第29話 決戦前夜

 帝国の皇帝が連邦案を承諾した事で、王国、帝国、共和国、教国の四ヵ国でのベルフ連邦が誕生した。


 連邦王国の代表は王国第一王女、アーシェラ・パステルティファ、連邦共和国の代表に前魔王の娘、ラミア・デ・ルシル、連邦教国の代表に森妖精族エルフの長、ミーシャ・シャーレット、連邦帝国の代表に盟友である帝国の皇帝、そしてベルフ連邦の盟主としてジン・シュタイン・ベルフ。


 更には小国にも連邦への参加を要請し、人間界は聖王国とベルフ連邦で完全に二つに分かれた。


 銀眼の魔王、ジン・シュタイン・ベルフの復活は各国を動揺させるが、俺と配下たちによる見事なまでの演説と、異世界では美の頂点と評価される俺の容姿は、人々の心を釘付けにしていった。

 そして知らぬ間に人々は俺を魔王ではなく、異世界の神話にでてくる三界を平定した英雄の中の英雄、魔人になぞらえ魔人王様と呼ぶ様になっていた。


「ようやくここまできたな。人間界総出で勇者討伐というのは中々面白い、こんなのゲームでも小説でも見たことが無い」


 久しぶりのストロングモンスターを呷りながらクククと笑う。


「魔界の三大貴族は俺がどうこうする前に自滅か。残りは勇者と神界の女神だけだな」


 魔界のジン崇拝派のアスモ・ダイアスたちも、魔界代表として連邦に参加している。

 と、言っても現在の魔界にはジン崇拝派しか残っていない。

 三大貴族はアスモたちに襲撃され魔王城に籠城した。

 しかし眷属を多く抱えて籠城した為、人間界からの仕送りが足りず、魔王城内で共食いが始まったのであった。

 聖女、マリナ・リゼットが倒れ、魔王城の門の加護が切れた事を確認したアスモたちは魔王城へと突入したが、生き残りは一人もいなかったのだ。


「今日は俺の奢りだ、存分に楽しむといい!」


 俺の宣言と共に音楽が流れだし、人々と魔族は一緒に踊り、一緒に飯を食べ、一緒に酒を呷る。

 聖王国との決戦前夜、俺は王国に連邦の皆を招待して宴を開いた。

 宴に来る事ができない人たちのために、今日の連邦国内はどこでなにを食べて、なにを飲んでも無料となっている。


「魔人王様が私を見ていたわ! 求婚されるのかしら!」

「なに言ってるのよアバズレ! 魔人王様は私を見ていたのよ!」


夜空の星を見ながら酒を呷っていると、遠くの方で人間の女性たちが言い合いをしている。

 しかしこんな事は日常茶飯事なので、気にする事なく酒を呷り続ける。


「――ジン様、人気、すごい」


 オレンジジュースに似た果実水を飲みながら、ナタリーが話しかけてきた。


「前の世界ではありえなかったけどな。この異世界ではどうやらもてるみたいだな」

「――もてる? それは、そくしつが、いっぱい?」

「おいおい、誰だ? ナタリーに変な事を教えたのは」

「――僕は、そくしつ、でも、いいよ?」


 俺はナタリーの言葉にため息をつきながら、


「ナタリー、意味の分かっていない言葉は使うな」

「――ラミアから、聞いた、よ」


 ナタリーの言葉を聞いてラミアへ説教する事を決めた。


「あのなぁ、そういうのは大人になってからの話だぞ? ナタリーはまだそんな事を考える必要はない」

「――子ども、扱いは、いや」


 俺はむくれるナタリーの頭を優しく撫でた。


「はいはい、分かった分かった。じゃあ大人になったら今の話を聞いてやるよ」

「――はうぅっ、大人に、なったら、約束、だよ?」

「ああ、ジン・シュタイン・ベルフの名にかけてな」


 俺の言葉を聞いたナタリーの顔は、湯気が出そうな勢いで赤くなる。


「――ぼ、僕! 果実水、もらってくる! ジン様、約束、だよ? 大人に、なったら、そくしつに、してね」

「え?」


 小走りで果実水を入れに行く、ナタリーのうしろ姿を見ながら、とんでもない勘違いをさせたのでは? なにか間違ったのか? と異世界に来て初めて不安という衝動が心を支配する。


「あとでもう一度説明しないとな……」


 ナタリーに説明する言葉を考えていると、前から俺を悩ませる原因を作ったラミアが、頬を赤く染めながら酒の入ったグラスを持って歩いてくる。


「ラミア、丁度いい。話があるからここへ来い」


 来いと言われたラミアの魔眼が怪しく輝き、ラミアはグラスを投げ捨て俺の元へと走り出す。


「ようやく妾と子作り三昧を決心なさっ――」


 胸元へ飛び込んで来たラミアの言葉を遮る。


「そんな訳ないだろ! 酒臭い、ちょっと離れろ!」


 酔っているラミアは俺の後ろに回した手を離そうとしない。


「ジン様が望むのなら、ここでもかまいま――」

「仕方ない、特異能力スキル! 修復リペア


 修復リペアでラミアの体内にあるアルコールと毒素が無くなり、ラミアの酔いがさめる。


「ジン様は恥ずかしがり屋でございますのね」

「そういう問題じゃない。で、話があるん――」


 ナタリーの件を話そうとすると、ラミアはハッとなにかを思い出した様な声を出し立ち上がる。


「妾としたことが。ジン様に共和国の地酒を用意したのに、持ってくるのを忘れてしまいましたわ。すぐに取って参りますので、暫しお待ちになってくださいませ」


 異世界で一番お気に入りの共和国の地酒を取りに行くと、ラミアは俺の話を聞かずその場から駆け足で離れていった。


「台風の様なやつだ、結局話も聞かずに行ってしまったな。まぁいい、共和国の地酒は楽しみだしな」


 ラミアが戻ってきたら共和国の地酒を受け取って、その後にナタリーに変な事を教えた事について説教をすると決めた。


「ジン様お一人なら、隣に座ってもいいですか?」

「ああ、ミーシャか。いいぞ」


 後ろから来たミーシャは俺の隣に座った。


「ジン様、お話したい事があるのですが、構わないでしょうか?」


 話があると言われたが先ほどまでの事が瞬時に頭によぎり、もしかして変な事を言い出すのでは? と考えたがミーシャはある程度常識人だと信頼しているから話の先をミーシャに促す。


「どうしたんだ?」

森妖精族エルフの女の子たちが、ジン様にご無礼を働いたとお聞きしました。しかしジン様は笑って許して下さったとの事。寛大なご配慮賜り、誠にありがとうございます」

「ああ、あれか。別に無礼って程ではないから気にしなくていいぞ」


 俺が住んでいた小国の辺境の村で暮らす者たちを、王国へ移住させる際に一人の森妖精族エルフが求婚してきた。

 森妖精族エルフの女性たちは、誰がジン様にふさわしいかと話をしていたそうで、その話がヒートアップしていき、誰が一番ジン様にふさわしいかを決めるため、村で美しさコンテストを行った。


 魔法使い達も参加した美しさコンテストは熾烈を極め、コンテスト中にも話が飛躍していき、コンテストで一番を取ったらジン様に求婚する権利が与えられるという話になっていた。

 コンテストの優勝者の森妖精族エルフが満を持して、俺に求婚してきたが笑って断ったんだ。


「美しさコンテストってのは面白いと思ったな。ただいきなりだったから、笑ってごまかすしかなかったけどな」

「本当にあの子達ったら……私もコンテストに呼んでくれればいいのに……」

「なんだミーシャ、そんなコンテストに興味があったのか? それはダメだと思うがな」

「それはどういう……?」

「ミーシャがコンテストに出たらその時点で、ミーシャが優勝するのは確実だからな。ミーシャより綺麗な森妖精族エルフなんて、はっきり言って俺は今まで見たことがないぞ」


 話し終わったとたん、ミーシャの顔に太陽の様な笑みがこぼれる。


「私が一番だなんて、本当にうれしいです!」

「ん? ああ、そうだな」


 一番という言葉に俺は少し違和感を覚えるが、コンテストに出たなら一番という意味だろうなと考え軽く答えたのだった。


「一番……ウフフフ。あの子達にも伝えに行かなくてはいけませんね。ジン様、それでは失礼します。一度身を泉で清めに行って参りますので、夜更けまでにはジン様の元へ戻ります」

「清めに? ああ、大きな戦の前に身を清めるってやつだな、酒も入っているだろうし気を付けてな」

「大きな戦、さすがジン様! 言い得て妙とはこの事ですね。初めてですがジン様の為に頑張ります!」


 ミーシャは立ち上がり、不束者ですがよろしくお願いしますと頭を下げて、補助魔法を使い全速力で泉を目指して走っていった。


「初めて? 不束者? また何かがおかしい様な気がするな……」


 違和感を拭うために酒を呷るが、俺が抱えた違和感はなくならなかった。


「ジン様? 護衛もつけないで一人なの?」


 酒を呷り続ける俺の元へ、次はエポナがやってきた。


「待て、なにか俺に話があるのか? 酒はどれくらい飲んでいる?」


 これ以上の違和感を生まない為エポナの事を警戒する。


「酒なんて飲んでいないわ、それに話がないと来てはいけないの?」

「そういう訳ではないんだが……」

「ジン様らしくないわね、少し飲み過ぎたんじゃない?」


 いつものエポナの様子に安心した。どうやら普通の話のようだ。


「飲み過ぎた、のかもな」

「ジン様でも酔う事があるなんて、驚きだわ。待ってて、果実水を貰ってくるわ」

「ああ、頼む」


 エポナは走って果実水を貰いに行った。

 一分も経たない内にエポナは戻ってきて、二つ持っているグラスの一つを俺に手渡す。


「こんな近くに果実水屋があったのか? ナタリーはどこまで行ったんだ?」

「まだ子供だから迷っているのかも、この果実水を飲んだらちょっと見て来るわ!」


 ゴクゴクと喉から音を鳴らしながら、エポナは果実水を一気に飲み干す。

 そんなに美味しいのかと俺も果実水を口に含み眉を顰める。


「これ、酒だよな?」

「ジンさまぁ、なんかからだがあつぅい」


 酔っぱらったエポナは座っている俺の膝の上に倒れこんだ。


「おいエポナ! 大丈夫か?」

「だいじょーぶだいじょーぶぅ」


 完全に出来上がったエポナの活舌が悪くなる。


「じんさまぁ」


 エポナが急に顔を近づけてくる。


「まさかと思うが、なにをするつもりだ?」

「じんさますきぃぃ」

特異能力スキル! Lifebill!」


 急接近するエポナの動きを命札で止めた。


「じんさまぁぁぁ――」


 エポナは俺の顔の真ん前でそのまま眠りに落ちてしまった。


「どんな態勢で寝るんだよ……」


 特異能力スキルを解除した俺は、自分の膝の上にエポナの頭を乗せる。


「そういえば俺が異世界に来て、初めて出会ったんだよな」


 エポナの寝顔を見ながらこれまでを振り返る。


「初めての敵はゴブリンだったか? 思えば俺はあの時しか魔法使ってないよな」


 異世界での初めての出会い、初めての戦い、初めての魔法、初めての特異能力スキル

 初めったばかりの楽しい異世界ライフをぶち壊したのは、勇者ライト・エル・ブリアントだ。


「工場作業員の俺が転生をして魔王になってみたら、配下がライト達と手を組んで俺に罠をかけ、ただの人間に転生させられて……」


 脳裏に今までの出来事が蘇る。


「工場作業員の特異能力スキルを使って、とりあえず復讐してきたが次で最後だ」


 グラスを持っていない方の拳を固く握る。


「今さら助けてと言っても、もう遅い」


 このあとナタリーとラミアが帰ってきて、膝の上で寝てるエポナに魔法をかけて無理やり起こし、誰が俺の膝の上で寝るかの口論になり修羅場が始まる。

 修羅場の中、身を清めたミーシャが戻って今度は誰が俺と夜を共にするかの修羅場が始まるが、俺はただクククと笑って酒を呷っていた。

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