第13話 ナタリー・スカーレット

 闇が口を開けているような、暗い地下への階段を降りる中、エポナがさっきから気にしていそうだったことを聞いてきた。


「ジン様はなぜこの小屋へ来ようと思ったの?」


「小屋しか無いのに生体反応が多すぎる。行方不明者が出るという話からこの小屋が怪しいと思ったんだ」


 さすがジン様と声を上げる二人の顔は乙女のものであった。


 パッシブスキルの一つ熱源感知サーモグラフィーがある俺には、ある程度の距離までの熱源を察知する事ができる。

 階段の行き止まりには鉄の扉が設置されていた。


「ボーナス確定、だな」


 好きだった言葉を発しながら勢いよく鉄の扉を蹴り飛ばした俺の目に移ったのは、収容所を思わせるような牢屋の数々だった。


 所狭しとばかりに設置されている牢屋の中には、各一人ずつ収監されているのを俺は察知した。


「エポナ、ミーシャ。牢屋の中で鎖に繋がれている者どもを解放しろ」


「ハッ!」


 二人はすぐさまに牢屋の扉を破壊して、牢の中の者を繋ぎとめている鎖を壊して回った。

 俺はそのまま奥へ進み、一番奥の牢の前で立ち止まった。


「純潔純潔とあいつらは言っていたがこんな小さいのも対象なのか」


 立ち止まった牢屋の中に鎖で繋がれている者は、見た目から察するに八歳ほどだろうか? 幼いなと俺は思いながら牢の扉を壊して中へと入り、幼女が繋がれている鎖を引きちぎる。


「喋れるか? 聖女に用があるんだが、何か知っている事はないか?」


 栗色の髪の毛をした幼女は小さな声で無愛想に答える。


「――知らない」


 前の世界では子供も兄弟もいなかった俺は、子供ってこんな無愛想だったか? と思いながら幼女に話しかける。


「知らないならいい。助けてやった、後は好きにしろ」


 そう言い残し俺は奥へ続く道へと去ろうとしたが、後ろからマントを引っ張られ立ち止まる。


「――どこ、行くの?」


「お前には関係ない、とっとと去れ。ほら見ろ俺の目を。銀色の悪魔の目だ、悪魔は怖いんだぞ?」


「――銀眼、とても、きれい」


 脅しをかけたつもりだったが異世界では恐れられている銀眼を、綺麗だと言って目を見つめてくる幼女に俺は困惑する。


「銀眼が怖くない、はずはないか。まだ知らないだけか。ならお前でも分かり易い様に言ってやろう。俺は魔王だ、人間の聖女を食べに来たとても悪いやつだ」


「――悪い? 悪いのに、僕は食べないの?」


「お前なんか食っても腹の足しにもならん」


「――聖女は食べるのに、僕を食べないのは、おかしいよ」


 もはや話にもならないなと思ったが、幼女はさっきまで牢に繋がれ、服も体もボロボロなのにその目の生気は全く抜けていない。

 どういう神経をしていたら魔王と名乗る者に、普通に話す事ができるのか疑問に思っている俺に幼女は再び話しかける。


「――僕の魔力は、聖女よりも上、聖女言ってた、僕はデザート、だから魔王なら、僕を食べるべき」


「はいはい、じゃあ俺はもう行くぞ」


「――信じてない」


「信じてる信じてる、じゃあな」


 半ば強引に話を切ったが牢屋から解放した人間達を連れて、エポナとミーシャが俺の下へと戻ってきた。


「この人間達の話を聞いていたらすっかり遅くなっちゃったわ」


「当主様!」


 助け出した人間達の一部の女性たちが幼女の下へと駆け寄った。


「当主様! よくぞご無事で!」


「良かった……良かった……」


「当主様さえいてくれれば……」


「――ん。なんにん、残ったの?」


「ここにいる十名だけです……」


「――そう」


 当主様と呼ばれる幼女は生き残りの数を聞いても、眉をピクリとも動かしはしない。

 助かった喜びで泣きあう女性たちの中の一人が俺の前へ出て片膝をつき頭を垂れる。


「どなたか存じ上げませんが、助けて頂き誠に感謝しております。この様な大恩、どうお返しをすればよいのか」


「別にいい。それよりそこのちび娘に言葉使いの教育をしておけ」


 幼女は俺の言葉を聞き頬を膨らませる。


「――むぅ、ちび娘じゃない。僕の名は、ナタリー・スカーレット」


 幼女はナタリー・スカーレットと、ふふんと言わんばかりのドヤ顔で名乗る。


「当主様、大恩あるお方に対して失礼ですよ」


「――問題ない、だって、この人、魔王だよ? 礼儀の、定義、違うかも」


 助けられた一同は俺の銀色の眼を見て思い出すかのようだった。


 三十年前、勇者によって倒された、人間界の裏切りの魔王ジン・シュタイン・ベルフの事を。


「魔、魔王が……なぜ人間を? まさか今以上の苦しみを当主様と我々に……」


「――ん。失礼なのは君、助けてもらった、魔王とか関係ない」


 ハッと我に返ったように女性はすぐさま謝罪する。


「申し訳ございません。あまりの驚きだったもので……」


「よい。普通の人間なら当たり前の反応だ。そこのちび娘がおかしいだけだ」


「――むぅ。僕の名は、ナタリー・スカーレット」


 背後でも魔王という単語にどよめきが起きたが、ナタリーの話を聞き、


「そうだよ。魔王だなんて関係ない」


「こんなひどい事をする聖女こそ魔王よ」


「そうだわ。私たちを救ってくれたこの魔王様が悪い訳がない」


「聖女様がこんな事をするんだ。三十年前の話も真実は違うのでは?」


 人間達の話を聞きエポナとミーシャは自然と笑顔になった。


「ジン様、少しだけこの人間達と話をする時間を頂けませんか?」


「私からもお願いするわ! きっとこの人間達ならジン様の偉大さをもっと分かってくれるはず」


 少し興奮気味のエポナを見た俺は教国の地酒を取り出し、


「一本だ、一本飲む間だけならいいぞ」


 笑顔が満面の笑みに変わる二人。魔王ジンの偉大さを語れる事に喜びを感じているみたいだ。


 意気揚々と語りだす二人。普段はこんなに息が合う事なんてないのにな、と思いつつ俺はその場へ座って酒を呷りながら話を聞いた。


 三十年前の俺の行動、政策、勇者パーティの裏切り、転生後の俺の行動を話し終えた後、その場に俺を崇拝しない人間などいるはずもなかった。


 魔王の話を聞かされただけなのにナタリーを除いた全ての女性が涙していた。

 もちろん語り手であった二人の眼にも涙が見える。


 酒を飲み終えた俺は立ち上がり、エポナとミーシャに声をかける。


「そろそろ行くぞ。聖女はきっとこの先にいるだろうからな」


「――待って欲しい」


 ナタリーは俺のマントを掴む。


「今度はなんだ? 故郷に帰るなり、好きにしたらいいんだぞ」


「――聖女にかけられた、僕の呪い、解いて欲しい」


 他の助けられた人間たちを俺が見ると、どうやらエポナとミーシャによって回復魔法を受けたのか、ナタリーと違って傷が見当たらない。


「そうか、俺だけ治してやらないってのもケチみたいだな。サービスだ、特異能力! 原点復帰!」


 原点復帰を受けたナタリーの傷は癒え、ボロボロだった服も新品の様に戻り、魔力使用不可能の呪いも解けていた。


 とりあえず原点復帰、これはある程度どこだってそうだと俺は思う。


「――すごい、正直ここまでとか、思ってなかった」


「俺は魔王だからな、なんだってできるぞ」


「――もう一つ、お願いがある」


 体力が回復したナタリーは俺の足に抱きつき、上目遣いで、


「――僕のMPからっぽ、MP貸して?」


 牢屋に鎖で繋がれていた人間達は、鎖からMPを吸い取られていた。

 自然回復しても鎖によって根こそぎ、MPを吸い取られていたので今の人間達のMPは0だった。


「さすがにこれ以上は我儘というものだ。対価をもらおうか、お前は何を差し出せる?」


 力強い目でナタリーは即時に答える。


「――僕の魂」


 咄嗟に出たナタリーの言葉に俺は目を丸くする。

 魂を渡す、という事は魂ごと隷属する事を意味する。


 魂の隷属とは死んだとしても決して解かれるものでは無い。輪廻転生から外れて俺の魂に帰化して俺の糧となる。例え俺が死んだとしても輪廻転生が終わらない限り、未来永劫、俺の魂とあり続ける事を意味する。


「ほう、そこまでの覚悟か。お前たちはそれでいいのか?」


 ナタリーに連れ添う十人に俺は話を振るが、誰一人答えようとはしない。当主様が言うのであれば、という顔をしている。

 俺は少しナタリー・スカーレットという幼女に興味を抱いた。


「いいだろう。その願い聞き入れよう」


 俺はポケットから丸い石を取り出して、ナタリーに手渡した。


「こんな使い道になるとはな。まぁいいか、それを握りつぶせ。MPだけでなく魔力も注ぎ込まれるが問題ないだろう」


 その丸い石の正体は勇者パーティの一人である古の魔法使い、バウム・ドーラから抽出したMPと魔力が込められている。


 MPがない俺はもしもの為にとポケットに忍ばせていた物だった。

 QC七つ道具の一つとして持っていたが、ナタリー・スカーレットに興味を持った俺は、また作ればいいだろうと考え惜しむ事無くナタリーに渡したのだった。


「――ありがと」


 丸い石を握りつぶしたナタリーにバウム・ドーラのMPと魔力が注ぎ込まれる。


「――MP最大には、ならなかった、けどオマケの魔力がすごい」


「人間という種族でそこまでの高みに達するとはな。古の魔法使い、バウム・ドーラの名が霞むレベルだ」


「――バウム・ドーラは、落ちこぼれ、一緒は嫌」


 どうやらバウム・ドーラは魔法を極める為に、スカーレット一族の門弟として一時だけいた事があるが、適性無しと判断され破門されていたらしい。


「で、MPを貸した訳だがどうするつもりだ? 転移魔法でも使うのか?」


「――あのビッチは、僕が倒す」


「聖女の事か、アレは俺の獲物だが?」


「――僕は魂を捧げる、だから、僕の力、証明する、弱い魂、いらない、よね?」


 俺は少し考え込んだ。


 一族をひどい目に合わされ復讐したい気持ちは分かるが、俺の復讐心には到底及ばない。


 しかし、一つの閃きが俺の考えを変える。


「虐げてきた者に蹂躙されるというのは、中々に面白い見世物になりそうだ。酒もまだある、ちび娘は俺を楽しませる事ができるか?」


「――ビッチには、ビッチなりの、死に方させる、あと、僕の名前は、ちび娘じゃない」


 俺はクククと魔王の中の魔王の笑みを浮かべながら、


「楽しませてもらおうか。ヨシ! 今晩の肴は聖女の死にざまとしよう」


 頬を膨らませているナタリーをよそに、俺は邪悪に笑いながら奥へと歩き出した。

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工場作業員の俺が転生をして魔王になってみたら、配下が勇者達と手を組んで俺に罠をかけ、ただの人間に転生させられたので工場作業員のスキルを使って、とりあえず全員に復讐するわ~今さら助けてと言ってももう遅い 帝樹 @taikihan

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