第16話 共和国

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 教国で解放した人々を村に連れ帰ったジンに、仕事を与えて欲しいと言い続けるラミア。

 面倒くさくなったジンは、ここ最近では一番気に入っている共和国の地酒を定期的に入手する為、ラミアに共和国と友好な関係を築いてこいと命を下した。


 もちろんラミア一人では何をしでかすか分からないので、お目付け役としてエポナ、ミーシャ、護衛には亜人に転生した前魔王の、グレン・マーク・サーベインを付けた。

 グレンは前魔王としての記憶は失っているが、転生した後も戦闘能力は非常に高く、戦士長の役職を与えた。

 グレンが前魔王の転生後の存在だと知っているのはジンだけである。


「まだ着かないの? そろそろ馬車の中も飽きてきたわ」


「猫嬢は我慢が足りておらん。妾のような優雅さも足りんがな」


「ラミア姫、退屈なのは分かりますが、あまりイライラしないで下さいね」


 共和国への道中、グレンが馬の手綱を握り、三人は馬車の中で会話をしている。


「姫様、共和国が見えて参りました」


 飽きてきた様子のラミアとエポナの機嫌は徐々に悪くなっていたが、グレンの言葉を聞いて馬車の中から外を覗く。


「とても大きい壁、この中に共和国があるのね」


「この様な壁など妾に言わせれば、己が力の無さの象徴。愚鈍極まりない」


 共和国はとても大きな壁に囲まれている。

 円形に建てられた壁の中では人間、魔族と両方の種族が生活している。


 魔族と言っても人間に友好的で、三大貴族に追放された極一部の魔族が共和国の理念に従って行動しているので、人間と魔族の衝突は起きていない。


 一行が馬車で壁に近寄って行くと、やがて大きな門が見えてくる。

 共和国の内外に通じる唯一の門、亀の甲羅の形の様な六甲門だ。


「共和国への入国を求める」


 グレンは六甲門の前に立っている人間の兵士と蜥蜴人リザードマンに話しかける。


「要件を聞かせてもらいましょう」


「どうして入国したいんダ? お前達魔族だロ」


 見慣れぬ魔族の一行に警戒する兵士たち。

 しかしその行動を見たラミアは馬車から姿を現す。


「入国を求めると言っているのが聞こえんのか?」


 ラミアの目を見た二人は、ラミアの魔眼により魅了されてしまう。

 その美貌と魔眼は、並の人間、並の魔族では見ただけでいいなりになってしまうのだ。


「姫様、むやみに外へ出るのはお控え下さい」


「はんっ! これで邪魔はなくなったではないか。妾は一刻も早く、共和国と友好な関係を築かないといけない事を努々忘れるでないぞ」


 魅了された兵士が開門と叫ぶと、大きな門がガラガラと音を立て開いていく。

 安全を確認する為、開いた門の中へと入ったグレンは、共和国の兵士に評議会の場所を聞いて、馬車を目的地へと走らせるとすぐに到着した。


 馬から降りたグレンは評議会が行われている建物の警備兵に問いかけ馬車へと戻る。


「姫様、現在は議会中との事です。如何なされますか?」


「議会中だからなんだと言うのだ? 妾に待てと申すか?」


「ラミア姫! さすがに議会中はやめたほうがいいと思うわ」


「さすがに議会中に赴けば、警戒されてしまいます」


 普通の感覚であれば、国のトップが会議している中へ飛び込むなど、宣戦布告と取られてもおかしくない行為だが、ラミアには普通の感覚なんてものは微塵も無い。


 ラミアはエポナとミーシャがまるでおかしな事を言ったかの様に、大きくため息をつきながら、


「その様な下賤な考えしかできんのかおぬしらは。まぁよい、妾のあとへ続くがよいぞ」


(――ため息つきたいのは)


(こっちですよ……)


 心の中で諦めた二人は、辺りを魅了しながら進むラミアの後ろを渋々歩いた。

 グレンはラミアの真後ろにおり、一切警戒を怠らない。


 そうして議会へと突入したラミア達だったが、ラミアが持つカリスマがそうさせたのか、ラミアの魔眼がそうさせたのかは分からないが、すんなりと評議会に受け入れられ、その場で共和国の議長の一員となった。


 共和国との友好な関係を築く事に成功したラミアは、ジンへの忠誠が果たせたと安堵して上機嫌であったが、議会の扉を乱暴に開ける音に不機嫌となる。


「報告、報告します!」


 ぜぇぜぇと息を切らしている、扉を乱暴に開けた兵士。

 ラミア以外は、兵士が議会の扉を乱暴に開けるのは、なにか緊急事態が起こったに違いないと兵士の言葉を待つ。


「共和国の壁を王国約五万の兵士が囲もうとしております。既に王国は陣形を取り我が国に接近中であります!」


 兵士からもたらされた情報に一同は騒然となる。


「王国がなぜ!」


「宣戦布告はあったのか?」


「そんなもんあるか!」


「王国五万に対して共和国は全兵士で一万弱、勝ち目はない」


「なぜ、魔界との戦争中に……」


 一同騒然となる中、ラミアの魔眼の輝きは一層と増していた。


「共和国と友好な関係を築き上げるだけでなく、王国軍を蹴散らし属国とすれば……」


 小さく独り言をつぶやいたラミアの言葉に、エポナとミーシャは不安を感じる。


「ちょっとラミア姫、もしかして……」


「まさか……さすがにないですよね?」


 ラミアは大きな声で、静まれと言うと、騒然としていた一同は静まり返る。


「おぬしらは非常に運がよい。妾の価値に気づけた褒美に、王国軍打倒に手を貸そうではないか。全兵士の指揮権を妾によこすがよい、さすれば王国軍など簡単に葬ってくれるわ」


 一同はまたしても騒然となるが、蜥蜴人の族長が静かに口を開いた。


「おんしらは知らんじゃろうが、ラミア姫は相当にお強い。じゃがそれよりも……背後におわす御方の力は神域に達しとる、手をお借りできるなら勝ちじゃて」


 蜥蜴人の族長の言葉に一同は一気に静かになる。

 その静寂の中、一人の議長が口を開く。


「――その御方とは?」


 質問に対してラミアが高らかに声を上げる。


「その御方とは、魔を統べし偉大なる王にして我が主! ジン・シュタイン・ベルフ様であらせられる」


 魔族代表が、ラミアだと思っていた評議会の一同は驚くが、蜥蜴人の族長から三十年前の真実を聞かされている面々は、魔王であるジンに恨みなどなく、逆にジンを真の魔王として崇拝していた。


「魔王ジン・シュタイン・ベルフ様、万歳!」


 一人が声を上げると、室内に熱気が一瞬にして広がり、評議会は万歳三唱の声で埋め尽くされた。


「これで、王国を打倒できれば……ジン様の妻候補第一位は妾で不動となる」


 淑やかに妖艶に笑うラミアの後ろで、エポナとミーシャは不安で押しつぶされそうになっていた。

 グレンはラミアの真後ろで誰にも聞こえない様に、小さくため息をついていた。

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