第26話 勇者外伝其之ニ 勇者パーティーとは

 ♢ 

 第一次人界大戦が起きる約三十年とちょっと前、勇者パーティは魔界の空の支配者ヴァンパイアロードと会談をした。


「単刀直入に聞きたいんだけどさぁ、何が目的なのかな?」

「魔王ジン・シュタイン・ベルフを討ち取る相談をしに来たのである」


 勇者パーティ全員の表情が曇る。

 魔族が魔王を討ち取ると言うのも驚きだが、それ以上にあの化け物を討ち取るイメージが誰にも湧かなかったのだ。


「とりあえず……話だけ聞いてみようか」

「うーむ、そうじゃのう」

「がっはっはっは! あの化け物を倒せるのはすごいな!」

「アルトさん、誰も倒せるなんて言ってませんよ」


 勇者パーティはヴァンパイアロードが話す内容を黙って聞く事にした。

 要約すると魔王に反旗を翻すから力を貸して欲しいとの事だ。


「人間を食べないって言うのは、こちらとしては魅力的なんだけどなぁ」

「本当にそうであるか? 勇者殿にとっては魔物が人を襲う方が良いのではないか?」


 図星を突かれた勇者、ライト・エル・ブリアントは、苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「確かに魔物が出ないせいで俺の名声はガタ落ち、人々は俺への尊敬を忘れてしまうかもね。俺が今までどれだけ救ってやったか、それすらいずれ忘れられると思うと今の状況は嬉しくない」


 他のパーティメンバーもうんうんと首を縦に振っている。


「俺は正直魔王を倒そうだなんて思っていないよ。勇者になった時から一度もね。ただこの力を使って魔物を倒すだけで、周りの人間は俺を尊敬し、崇拝し、勇者を崇める。たまに魔物を倒すだけで金も女も酒も飯もタダで手に入るしね。本当に気持ちがいいのさ、一般庶民を見下しながら好き勝手にできるって事はさぁ」


 魔法使い、バウム・ドーラが口を開く。


「小僧は相変わらずじゃのう。その内面を知られたら顰蹙ひんしゅくを買うぞ?」

「なんだよ、爺だって賢者の石ってのに興味があるだけで、外で魔物に人が襲われてても助けようともしないじゃないか」

「なぜワシが助けるのじゃ? 人間などいくらでもおるではないか、アリの様にのぉ」


 戦士、アルト・ウォルターが豪快に笑う。


「がっはっはっは! 確かに人間はいくらでもいるが、美人は助けるべきだな。名声を高めたら選り取り見取りのはずだったからな」


 聖女、マリナ・リゼットはため息交じりに、


「だからアルトさんはいつも美人だけを助けてたんですね。あまり顔が良い方ではないから、名声を高めてから囲おうって企みですね、いやらしい」

「そう言うマリナだってさ、不老不死の人魚を見つける為についてきているんだろ? 生き血を飲めば不老不死になれるって伝説の」


 マリナはウフフと声を出して笑う。


「そうよ、なにかおかしい? 私ほどの美貌を持つ女は二度と生まれないわよ。今の世界には私に釣り合う男がいないから、不老不死となりこの美貌を保ったまま、悠久の時を経てでも運命の人と結ばれるのよ」


 ヴァンパイアロードは勇者パーティの話を聞き、この者たちに頼んで良いのだろうかと、少し疑問に思い出す。


「では、勇者殿は自堕落な人生を、魔法使い殿は賢者の石を、戦士殿は酒池肉林を、聖女殿は不老不死を、これらが望みという事であるか?」


 勇者パーティは揃って頷く。


「しかしそれならば魔王ジン・シュタイン・ベルフを討ち取るしか方法はないのである。彼奴がいれば勇者パーティ殿達は凡夫の様な人生を送る羽目に――」

「だからそれは俺たちも困ってるんだって。でも、あの化け物を倒すのは無理じゃないかな?」


 ヴァンパイアロードはマントの中から、飲み物を取り出し勇者パーティに手渡した。


「ここからは長話になるので、飲み物でも飲みながら聞いて欲しいのである」

「これは?」

「魔界で作っている酒、ストロング・モンスターである。人間の口に合うかは分からないが魔族には大変好評である」


 酒好きの勇者パーティは喜んでストロング・モンスターを飲みだす。

 ヴァンパイアロードの話を聞き終わった勇者パーティは既に出来上がっていた。


「仲良しのフリしてサクッとやればいいんだな? あの化け物を俺が、この俺が倒したら一般庶民はどんな顔をするのかな? 力も才能もない庶民が魔王を倒した勇者に心酔して、身も心も差し出す。俺は心の中で下衆な人間を見下し優越感と快感に溺れる。あー、たまんないなぁ」


「フォッフォッ、賢者の石の生成方法をようやっと見つける事ができた。子供が作れぬ不能者だとワシを破門したスカーレット一族に復讐する時がきたのじゃ」


「がっはっはっは! 美人に囲まれて子づくり三昧だ! 姫も美人も全部俺の物だ!」


「ウフフ、私の美貌が永遠のものになる」


 自らの目的の為であれば躊躇わず人間を殺すであろう、勇者パーティの狂気にヴァンパイアロードは少し引き気味になる。


「では協力宜しく頼む。使い魔を置いていくので、連絡を取りたいときは使うといいのであある」


 小さな蝙蝠を置いてヴァンパイアロードは部屋から出ていった。


「で、失敗したらどうするつもりじゃ?」


 バウムは勇者ライトに問いかける。


「失敗したらアイツに魅了をかけられたとか、適当に言っとけばいいんじゃないかな。今回の件を知っている魔族は一人残らず抹殺して口封じ、魔王反逆を企てた者は一掃しましたって言って魔王に媚を売る。勇者としてじゃないのは残念だけど、魔界でもいい位置につかしてもらえると思うな」


 ライトの案にみなが頷く。


「もう一人協力者が必要だね。女神様、聞こえてますか?」


 室内に光が満ち女神の声が響く。


「勇者、一体どうしたのですか? 遂に魔王討伐へと赴く気になったのですか?」


 ニタリと笑うライト。


「その件なんですけど、手を貸して頂けませんか?」

「なっ! 何を言っているんですか! 神界の者は人界と魔界への干渉は禁止されています。勇者の神託と、選ばれた勇者とのみ会話ができる以外はなにもできません!」


 女神の言葉を聞き、ニチャアと音が聞こえるような笑顔でライトは、


「現在、人間界では人間と人間が争っています。悲しみが、苦しみが日に日に増えていってるのです。それは全て今の魔王のせい、魔王がこの世界のバランスを歪め、我々神の子である人間達は浅ましい戦いを強いられているのです」

「そ……それは分かっていますが……」

「魔族は人間界共通の敵、今の魔王を倒せば魔族による人食いが再開されます」

「そう……なりますね……」

「なにかいけないでしょうか? 魔物が人を殺し食う。なにもおかしい事はありません」

「勇者! あなたはなんて事を!」

「人間同士の戦争と、魔族に殺される人間、どちらが被害が少なくて済むのでしょうね?」


 女神には分かっている。

 魔王が人食いを禁止した事でバランスが崩壊している事を。

 人間は共通の敵を作ってあげないと、すぐに争いあい奪い合う。

 その事を重々理解している女神の心にライトの言葉が突き刺さる。


「小を捨て、大を拾う。そう言いたいのですね?」

「そうです。しかしあの化け物は手に負えない。恐らく女神様の力も遠く及ばない」

「では、私になにをさせたいのですか?」

「一秒だけでいいです。一秒だけこの世界の時を止めてください」


 女神は暫しうーんと考え込み、


「一秒はさすがに無理です。刹那……刹那の時であれば」

「刹那……分かりました、作戦を考えます。話を聞いて頂きありがとうございました」


 女神の協力も取り付けたライトは、ヴァンパイアロードが置いていったストロング・モンスターを飲みながらつぶやく。


「――アホ女神が」


 こうして魔王を騙して友達大作戦が開始され、ジンは一度死ぬ事となったのだった。

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