第10話 大森林

 魔界の大森林へと向かった俺とエポナは、天狼族の助力もあり、他の魔族と出会うことなく二日で大森林の集落へと到着した。


 集落では森妖精族エルフ木人族エント森祭司族ドルイドが暮らしている。


 集落の入り口には耳の長い容姿端麗な森妖精族エルフ数名が、弓と矢を携えて見張りとして立っている。


「お前達そこで止まれ!」


 どうやら見張りは全員女性の森妖精族エルフだ。

 見張りの森妖精族エルフは弓を引き絞り俺とエポナに照準を合わしている。


「俺の配下がここに幽閉されていると聞いた。お前達も好きでやっている訳ではないのだろう? お前たちには恨みはないが……これ以上この俺に弓を引くのであれば容赦はしない」


 森妖精族エルフは俺の眼を見るなり、冷や汗が爆発したかの様に溢れだし、一斉に動きを合わせ土下座と共に謝罪した。


「魔王様! 失礼いたしました!」


「よい。責任者の元へ案内しろ」


 とりあえず森妖精族エルフに俺への敵対心が無い事を確認できた。

 しかし、なぜ温厚な種族たちばかりなのに、反乱軍を捕らえる役回りになったのかは分からない。

 一つだけ思い当たる節があったが、その想像が現実にならないように考えをやめた。


 ――――――――――


「魔王様、ご壮健でなによりです。魔王様が倒れてから魔界は荒れに荒れ果てております。魔王様がお戻りになられるのを、大森林の集落のみなで心待ちにしておりました」


 集落の真ん中に位置する建物へと案内された俺たちを迎えたのは、森妖精族エルフの長、ミーシャ・シャーレットだった。


 容姿端麗だとは言うまでもなく、スタイル、顔立ち、気品、どれをとってもこれまで見た森妖精族エルフとは一線を画している。


「ミーシャ、挨拶はいい。俺の配下達がこの集落にいるはずだがどこにいる? またどうしてお前達が俺の配下の幽閉を命じられた?」


「魔王様を崇拝している魔族はこちらにおります。もうほとんどが人間界への斥候として駆りだされてしまいましたが……。私どもが幽閉を命じられた理由は、付いてきて頂ければおのずと分かると思います。もうお気づきだとは思いますが」


 最悪な結果が待っている事を察知した俺は、ただ黙って案内するミーシャの後ろを歩く。


 やがて牢ではなく開けた空間の洞窟の中へとたどり着いた。

 洞窟内には藁や草で編まれた簡易的なベッドが多数置かれており、多種多様な魔族がそのベッドに横たわっている。


 ある魔物は片足が無く、ある魔物は上半身の半分が酷い火傷を負っていたり、さながら戦場の病院の様であった。


 その中に、俺が知っている顔がある、自警団のリーダー、ホーク・ビリアーデだ。

 意識は無く、ボロボロの姿でベッドに横たわっている。


「ここは魔王様を崇拝する魔族の病床です。無茶な戦でボロボロになりながら帰還した魔族、賢者の石を作成するという目的で実験体とされた魔族が、死の間際に人間界から送られてきます。同胞の森妖精族エルフも男女各五十名が、人間界へ連れて行かれまだ一人も帰ってきておりません。私たち大森林の集落で暮らす魔族は多種多様な特異能力スキルを持ち、回復魔法にも長けておりますのでこの役回りをさせられているのだと思います」 


 俺の悪い想像は当たってしまっていた。

 動けなくなるまで働かせて、動けなくなると魔界へ送り返す。

 弱い魔族を実験と称して弄び、死体となる前に回復させる。


 同胞も人質に取られている森妖精族エルフは、言われるがままにするしかなかったのだろう。

 辺りを見渡すと上半身に厚めの毛布を羽織り、目に布を巻いて、椅子に座っている女性型の魔物が目に入った。


「まさか!」


 一瞬で距離を詰め確認すると、女性型の魔物が口を開いた。


「このオーラ、もしや……ジン様? この様なみすぼらしい姿をお見せしてしまい、誠に申し訳ございません。妾は……妾は……」


 まだ話そうとする女性型の魔物、元魔王の娘ラミアの話を遮り、俺はラミアを優しく抱きしめた。


「すまない。すまないラミア。俺に出来るのは肉体と精神を元に戻してやる事しかできない。特異能力スキル! 原点復帰!」


 原点復帰は体と心の傷を受ける前の状態に戻す事ができる。

 記憶に刻まれた傷でさえ、受ける前に戻す事が可能だ。


「あぁ、この目でもう一度ジン様のお姿を見る事ができるなんて。妾は世界一幸せな魔物でございましょう」


 後ろで見ていたエポナは、感極まりラミアを強く抱きしめ、二人でわんわん泣きながら喜びを共有している。


「誰だ? 誰が俺の配下にこんな無礼を働いた?」


 俺は冷たく、深淵を思わせる声を発する。

 激しい憎悪に支配された俺の気に当てられ、ミーシャは話す事ができない。


「ま、魔王様。ど、どうか、気をお鎮め下さい……」


 ミーシャの声を聴き、少し冷静さを取り戻した俺は、八つ当たりに近い行為をした事に対して反省し気を鎮めた。


「すまないミーシャ。で、誰だ?」


「勇者パーティの魔法使い、バウム・ドーラで御座います」


 激しい激情に駆られるが、先ほどの反省を思い出し俺はすぐに気を鎮めた。


「魔法使い、バウム・ドーラ。確かどこかの国の宰相になったと聞いていたが、まずはこいつから復讐する事にしよう」


「バウム・ドーラが開発した人間界の、毒草とストロングモンスターを調合したストロング・ブル・モンスター。その悪魔の飲み物が世に出てから、この世界は狂気に満ち溢れていきました。お願い致します! 魔法使い、バウム・ドーラを滅ぼして、同胞を! 世界をお救い下さい」


 バウム・ドーラは俺が作ったストロングモンスターを、魔改造してどうやら麻薬より酷い物を生み出したようだ。


 バウム・ドーラを倒し、ストロング・ブル・モンスターの制作を止め、魔族を救う、一石三鳥だ。


「ああ、任せておけ。さぁメインイベントの始まりだ。バウム・ドーラ、震えて眠れ」


 俺は集落の魔族を特異能力の修復リペアで回復させた後、単身帝国へと向かった。


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