2章 報連相はしっかりと
第17話 第一次人界大戦
♢
教国が帝国の支配下となった事を知った王国は揺れていた。
「アルト王、真実が分からない以上は、共和国を侵攻するほかありませんぞ」
王国の大臣は元勇者パーティである狂乱の戦士、今では王国の王である、アルト・ウォルターに進言する。
「がっはっはっは! なぜかは分からんが、あのジジイがマリナの国を落としたのか」
玉座に座りながら豪快に笑うアルトの両膝には、虚ろな目をしている女性二人の姿がある。
「で、大臣。なんで共和国を攻めるんだ? よく分からん」
アルトは女性の頭を撫でながら首をかしげている。
「恐れながら陛下、帝国が教国を収めたという事は、ただでさえ我が国より高い軍事力を持つ帝国が、強大になったという事です」
首をかしげながら、そうなのかとつぶやくアルト。
「魔界との戦争中、五ヵ国は不可侵条約を結んでいるのにも関わらず、帝国が教国を支配したという事は次に狙われるのは確実に王国です。共和国の軍事力を根こそぎ奪う事で、なんとか帝国と張り合えるかどうか」
共和国の軍事力は王国の次に高い。
王国は兵士の数が圧倒的に多いが練度はそう高くない。
しかし共和国には魔族も兵士として使用している為、個々の能力が高い。
帝国の軍事力に対抗するには、共和国を落とすか、共和国の助けが必要となる。
「うーむ、やはり分からん。帝国が攻めてきたら共和国に助けてもらえばいいと思うが」
「恐れながら陛下、共和国は他国の争いには絶対に介入しませんぞ。あの国はそういう国なのです」
共和国には元勇者パーティがいない事を思い出したアルトは豪快に笑う。
「がっはっはっは! ライトもジジイもマリナもいない国など、恐れる必要はない。俺も出陣する! 今すぐに軍隊を編成せよ! 俺は手紙を書く」
アルトの言葉を聞いた家臣達は急ぎで軍の編成に当たる。
――――――――――
「大臣、なぜ本当の理由をお言いにならないのですか?」
軍略会議中に王国軍の兵団長が大臣に尋ねる。
「言ったところであの股間王に伝わるとは思えん。力はあるが内政はからっきし、ここで帝国が動いたのは運が良かった」
アルトが王となり王国の美人という美人は、家庭を持っているなどの理由があっても、強制的に王宮へと連れてこられる。
それに反対した有力者たちや国民は王国から徐々に離れていき、資源、人員が不足していた。
特に王族などの血統が良い女性を好むアルトは、一般の美人は一通り愛でた後に兵士たちの嫁とする事で、兵力と軍の指揮だけは保てていた。
「共和国は壁に囲まれた国、その中でも生活ができるほどの資源を持っている。正直な話、帝国が動かなくても近いうちに、共和国を攻める事になっていたやも知れぬが――」
そこまで話した大臣の顔が狂気に歪む。
「壊れた玩具はもう飽きた、共和国のお高くとまった美人をめちゃくちゃにしてやりたい。そうは思わんか? 兵団長殿」
大臣は兵団長へストロング・ブル・モンスターを投げ渡し、兵団長は一気に飲み干す。
「王国ではもうめぼしい女性はいませんからね。王には直接共和国へ乗り込むのは控えてもらって、共和国を落とした後は、まず我々で女性を確保するという案はどうでしょうか?」
会議に出席している男たちの顔がゆるむ。
「共和国を落とし、力を手に入れたら帝国と一戦交えるのも考えねばな。古の魔法使い、バウム・ドーラはアルト王に任して、我らで三帝騎士団を打ち倒せば、聖王国すらも超える力が手に入る。そうすれば王国がこの世界の支配者となるのだ! 世の女性はみな我らの物となるのだ!」
大臣の言葉によって会議室に異質な熱気と狂気が蔓延する。
ストロング・ブル・モンスター、その飲み物は快楽と快感を与え、普段人間が心の奥に閉まっている欲望や感情を表へと出させる。
一度飲むともうやめられない、狂気と欲望に支配されてしまう。
王宮勤めと兵士たちに定期的に配布される、その飲み物はもはや王国にはなくてはならない物となっていた。
「異議のある者はいない様なので共和国への進行を開始する。感づかれる前に共和国に攻め入る必要があるので、無理にでも行軍の足を早めよ。少しなら飲み物の配給もしてもよい。では、進軍する」
こうして王国は共和国に攻め入る事となったのだった。
――――――――――
急に侵攻を開始した王国軍を打倒するため、共和国の兵士の全権を握ったラミアは壁の上から王国軍を観察する。
「ほう、王国軍とやらは数だけは多い様だ。しかし、なんだこれは?」
王国軍は六甲門の前方に陣取っている。
陣を取ると言っても壁の上から見ると、百人からなる部隊が一部隊ずつ長方形に固まり、五個の部隊が横に並んでいて、その長方形の横並び五百人の部隊が縦に百部隊配置されているだけだ。
「まさかとは思うが、門に対して突貫しかする気が無いのか? なんと低能な。我らが門の中に引きこもるとでも思うておるのか、下衆どもが!」
明らかに突撃しかする気が無い、王国軍の配置に苛立つラミア。
「姫様、王国軍はまだ動かない様子。一度ジン様へ報告をした方がよろしいのでは?」
ラミアはグレンの提案を聞き、ジンへの報告がまだであった事を思い出す。
「ああ、ジン様に褒められる想像ばかりで忘れておった。ではジン様が考案された魔法を使わせていただきましょうか。通信魔法、内線」
内線を唱えたラミアの頭の中に、直接ジンの声が響く。
「ラミアか、どうした? 何かしでかしたのか?」
魔法が使えないジンは通信魔法、内線の送信はできないが、受信は魔法が使えなくても可能である。
「ジン様の声が頭に! なんて素晴らしい魔法でございましょうか!」
「世事はいい、どうした? なにをやったんだ?」
「まだ何もしておりませんわ。妾が共和国の議長となったら王国が攻めてきましたので、共和国の兵士の全権を賜り、今より王国軍を打ち滅ぼすところでございます」
「はぁ? なぜそうなるんだ! まぁいい、敵の数、兵力はどれくらいだ?」
「敵兵五万、味方一万弱、敵本陣には元勇者パーティの戦士、アルト・ウォルターがいると推測しております」
「分かった、俺が行こう」
ラミアはジンに見られている訳ではないのに、その場で首を大きく横に振る。
「いえ、ジン様のお手を煩わせる程ではございません。妾たちだけで十分でございます」
戦士、アルト・ウォルターが気になっているジンだが、ラミアの意見を通す事にした。
これくらい仕事をさせておけば、もう駄々もこねないだろうと考えたからだ。
「なら増援を出す。ナタリーとホークを出せば問題ないだろう」
「ナタリー嬢……分かりました。必ずやこの戦に勝ち、王国をジン様へ捧げます!」
「ただ、一つだけ俺がそっちに行かない条件がある」
「はい、なんでございましょう?」
「お前は、絶対に! 絶対に! 本陣を動くな。これは命令だ」
ジンが自分の事を心配していると思ったラミアは、
「ジン様に捧げる体に、傷一つとしてつけません!」
「あー、うん。とりあえずお前は動くな。すぐに二人をそちらへ行かせる」
「はい、仰せのままに」
転移魔法で共和国の壁の上へと到着した、ジンが出した増援の二人。
ラミアは鶴翼の陣形に酷似した配置を全軍に指示した。
今回の王国軍の配置では一番の激戦区となり、攻守の要となる中央軍の大将にグレン・マーク・サーベイン。
中央軍の遊撃隊としてホーク率いる共和国の人間と魔族の混成部隊。
鶴翼の両の翼、左翼大将にエポナ・ルール―と共和国の魔族の兵士、右翼大将にミーシャ・シャーレットと共和国の人間の兵士達。
六甲門守備大将にナタリー・スカーレット率いる魔法使いの精鋭部隊。
門の壁の上に本陣を置いた総大将ラミア・デ・ルシル。
魔界とも戦争できそうな面々が揃い、遂に王国軍が動き出す。
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