第12話 教国

 バウム・ドーラに復讐を果たした翌日、俺は猫耳の亜人エポナと森妖精族エルフの長のミーシャを連れて教国へ向かった。


 救出した魔族からの情報と帝国からの情報をあわせると、ストロング・ブル・モンスターの流動量が他国より多かったからだ。

 ラミアも行きたいとごねたが、ラミアがいると確実に面倒が増えるので置いてきた。


「教国か、胡散臭いな」


「別に変な匂いはしないと思うけど?」


「ジン様はそういう意味で言ったのでは無いと思いますよ」


 教国、黒い噂が絶えないこの国を歩く人々の顔は、どこか重苦しく暗い表情だった。

 この三十年の間で聖女が一つも老いを感じさせない美貌を持つ事と、教国で定期的に女性の行方不明者が出る事が繋がっているのではないか? と国民は同じ事を考えているが決して口に出す事は無い。


 教国の聖女様親衛隊の耳に入ろうものなら、聖女様への不敬罪として一族郎党皆殺しにされてしまうからだ。


「まぁとりあえず酒だな。帝国の地酒は中々だったからな。教国の地酒はどんなものか、偵察ついでに買いに行くか」


 フードを被った俺たちは商店へと向かった。


「らっしゃい。あんたら旅の人かい? この時期に珍しいな。今日はうち以外の店はたたんじまってるから、買い物できるのはここだけさ。いっぱい買っていってくれよな! サービスするぜ!」


「この時期とはどういう事だ? なぜ店を畳む必要があるんだ?」


 商店の店主はぎょっとした顔つきになるが小声で答える。


「兄ちゃん、そんな事も知らないでこの国へ来たのかい。今の時期は神去り期、三十年前から行方不明者が決まった時期に出るってんでそう呼ばれているんだ。悪い事は言わない、必要な物を買ったらこの国を出た方が良い」


 決まった時期に行方不明者が出る。これは聖女、マリナ・リゼットが暗躍していると確信した俺は地酒に手を伸ばす。


「そうか、丁度いい。この酒を十本貰おうか。後、もしかしてそれが欲しいのか?」


 エポナは店頭に並んでいる、串が刺さった円盤の様な形状をした大きな飴を、目をキラキラと輝かせながら見つめている。


「え? いいの?」


「欲しいんだろ? オヤジ、この飴も二本貰おう。後はそこの焼き鳥を盛り合わせでもらおうか」


「毎度ありっ! 太っ腹な兄ちゃんには俺のお勧めの地酒一本サービスでつけとくよ」


「ああ、助かるよ。これで良いか? 釣りはいらん」


 ジンは店主に金貨を一枚手渡した。


「おいおい兄ちゃん。こんなに貰っちまったらサービスした意味が無くなっちまうぜ」


「情報料だ、気にするな。それよりこの店ももう閉めた方が良いぞ。これは忠告ではなく、警告だ」


「そうだな、二週間以上の利益が貰えたし今日は店を閉めるわ。何をする気が知らんが、あまり無茶をして後ろの嬢ちゃん達を泣かさない様にな」


 店主と別れた俺たちは広場の椅子に腰かけた。


「こんなに大きい飴があるなんて驚きだわ」


「ジン様、わざわざ私の分も買って頂きありがとうございます」


 二人は初めて見る大きな飴に興味津々だった。

 先ほど購入した地酒を俺は持ってきていたマイカップに注ぐ。


「気にせず食べてくれていいぞ。それはお前達に買ったんだからな」


 グビッと地酒を呷る俺の横で二人は大きな飴に口をつける。


「大きいのに甘さが全然衰えていないわ!」


「飴というのはこれ程に甘い物なんですね」


 二人が飴の甘さに感激している中、俺は購入した焼き鳥を頬張る。


「地酒も美味いが、やはり焼き鳥はビールでグイっといきたいな」


 焼き鳥をキンキンに冷えたビールで一杯やるのを、上手く表現していたアニメを思い出し、無性にビールの味とのど越しが恋しくなる。


「さて、一杯やったし本題に移るか。あの店から付けてるんだろ? 出てこい」


 建物の裏、屋根の上、狭い路地、あらゆる場所から、白い仮面をつけた怪しい一団が現れた。


「純潔、純潔、純潔、純潔を差し出せ」


 怪しい一団はカエルの合唱の様に、同じ言葉を同じリズムで繰り返しながら行進してくる。


「狙いは私達みたいね」


「あら、あなたも純潔だったの?」


「なによそれ! むしろあんたが純潔って方がおかしいわ!」


 二人の会話などまるで無視するかの様に、怪しい一団はサーベルを抜く。


「純潔、純潔、純潔、純潔を差し出せ!」


 エポナは腰に刺さっているレイピアを抜き、ミーシャは背中から弓を取り出す。


森妖精族エルフのお姫様が弓なんて使った事があるの? あんたがどれくらい強いのか分からないから、いまいち戦略が立てにくいわ」


「あら、心外ね。弓でも魔法でも森妖精族エルフの誰よりも極めていますよ。そうですね、分かりやすく言えばあなたよりは強いかしら?」


 二人とも顔は笑ってはいるが言葉の端々に微かに怒気が感じられる。

 見かねた俺はため息交じりに立ち上がろうとしたが。


「お前達、下がってい――」


「ジン様は下がっていて」


「ここは我らにお任せを」


 二人の言葉に遮られた俺は座り直して一度酒を呷り、敵の一団を見渡した。


「まぁこの程度なら問題ないか。だが、傷つく事は俺が許さん。被弾無しで立ち回れ」


「ハッ! 仰せのままに」


 こうして戦いの火ぶたは切って落とされる。

 

 まず動いたのはエポナだ。


「私の力見せてあげるわ! 特異能力スキル! 影突き! 三連!」


 常人であれば影すら追う事が出来ないスピードで敵との距離を詰め、敵の仮面めがけてレイピアで高速で三度突き刺す。

 

「純潔……純潔をぉぉぉぉ!」


 仮面ごと顔面を突き刺された敵はそのまま絶命する。


「このまま行くわよ!」


 エポナは高速の動きで敵一団を翻弄し、一体ずつ確実に仕留めていく。


「あらあら、結構お強いのね。私も良い所をジン様に見せなくてはいけませんね」


 ミーシャは弓を引き絞り呪文の詠唱を始める。


「我が身に宿りし風の加護、迫りくる脅威を打ち滅ぼす力と化せ! 上級特異能力ハイスキル! 暴虐ハイドロ・テンペスト!」


 呪文を唱え終わると同時にミーシャは弓を放つ。

 放たれた弓は放物線を描く事なく、一直線に仮面の一団に向かっていき、一団の周りを円を描くように高速で一周回ると、円の中にある物を全て吹き飛ばすような風が発生して、仮面の一団を抗う事が出来ない暴風が襲い、風が止んだ後には地面以外は何も残っていなかった。


「うっそぉぉぉぉ!」


 ミーシャの上級特異能力ハイスキルを見たエポナは、ただただ驚いていた。


「ミーシャ、無詠唱でもいけただろ? これは完全にオーバーキルだ」


「いえ、ジン様の前ですので張り切らせて頂きました」


「張り切ったって……これはやりすぎだわ」


 むざむざとオーバーキルを見せられた仮面の一団は、先ほどまでの様に純潔純潔とは言わなくなっていた。


「この上級特異能力は便利ですけれど、連発が出来ない事が欠点ですね。一日に一回ぐらいしか使えません」


 ミーシャの言葉を聞いた仮面の一団は、好機と判断して一斉に襲い掛かってくる。


「後は俺がやる。焼き鳥も食べ終わった事だしな」


 俺はさっき食べ終えた焼き鳥の串を仮面の一団の方へ向けた。


「情報をよこすなら命までは取らないでいてやる。どうする? 死ぬか?」


 仮面の一団の一人が俺の言葉に反応した。


「純潔、男の純潔は必要ない」


 エポナとミーシャは耳にブチっと言う不快な音が聞こえるほどにぶちぎれた俺を見ると、その直後に二人はその場から全速力で離れた。


「――お前ら首だ。上級特異能力ハイスキル! 強制Non解雇name!」


 強制Non解雇nameを受けた仮面の一団の姿が一瞬で消える。


「あれ? 私たちが敵を殲滅したっけ?」


「おかしいですね、殲滅したはずなのになぜ臨戦態勢なのでしょうか」


 エポナはレイピアを抜いていて、ミーシャは弓を手に持っている。

 怪しい仮面の一団と戦っていたのは確実だ。


 だが殲滅した覚えがないのに、二人の目の前には仮面の一団は存在しない。


 それもそのはず、存在ごと消してやったんだからな。


「不快な虫けらがいたんでな。存在ごと消した」


「さすがジン様、凄すぎて鼻血が噴き出しそうだわ!」


「さすがですジン様。このミーシャ、ジン様ほどの力を持つ者を、神話でも伝説でも聞いた事がありません」


 しかし、俺の怒りはまだ収まらない。


「あいつら、確か聖女様親衛隊ってやつらだな。ストロング・ブル・モンスターの飲みすぎで壊れていた様だが、絶対に許さない、絶対にだ」


 聖女への復讐の理由が増えた俺は、マイカップに店主のお勧めの地酒を注ぎ、グイっと飲み干し気持ちを落ち着かせる。


「聖女が教王って事は、でかい建物を回って行けばいずれは辿り着くな。酒はまだたくさんあるし、のんびり聖女を探すとするか」


「お注ぎしますジン様」


「ああ! ずるいわ! 私が注ごうと思ってたのに!」


 俺たちは聖女を探し教国を練り歩いた。

 道中は店主が言っていた様にどこの店も開いておらず、中央に近づけば近づくだけ行き交う人々も少なくなっていった。


 人が少なくなるにつれて聖堂の様な建物が増えていき、中央にある大きな聖堂までの道にはもはや人影一つなかった。


「どうせあのご大層な聖堂にいるんだろうな。ん?」


 大きな聖堂を見て呟いた俺に奇妙な感覚が走る。

 聖堂からは少し離れた小屋に違和感を覚えた俺は、大きな聖堂へは向かわず違和感を出している小屋へ向かった。


「ジン様? 聖堂はあっちだけど」


「あの小屋に何かあるのですか?」


「おかしいんだ。あの大きな聖堂なら話は別だがな」


 小屋に着いた俺は扉を開け、中に入った。

 木で作られたそれほど大きくもない小屋の中には、粗末な椅子やテーブルが置かれ、食器棚の中は空っぽだ。


 ランタンなども無く薄暗い小屋の奥には、ポツンと暖炉が置かれているが、中には薪などはくべられていない。


「ここか?」


 暖炉の薪をくべるはずの所の底を調べると何かのスイッチが置かれており、俺は迷う事なくそのスイッチを押すと、暖炉が動いて地下への階段が出現した。


「やっぱりな。行くぞ、気を抜くなよ」


 俺たちは地下への階段を降りて行った。

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