1章 なんだかんだ、5Sって大事

第8話 転生

 小国の辺境の村の地、じりじりと照り付ける太陽の下で汗を流しながら、畑を耕している銀眼の壮年の男アキオ・ファクトリンは、三十年前に光の勇者に倒された残虐非道の魔王と同じ銀色の眼を持つ事で迫害を受けて育った。


 村の人達からは名前を呼ばれた事も無く、親からも悪魔の子と蔑まれるアキオは、畑仕事以外で家から外へ出してもらえる事もない。

 朝早く起床して小さなパンを一つ食べてから畑仕事へ向かい、畑仕事が終わったら自分の部屋として与えられている、納屋へと戻って寝る日々を繰り返して過ごしている。


 今日ももう少しで畑仕事が終わる。

 いつもの様に何も無く、誰に話しかけられる事も無く、家畜同然の無為な一日が終わる、と思っていたアキオの目にフードを被った人影が映った。

 フードを深く被った何者かは、こちらの方を見ているが、アキオからはその何者かが男なのか、女なのかの判別は出来なかった。


「見つけた」


 女性の様な声が聞こえたとアキオが思っていると、フードを脱ぎさった青い髪の女性が、走ってこちらへと向かって来てアキオの目を凝視した。


「やっぱり! やっと……やっと見つけたわ」


 頭から猫耳を生やした女性は、王に謁見するかの様に片膝をつきこうべを垂れた。


「魔王様、お迎えに上がりました。遅くなってしまって本当にごめんなさい」


 理解が追いつかないアキオは呆然としていた。

 猫耳を生やす人間なんて聞いた事がないし、いきなり魔王様なんて言われれば誰しもが同じ反応をするに違いない。


 だが猫耳の美しい女性の表情は真剣そのもので、嘘を言っているそぶりは微塵も感じられなかった。


「僕が魔王? どういう……」


 アキオの表情を見た猫耳の女性は涙を流す。

 その涙は清く澄んだ聖水よりも純粋に輝いていた。


「私が……私があの時あの場にいられたらなら!」


 猫耳の女性は涙を流しながら、アキオを抱擁した。

 愛しい友人を、愛する人を抱く様な温かさを感じさせる。

 その女性の優しくも温かい抱擁はアキオの心に何かを思い出させた。


「え? そんな……急にこんな事されてもどう対応したらいいのか分からないよ。こんなの農業マニュアルでも作業基準書でも見た事がない、僕はマニュアルに書いたある事しか知らなくていいし、マニュアル以外の事をする権利はないんだ」


 下を向きながらつぶやくアキオの脳内に、鈴を転がした様な女性の声が聞こえた。


「はい、作業基準書です。担当者様、特異能力スキルが復活した事を心よりお祝い申し上げます」

「作業基準書? 特異能力スキル?」


 アキオは聞きなれない言葉と初めて聞いた声に首をかしげた。


「作業基準書の声が聞こえたの? やっぱりあなたが魔王である事に間違いないわね。作業基準書! 聞こえているなら魔王様の記憶を戻して!」


「担当者様のバックアップの保存には成功しています。バックアップの復元を致しますか? 復元を行った場合、今までの担当者様は事実上死ぬ事となります。これまでの三十年を捨てて新たに違う人生を歩む事となります。それでも宜しければ特異能力スキルである転職ジョブチェンジを発動してください。私が持つたった一つの上級特異能力ハイスキル推薦状チートで前世の記憶と特異能力スキルを復元致します」


 脳内に聞こえてくる声はアキオに転職を促した。

 今までの三十年を捨てて新たに違う人生を歩むと、作業基準書と名乗る謎の女性の声はそう言った。

 銀眼であるが故に迫害され続けてきたアキオに断る余地などあるはずがなかった。


「今までの家畜の様な人生を送るぐらいなら……痛みを伴ったとしても僕は転職する!  特異能力スキル! 転職ジョブチェンジ!」


「はい、担当者様の希望する職をお選び致します。上級特異能力ハイスキル! 推薦状チート!」


 転職を発動した瞬間に辺り一帯は白い光に包まれる。


「僕は……私は……自分は、いや、俺は!」


 白い光が消えうせ、姿をあらわにしたアキオの姿を見て、猫耳の女性は頬を紅潮させ涙ながらに問いかけてきた。


「聞きたい事があるんだけど、あなたの名前は?」


 猫耳の女性は提げていたカバンから漆黒のマントを取り出し、放り投げると銀眼の壮年は王の様な佇まいで受け取り漆黒のマントを羽織る。


「俺の名はジン・シュタイン・ベルフ。魔王ジン・シュタイン・ベルフだ!」


 異世界では全貌の眼差しを浴びる容姿を持ち、魔王と名乗るのにふさわしい圧倒的な力を感じた猫耳の女性は、更に頬を紅潮させこうべを垂れる。


「ジン様! お帰りなさい! エポナはずっと……この時をお待ちしていました!」 


「エポナ、ありがとう。事の顛末を聞かせてくれるな?」


 史上最強の魔王であるジンを倒すために魔界の三大貴族と人間界代表の勇者パーティ、さらには神界の女神が異世界のタブーを犯して人間界と魔界に干渉してきた事。


 勇者パーティは魔王を討伐した功により、平民出身の勇者は聖王国の騎士団長に、魔法使いは帝国の宰相に、戦士は王国の王に、聖女は教国のトップの教王になった事。


 魔王ジンが倒されてから人間界の人間同士の争いが無くなり、何度か魔族と人間界との衝突があった事。

 エポナは調印式のあとすぐに、人間界へ潜伏して情報を集めながら、転生しているはずのジンを探し続けていた事。


 ジンを魔王として崇拝していた魔族は反乱軍として幽閉されているという事。

 現在魔界は三大貴族が指揮を取っているという事。

 食糧難に陥った魔族は統一を失い、好き勝手に人間界へ侵攻して人間を攫っているという事。


 どれも驚くべき事ではあったが一番の疑問の答えがまだ見えない。


「時を止めたのは女神の力だったって事か。しかしまだ分からない、なぜ勇者たちは俺を裏切ったんだ? 俺を切るメリットが思い浮かばない」


 エポナは心苦しそうにジンの問いかけに答える。


「勇者達は己の利益を優先して裏切ったらしいわ。三大貴族も同じだと思う」


 エポナの口から聞かされた真相はジンにとっては下らなすぎて、自分が殺される理由に足り得るとは到底思えなかった。


 勇者達は魔物と戦う事が無くなり名声と金を失った。

 人間界では戦争が起きていたが、戦略級である勇者パーティには出番が無く、三大貴族と裏で連絡を取り合い、神界の女神も巻き込み魔王暗殺を企てた。


 勇者パーティは独断での魔界への侵攻をしない事と引き換えに、魔界側は人間界への大規模な侵攻の際には前もって勇者に連絡して勇者の功績に貢献した。


 人間界は魔界との戦闘を余儀なくされ、人間同士の争いは収まり、勇者パーティは失われた名声と金、権力を手にした。


 三大貴族はジンを崇拝する魔族を小出しにして、勇者パーティにぶつけ数を減らし、魔界での地位を確立した。

 名声と金と権力、たったそれだけの事で裏切られたのだ。


「名声、金、権力。それは主君を、友達を裏切るに値するのか?」


「どうやら勇者パーティは初めから、ジン様を亡き者にしようと画策していたようです」


 初めから? それは最初からという亊だろうか? 全て、全てが偽りだったと。初めてできた友達が、友達だったと思っていた者がそんな思いを秘めて、魔王である自分と友達のフリを続けてきたのか? 


 ジンは怒りに震えた。これ程の怒りは前の世界でも、この世界でも感じた事がない。これはもはや怒りなどではない。


 憎悪だ。


 憎い、まるで友達の様に接してきた勇者パーティが憎い。

 憎い、便宜を図ってやったのに裏切りを画策した三大貴族が憎い。

 憎い、異世界のタブーを破ってまで自分を滅ぼした女神が憎い。

 憎い、人間界が。

 憎い、魔界が。

 憎い、天界が。

 憎い、異世界が。


 憎悪に支配されたジンのオーラは晴天を暗雲に変え、暴れ狂う雨と暴力を思わせる様な激しい風が吹き荒れ、とめどなく続く落雷がジンの憎悪に呼応するかの様に降り注ぐ。


 生物の魂を滅ぼすような膨大な力にエポナは震えるが、自らが崇拝している魔王の力の片鱗を見た彼女の心を支配したのは、恐怖では無く悦びであった。


「全てだ、全てを取り返す。もはや導く様な真似などしない。俺という存在をこの人間界、魔界、そして天界に知らしめる。まずは幽閉されている俺の配下たちから救出に向かう。いや、その前にやっておく事があるか」


 ジンは十秒ほど考えた後にエポナに命を下した。


小鬼ゴブリンを十匹準備しろ、すぐだ。それに魔獣だ、なるべく足の速い種族を頼む」


「分かったわ。すぐに亜人族の下僕の小鬼ゴブリン十匹と、ジン様を支持している魔獣の天狼族に依頼するわ! 下僕たる小鬼ゴブリン! 命約に基づき今すぐ我の前へ出でよ!」


 エポナによる召喚で緑色の醜悪な魔物が十匹出現する。


「天狼族に依頼したらすぐに戻ってくるから待っていてね」


「時間がかかるぐらい構わない。むしろ少しぐらいは時間が欲しいな」


 時間を気にしないと言ってくれたジンに、敬意を表しながらエポナは天狼族への元へと向かった。


「さて、小鬼ゴブリンども。俺の命が下るまで待機していろ」


 グギギと発し小鬼ゴブリンは物陰へと潜む。


「まずはこの村、両親から挨拶に行くとするか」


 ジンはアキオを家畜の様に育て、悪魔の子と蔑み虐待した両親がいる家へと向かった。


「さて、小鬼ゴブリンども。俺の命が下るまで待機していろ」


 グギギと発し小鬼ゴブリンは物陰へと潜む。


「まずはこの村、両親から挨拶に行くとするか」


 ジンはアキオを家畜の様に育て、悪魔の子と蔑み虐待した両親がいる家へと向かった。

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