第30話 神話の軍隊

 宴の翌日、連邦軍は聖王国へと遠征を開始、現在聖王国前には既に連邦軍と聖王国軍が布陣している。


 バウム・ドーラの実験で亡くなった者の親族、マリナ・リゼットの生贄とされた者達の親族、アルト・ウォルターに凌辱された各国の王族と親族、それが全て聖王国のせいだと知った人々もこの戦争に加わると言ってきたが、連邦軍は職業軍人と戦闘民族だけを集めて集結していた。


 戦争に参加できず無念を晴らす事のできない人たちの、希望を託された連邦軍の士気はとどまる事を知らず、まだ戦闘は始まっていないのに、まるで戦闘中の様な熱気を連邦軍の兵士一人一人が放っている。


 士気が最高潮に達しようとしている時に、ジンは兵士達の前に姿を現し、兵士達の士気は最高潮すら超え、もはやその士気は異次元なものとなった。

 嵐のような歓声と歓喜の声の中ジンが口を開くと、熱気は保ったまま兵士たちは静かになる。


「悪逆非道を繰り返す勇者をここで倒す。勇者に加担する他の聖王国兵も同罪、あいつらは許されざる大罪人だ」


 連邦軍の兵士たちはうんうんと首を縦に振っている。


「ジン・シュタイン・ベルフの名の下に命じる! 大罪人を粛清せよ! 正義は我らにある! 聖王国を討ち、未だに捕らえられている人々を救い出せ!」


 連邦軍の兵士たちの大気をも震わす雄たけびが上がる。

 うるさいぐらいの歓声の中、ジンは小言をつぶやく。


「復讐者でもある魔王の俺が正義を語る時がくるとはな」

「――でも、ジン様、いつでも、正義、だよ」

「そうよ! いつも誰かを助けているじゃない!」

「ジン様こそが正義の魔人王です」

「妾はジン様がなされる事こそ、正しい事だと思っておりますわ」


 正義だと言われたジンは少し照れくさそうにしながら、


「魔人王、たしか今の人々は俺をそう呼ぶんだったな。なら、その名前頂こうか」


 ジンは右手を突き出し、聖王国軍の方へと人差し指を突き付ける。


「魔人王ジン・シュタイン・ベルフ! この名を聖王国の悪魔どもに聞かせてやれ!」


 ジンの言葉を聞いた連邦軍の兵士たちは、魔人王ジン・シュタイン・ベルフ様万歳と万歳三唱を行い、その声は聖王国の前にいる聖王国軍にだけではなく、聖王国内まで響くほどの音量だった。


「――悪魔、さすが、ジン様、うまい、ね」

「え? どういう事?」

「猫嬢はそんな事も分からぬのか。ナタリー嬢に少し勉学を教わった方がよいのではないのか?」

「え? え? もしかして私だけ分かってない?」

「エポナさん、ジン様は最初彼らの事を聖王国兵と呼び、次は大罪人を粛清せよと言いましたよね?」

「え? うん、たしかにそう言っていたわ」


 ミーシャに解説されるもエポナにはまだ理解できていない。

 エポナがまだ理解できていない事を察知したミーシャは解説を続ける。


「彼らを大罪人と呼んだ後に、ジン様は正義という言葉を口にして、その後に彼らの事を悪魔と言いましたよね?」

「ええ、だけどなにがうまいのかは、さっぱり分からないわ……」

「聖王国兵、大罪人、そして悪魔。万歳三唱している連邦軍の兵士たちは、今聖王国兵の事をどう思っているのでしょうね」


 エポナは少し考えてから口を開く。


「人間ではなく、悪魔?」

「――そう、人殺しは、みんな、いや」

「でも、人を救うために悪魔を倒すというならどうでしょうか?」

「妾ですら、同族をいたぶるのは良い気はせぬな」


 ここまで説明されてやっとエポナはジンの言葉のマジックに気がつく。


「対象のすり替え……すごい、さすがジン様!」


 連邦軍は職業軍人と戦闘民族だけで構成されているが、人間同士の本気の殺し合いをした事がある方が圧倒的に少ない。


 戦争だからと、守るためだからと、自分に言い聞かせて、他の人間を殺したくなくても殺さなくてはいけないのだ。


 人間は例え戦争中の敵であっても、人間を殺す事に躊躇する。

 それは当たり前の事でありそうあるべきだ。


 だが、ジンは対象のすり替えを言葉だけでやってのけたのだった。


「――これで、連邦軍の、兵士は、正義の、化身」

「人を殺すという事から生まれてくる、罪悪感から逃れる事ができます」

「正義という大義名分の名の下に、兵士たちはただの人殺しではなく、罪人を裁く処刑人になる訳でもなく、悪魔を討ち滅ぼす英雄となるのだ」

「本当にすごいわ! 一瞬で英雄をこんなにも作ってしまうだなんて」


 ジンの言葉のマジックにより、連邦軍の兵士の士気は目に見えるオーラへと変化する。


「――ん、神話の、軍隊」

「一人一人が英雄なのですね。こうなったらもう、誰も止まりませんよ」

「素晴らしい、妾は人間という種族を過小評価していたようだ。ナタリー嬢以外の人間にも、少しは温情を与えるとしようではないか」

「私達も負けていられないわ!」


 連邦軍の兵士達の士気に当てられた四人の体からも、目に見えるオーラが溢れ出すが、そのオーラの大きさは連邦軍の兵士達の比ではない。


「姫様がジン様以外の事で喜んでおられる。ホーク、お前もやってみろ」

「グレンさんから受けた地獄の様な特訓の成果を見せてやる!」


 グレンとホークからも、ラミア達と変わらないオーラが溢れだし、連邦軍が一丸となった瞬間にジンが静かに号令を出す。


「行くぞ」


 ジンの号令で神話の軍隊が、進撃を開始する。

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