第11話 バウム・ドーラ
「ここが帝国か。人間が多い、あまり目立たない様にしないとな」
帝国は聖王国の次に強い軍事力を持つ国家だ。
帝国重装騎士団、帝国魔装騎士団、帝国近衛騎士団の三個の騎士団は三帝騎士団と他国からも恐れられる兵力を持つ。
魔法の才が全くない体に転生させられてしまった俺は魔法が使えないので、三帝騎士団を相手取るのは少しだけ面倒なレベルだ。
俺は
ついた先には無駄に広い敷地に派手な建物が五棟並んでいる。
「潜入……するまでもないか。まさかこれを使う時がくるとは。社畜を否定した俺が社畜を生み出すなんてな」
俺は出会う帝国の兵士、魔導士全てに5S
魔法省の魔導士が言うには、賢者の石は完成寸前で今日の晩に運ばれてくる、新しい被検体の魔力を使用して完成するとの事だ。
「被検体か、ヨシ! 良い事を思いついた」
作戦を思いついた俺は深夜まで、帝国の特産品や地酒を堪能した。
前の世界では一人飲みなどした事がなかったが、異世界ではそういうのも可能となる。
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「次、次じゃ。次で賢者の石が完成する。この時をどれほどに待ちわびたか。賢者の石さえあれば……」
薄暗く底冷えする冷気に包まれた室内でフォッフォッフォッと笑う魔法使い、バウム・ドーラは次の被験者から魔力を抽出し終えたら、賢者の石が完成するという喜びに打ちひしがれている。
「次の被験者を前へ。これで完成じゃ。長かったワシの夢が叶うのじゃ」
魔法使いの指示と共に覆面を被った俺が前へ出る
賢者の石、それを使えばどんなものも生み出せるという。
例えば何もない空間から金を作ったり、無機物に生命を吹き込んだりとその用途は計り知れない。
魔法使い、賢者であれば誰しもが憧れる、至高の石。
賢者の石を作り出すという偉業は、魔法使いとして頂点という意味を持つ。
「さぁ、始めようかのぉ。魔力抽出!」
「魔力抽出!」
魔法使いが魔法を唱えると、俺を囲んだ四人の魔法使いが一斉に同じ魔法を使用した。
「さて、終いじゃ! 魔力注入!」
「魔力注入!」
俺から抽出された魔力が賢者の石に注入されるかの様に見えた。
その直後、賢者の石は薄暗い室内を照らす様に光輝き、パキンと音と共に崩れ、消滅した。
「な、なんじゃぁぁぁぁぁぁ」
魔法使い、、バウム・ドーラは奇声を上げ発狂した。
「あー、悪いな。俺には魔力が無いからな、代わりに生命力を魔力に偽造したんだが賢者の石は壊れてしまったのか。残念だ、一応欲しかったのにな」
覆面を外した俺の眼をみたバウムは、発狂のままに叫ぶ。
「なんじゃ貴様ぁぁぁぁ! なぜ復活しておるんじゃぁぁぁ! あああっぁぁああっぁぁぁ! 賢者の石賢者の石賢者の石賢者の石賢者の石賢者の賢者の石賢者の賢者の賢者の石石石石石」
魔法使い、バウム・ドーラは壊れた。
泣き、怒り、泣いて、怒って、泣き叫び、怒り狂い、喜怒哀楽のうち二つが完全に消滅したバウム・ドーラは俺の目から見ていてもただただ滑稽だった。
「まだ二つの感情が残っているな。まだだ、まだまだ終わらせない。宴はここからだ、楽しんでくれ魔法使い、バウム・ドーラ。全ての感情を失ってもらうぞ!
命札を使用してバウムの動きを止めた俺は、魔王にふさわしく高らかに、邪悪に、不遜に笑う。
「おい、そこのお前。アレを持て。残りの魔法使いは俺が買ってきた酒と、捕らえられている者を救出してここへ連れてこい」
俺が指示すると5S社畜化によって既に支配下に置いていた四人の魔法使いの中の一人が、日記の様な物を数冊抱えて俺の元へと移動し、他の魔法使いは各々で捕らえられている魔族、人間を救出に向かう。
「ま、ま、まさか…それは……ダメじゃ! それだけはダメじゃ!」
さっきまで発狂していた、バウム・ドーラは、俺のそばにいる魔族使いが手にしている物に気が付き正気に戻った。
「まぁ待てよバウム・ドーラ。観客が揃うまでは何も始めるつもりはない」
口にも命札を使用された、バウム・ドーラはそれ以上喋る事は無く、俺が地酒を嗜んでいると、捕らえられていた魔族や人間がぞろぞろ室内へと集まってきた。
「さて、始めようか。本当はパワーポイントを使って俺がプレゼンしたい気分だが、この世界にはパソコンが無いのが残念だ。魔法使いA、全員に聞こえる様に読み上げろ」
魔法使いAと呼ばれた男はジンの命を受け、淡々と日記を読み上げていく。
「では、僭越ながら読み上げさせていただきます。なにぶん量が多い為、こちらで抜粋した記述のみ読み上げさせて頂きます事をお許しください。こちらは著者バウム・ドーラの日記となります。まずは賢者の石について読み上げていきます」
賢者の石の作成方法は三大貴族が持っていた資料に記載されていた。
素体となる石を作成した後に純粋な魔力を大量に注入する事で完成する。
賢者の石の作成方法を知ったバウムは、天啓に導かれたのだと思った。
バウムは賢者の石を使用して、自らの不能を治そうとしたとの事だ。
生まれついてから発症しており、一度も使用したことが無い。
古の魔法使いと呼ばれる程に魔法に没頭したバウムだったが、どんな治癒魔法にもどんな薬でもその病気を治す効果はなかった。
ストロング・ブル・モンスターで快楽は得る事できるが、それ以上の快楽を欲したバウムは、魔族や他の人間に非道極まりない残虐な行為を実験という名の下に行ってきた。
全ては自らの不能を治す為に。
「なるほど、病気を治す為に鬼畜の所業を続けてきた訳だ。ただの変態爺がよくも俺の同胞をやってくれたな」
室内は俺の怒りと熱気で支配される。
そんな事の為に仲間を惨たらしく殺したのか。
そんな事の為に自分はここへ連れられて来たのか。
怒りはすぐに激怒となり室内には怒声が響き渡る。
「何か申し開きがあるなら言ってみろ」
特異能力を解除された、バウム・ドーラは、苦し紛れに言い訳を始めた。
その目は虚ろでもはや生気はない。
「ち、違うんじゃ。帝国の皇帝陛下が最近元気が無くなってきて、妃から愛想を尽かされそうなのでなんとかしろと頼まれたのじゃ!」
「ほう、そうなのか? 皇帝」
部屋の外から偉そうな男が歩いてくる。
「その様な事は一切ありませんぞ。確かに元気が無くなってきたとは言いはしましたが、一日の回数が五回から四回に減っただけの事。妃とは今も仲良くやっています」
「皇帝……陛下」
皇帝が目の前にいる現実に直面した、バウム・ドーラは、目を見開いたまま黙ってしまう。
「バウム・ドーラ! 皇帝の名を使うだけに飽き足らず、こんな卑劣な事をしおって! 平民の出であるお前を帝国魔術師筆頭兼宰相にしてやった恩も忘れたか! 今すぐ叩ききってくれるわ! この変態爺が!」
皇帝は剣を抜き、断首の構えを取った。
「待て待て、落ち着け皇帝。そんなんじゃ俺達の気は済まない。断首なんかよりもっと相応しい刑があるんだが、どうだ?」
「死刑に勝る刑が有ると? さすがはジン殿。我が国の不始末は皇帝である私がと存じておりましたが、そういう事であれば任せますぞ」
「ヨシ! まずは魔力を没収するか。魔法使いA、B、C、D! この変態爺から魔力を根こそぎ奪え!」
「魔力抽出!」
命じられると同時に四人の魔法使いが一斉に同じ魔法を使用した。
「どうだ、古の魔法使い、バウム・ドーラ。魔力を根こそぎ奪われる気分は? お前の下らない特異能力(スキル)も貰ってやるよ。1S
「命だけは……助けてください魔王様……」
「ん? 何を言っている? まだ全てじゃないぞ。もっとだ、もっと失え」
突然退職を言い渡されたかの様にバウムは発狂する。
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ」
この瞬間、バウム・ドーラという人物は死んだ。
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♢
次の日、帝国の広場の真ん中に愚者、変態爺と書かれた看板とバウム・ドーラであった時につけていた見た人が羞恥心を覚える様な黒歴史が記された日記。バウム・ドーラがしでかした数々の悪行が記された本が置かれ、看板の後ろには変わり果てた姿のバウム・ドーラであった人物が、大きな木に鎖で繋がれていた。
広場の近くに住む帝国臣民は皇帝陛下から直々に、一ヶ月は必ず愚者の元へ訪れ罰を与えよと命令をだした。
愚者、変態爺は毎日殴られ蹴られ石を投げられ罵倒され、バウムの被害者も毎日訪れては殴り蹴り罵倒を浴びせた。
だが、愚者、変態爺はジンの特異能力(スキル)
死なない、死ねない苦しみを味わい続け、全てを放り投げたその姿は正に愚者であった。
「よう、元気してたか?」
「っっ!」
急に聞こえた最悪の魔王の声に反応した愚者、変態爺はジンの顔を見ると、変わり果てた姿からは想像できない様な早さで地面に額をぶつけた。
何度も、何度も、血が額から噴き出しているのにも関わらず、頭を上げ額を地面にぶつけるという奇行を止める事は無かった。
「そろそろ一ヶ月だな。どうだ? そろそろ解放してやろうか?」
「……シテ……コロシテ……」
「ほう、まだ言葉を覚えていたか。なら褒美だ。殺してやろう」
ジンの言葉を聞いた愚者、変態爺はまるで神に祈るかの様に両膝を地面へつけ、手を合わせて涙を流す。
「とでも言うと思ったか? 馬鹿かお前は? お前はこの世界が亡ぶ時が来るまで一生そのままだ。じゃあな、俺は忙しいんだ」
クルリと踵を返すジンの姿を愚者、変態爺は茫然と眺めるしか無かった。
希望が、救いが一瞬だけ顔を覗かせたと思ったら、いざ開くとそこは地獄だったのだ。
それから愚者、変態爺はその場でずっとヘラヘラと笑い続けた。
程なくして帝国の観光スポット、愚者広場として他国にも有名な観光地となる。
この事件で解放された魔族達はジンが住んでいた小国の辺境の地の村に集まっていた。
集落にいた魔族たちも、この村へ来た事で一気に大所帯となる。
現在、辺境の地の村へ集まっているのは、幽閉されていた魔王ジンを崇拝する魔族達、魔界の大森林の集落で暮らしていた魔族達、囚われていた者達、と多種多様に入り乱れているが、この村で聞こえてくるのは魔王ジンを称える声がほとんどだった。
「それでねそれでね。ジン様はよくも俺の同胞をやってくれたなって変態爺に言ったの。もうその時のジン様のあの姿は言葉にもできないよね?」
「うんうん。もう思い出すだけで胸が熱くなる」
「あんなに格好いいし、あれだけ強いから私達なんかじゃ相手にもされないよねー」
「あんたバカぁ? ジン様のお姿を見れるだけでも幸せだって分かんないの?」
「そういえばこの間ジン様がどこからか連れてきた、女の魔法使い達もこの村に住ますって言ってたよー? 村も増築して町にするんだって、エポナさんが言ってたよー」
「ええええええ!」
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