の軍と合流するだけだ。


 違和感を覚えながらも進軍を続けるナタリー軍。

 その違和感はすぐに姿を現した。


「前方、敵兵数千、こちらへ向かってきます!」


 魔の旗を掲げた聖王国軍は兵の数を増やして戻ってきたが、聖王国軍の兵士たちの様子がおかしい。


「――魔物? ちがう、あれは、魔堕ち?」


 魔の旗を掲げた聖王国の軍団は、一人残らず魔物へと変貌していた。


「――強制魔堕、ビッチなみに、くさったの、いるね」


 ナタリーが知っている外法の一つ、強制魔堕。

 人間を強制的に魔物に変えて支配する外法は、非人道過ぎるために禁術指定となり、古の大賢者たちによってはるか昔に封印されていた。


「――みんな、下がって、僕が、やる」


 進軍前にジンから忘れものはないかと聞かれて、慌てて取りに戻った『森羅万象の杖』を構えるナタリー。


 味方が全員下がった事を確認したナタリーは、爆裂魔法を唱える。


「――爆裂魔法『極』、爆発的……」


 爆裂魔法を唱えようとしたナタリーだったが、魔堕ちした兵士たちの異変に気づいて詠唱を止めた。


「――魔法陣? みんな、もっと、下がって」


 魔堕ちした兵士たちの体に魔法陣が浮かび上がっている。


「――むごい、ね。防御魔法『極』、堅牢堅固」


 ナタリーが防御魔法を唱えるとナタリーを中心にシールドが貼られる。


 その直後、魔堕ちした兵士たちは自分の体に浮かんだ魔法陣に体を吸収されて、ナタリーの前に数千の魔法陣が展開される。


「――多いね、防げる、かな?」


 数千の魔法陣から様々な魔法が放たれ、ナタリーのシールドに直撃する。


「――杖、持ってきて、よかった」


 ナタリーのシールドが数千の魔法陣から放たれる魔法を防ぎきると、魔法陣の後ろから表情が暗い女性が現れた。


「せっかく命まで使ったのに……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 表情が暗い女性は魔法陣に向かって何度も頭を下げている。


「――こんな、ひどいことして、あやまっても、意味ない」

「ひぐっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 私なんかが魔帝を名乗ってごめんなさいごめんなさい」


 魔帝はナタリーに向かって何度も頭を下げ始めた。


「――魔帝? そう、あなたが、やったの? 強制魔堕を」

「あの人たち……弱かったんですよ……だから魔剤を薄めて飲まして……魔堕ちしたら生命力が高まるから……生きた魔法陣に変えてあげたんですよ……」


 ナタリーの魔力が怒りで増幅して、辺りには魔力の暴風が吹き荒れる。


「――なにを、言っているのか、分かってる?」

「下界の民が……私たちに貢献できる……素晴らしい、ですよね? でも……数千の魔法陣も……通じなかった……次は数万準備しないと……ですね」

「――次は、ない」


 森羅万象の杖を魔帝へと向けるナタリー。


「ひぐっ! 時間稼ぎしてごめんなさい! でも……あなたが……悪いんですよ?」


 ナタリーの上空に大きな魔法陣が描かれていた。


「――こんなに、大きいの、初めて、見た」

「言いましたよね? 次は数万準備するって……あなたがどれだけ魔力が高くても……この魔法陣の攻撃は防げない……」


 地上にあった魔法陣も空へ浮かび、大きな魔法陣の一部となる。


「今から……私の最大の魔法……死のデス彗星コメットを発動します……辺り一帯は塵芥ちりあくたと化すでしょう……」

「――また、禁術」


 魔帝は飛行魔法を使って魔法陣の上まで飛んだ。


「みんな死にます……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 上空で魔帝が何度も頭を下げると、魔法陣が光りだす。


「――ん、それ、完成してない、よ?」

「え……? そんなはずは……」

「――その、魔法陣は、死のデス彗星コメットの下位魔法、隕石メテオ落としフォール、それも、ところどころ、間違えてる」


 ナタリーの言葉に魔帝は初めて悲しみ以外の感情を表にだす。


「古に封印された禁術のなにが分かるんですか! 負け惜しみはやめてください!」


 自分の魔法陣が間違えているはずがないと魔帝は激高する。


「――ん、まずは、ここ」


 ナタリーは森羅万象の杖を振り、魔帝が描いた魔法陣の一部を書き換える。


「え?」

「――はい、これが、隕石メテオ落としフォールの、魔法陣。ここから、こうしてっと」


 何度か森羅万象の杖を振るうと、魔帝が描いた魔法陣が二倍の大きさになる。


「――できた、これが、死のデス彗星コメット。地表に、打つと、生態系が、壊れるから、だめ」

「魔法陣の書き換え……それに魔法陣の修正? ありえないです……聞いた事がありません……御方に近い存在だとでも言うんですか?」

「――ん、普通、だよ? 大きい魔法陣、厄介だから、スカーレット一族は、魔法陣の、乗っ取りを研究、成功しただけ」


 ナタリーの制御下にある巨大な魔法陣は、くるりと反転して魔帝の方を向く。


「――禁術、銀河系魔法、死のデス彗星コメット


 巨大な魔法陣から数えきれない小さな彗星が飛び出し、魔帝へ向かって飛んでいく。


「そんな……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 何度も頭を下げる魔帝に、無機質な彗星が何度も何度も衝突して、魔帝は影も形も無くなり、他の小さな彗星はそのまま空高く飛んでいった。


「――禁術、だめ、ぜったい」


 連邦軍中央、左前方、右前方、右後方の戦闘が収まったころ、左後方では邪悪な闇が動き出していた。

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