第7話 勇者外伝1話
人間界に魔物が現れなくなって半年が過ぎた。
魔物を倒す事が勇者パーティの主な仕事であったが、魔物が現れない以上は勇者パーティに仕事はない。
貯えも尽き、聖王国からの
「あーあ、どうして魔物が出なくなったんだ? 魔王でも死んだのかなぁ?」
深紅の瞳を持ち、金色に輝く髪を持つ光の勇者、ライト・エル・ブリアントは、その金色の髪を無造作に掻きむしり苛立ちを隠せないでいる。
「ワシらが倒した訳でもないのにそれはないじゃろう。それより、勇者。ちょっとは手伝ったらどうじゃ? 暇なら薬草の採取でも行ってくれればいいじゃろ?」
老齢の魔法使い、バウム・ドーラは採取した薬草を調合して、上級薬草を作っている。
古の魔法使いと呼ばれている、バウム・ドーラはその知識を生かして、採取で手に入る薬草を使って上級薬草や回復薬を作って、商人に売ることで勇者パーティの活動資金を稼いでいる。
だが、上級薬草や回復薬だけでは生活をするのには問題はないが、装備を新調したりする程に稼げる訳ではなかった。
「嫌だよ。なんで俺が草いじりなんてしないといけないのさ。それに誰が採取に行ったって、魔物がでないんだから俺は必要ないじゃん。アルトが行けば?」
魔物が出ないという事は他の人間にとってこれ以上の喜びはなかったが、勇者パーティにとっては死活問題である。
魔物が出なくなってからライトはずっと宿に引きこもっている。
「がっはっはっは! 別に俺でいいなら行ってやるぞ!」
小さな室内では迷惑と感じる程に、馬鹿でかい声を発する屈強な肉体と
「アルトさんが行っても薬草と雑草の見分けができないのでは? 仕方がないから私がご同行します」
こげ茶色の髪をさらっと流し、神話の魔神を倒した賢者が持っていたとされるワイズマンロッドを携え、この世で唯一最高位の神聖魔法を使役する聖女、マリナ・リゼット。
「最近では勇者の俺よりもマリナの方が人気でてるのも気にいらないなぁ。魔物が出たら大活躍して名声と金は思いのままに手に入るのになぁ」
女神から勇者の神託を授かった勇者、ライト・エル・ブリアントは、聖王国の辺境の地で農家の息子として生を受けた。
決して裕福とは言えない環境で育ったライトは、女神の神託を受けた時、心の底から喜んだ。
物心がついた時には小さな炎の魔法を使うことができたライトは、幼少の頃からなんでも出来た。
自分は優秀だ、このまま農家などでは納まらない、聖王国で騎士になる、と決めて自主的に剣の修行もしていた。
そんな時に女神が現れ、ライトを勇者とした。
成り上がり思考のライトは聖王国の王城へと引き取られ、裕福で煌びやかな生活を送ることになった。
王城へと引き取られたライトは剣と魔法の英才教育を受け、メキメキと勇者としての実力を伸ばしていき、十歳の時には剣の指南役であった騎士団長も超え、聖王国内では歴代最強の勇者の誕生だとしてもてはやされ育つ。
名声を欲しいままにしていたライトだったが、最近では病気を治せる聖女、マリナの方が勇者より人気がある。
勇者は魔物を倒すから勇者なのだ。
マリナが気晴らしにみんなで採取に行こうと弁当を用意して、久しぶりに勇者パーティは全員揃って活動した。
行き先は聖王国からそう遠くない森林、今は魔物が出ないので徒歩でも半日あれば到着する。
「やっぱり魔物はでないか」
森林の入り口に到着したライトは、聖剣を抜きため息を吐く。
「このままじゃ聖剣も錆びついてしまうよなぁ」
魔物がいない事に気を落としていたライトの手に握られた聖剣の刀身が急に激しい光を放つ。
その光を見た勇者パーティは声を合わせ、
「魔物?」
勇者パーティが戦闘態勢に入り、周囲を警戒した。
「おいおい、お前たち勇者パーティだろ? そうビクビクするな。何も取って食ったりはしないぞ。話がしたいだけだ」
声がする森林の入り口を見ると、ギラギラと光る銀色の瞳を持つ亜人が、今まで感じた事のない強烈なプレッシャーを放ちながら勇者たちの元へと歩み寄ってきた。
「爺……あいつはなんだ?」
「異常な程の力を感じさせる銀眼の亜人……魔人かのぉ」
「体が……動かねぇ」
「魔人って神話の? でも……このプレッシャーはそうだと思わせますね」
勇者パーティは銀眼の亜人が放つプレッシャーに、身動きが取れなくなっていた。
「悪いな。これでもかなり力を抑えているんだが、萎縮させてしまったか。とりあえず名乗っておこう。俺の名はジン・シュタイン・ベルフ、魔王だ」
銀眼の亜人が魔王だと名乗った事で、勇者パーティは余計に混乱した。
ありえない力を感じさせる目の前の亜人が魔王と名乗る。
その人外の力を持つ魔王のプレッシャーに押しつぶされているが、力を抑えていると言う。
勇者パーティが全力を出してかかっても、一秒と持たないと感じさせる魔王が今勇者パーティの目の前にいるのだ。
「魔王……か、何しに来た? 俺達を殺しにでも来たのかな?」
プレッシャーによる硬直から解けたライトが魔王に話しかける。
「さっき言っただろう。話をしたい、勇者であるお前とな。ほら俺は丸腰だぞ? 敵意が無いのはもう分かると思うんだが?」
魔王は危害を加えるつもりはないと、両手を上げてクルリと一週回った。
「敵意は無いのは分かったのじゃが、そなたは本当に魔王かのぉ? 魔王なんて軽く超越した力を持っている様に見えるのじゃが、もしかして魔人ではないのじゃろうか?」
魔法使い、バウムの言葉に首を横に振る魔王。
「神話のあれか? 多分違うと思うがな。そうか、邪気を出してないから魔王と分かりにくいのか? ヨシ! これで俺が魔王だと証明しよう。
魔王がなにかの
魔王を纏っているオーラが一気に膨れ上がり、肉眼で確認できるほどに濃密な、そのどす黒いオーラはゆらゆらと静かに揺れている。
「こんな力が……」
「もはや疑う余地もないのぉ」
「がっはっはっは。魔王ってのは意味が分からんぐらい強いんだな」
「世界は……終わってしまうの……?」
勇者パーティは魔王が持つ圧倒的な力に絶望した。
戦ったとしても蟻と象……いや、比較する対象がない、想像を超えた未知の力に恐怖し、思考を停止してしまうのは仕方がなかった。
「話がしたいって事だけど、一体なんの話なのかな?」
「人間界と和平条約を結びたい」
和平条約? っと思いながらライトは下唇を噛んだ。
圧倒的な力をむざむざと見せつけられた後に和平の話が出た。
断ったら人間界は滅びると、魔王は暗にそう言っていると思ったライトの唇から血が流れる。
「おい、血が出ているぞ。
魔王の
「あ、ありがとう。話を聞かせてくれないかな?」
魔王から話を聞いた勇者パーティ。
魔族なのに人間を食べない、農作を教えて欲しいなどライト達が、全く想像していなかった言葉ばかりで理解するのに時間がかかる為、自分たちでは判断できないと一旦聖王国へ話を持ち帰る事にし、魔王とは森林で別れた。
勇者を擁する聖王国は軍事的に圧倒的に秀でている為、魔界との戦争では人間界を代表している国だ。
人間界では聖王国、王国、共和国、法国、帝国の五大国が、魔族との戦いの為、同盟を結んでいる。
同盟の代表の聖王国の代表である勇者に、魔王が話をしにくるというのは理にかなっていた。
——————————————
聖王国へ帰還した勇者パーティは王城へ赴き、聖王に魔王からの和平の話を報告した。
「和平の話が魔王から出るとは。しかし和平の条件は申し分ない。もし魔王が裏切り敵となった場合は勇者パーティで倒す事は可能か?」
立派な白いひげを顎に生やした聖王がライトに問いかける。
「恐れながら陛下。私達勇者パーティでは……いえ、人間界総出であの化け物の討伐を画策しても不可能でしょう」
光の勇者のライトの言葉に聖王は眉間にしわを寄せて、こわばった表情でライトを非難した。
「勇者の言葉とは思えんのぉ。魔王を倒すのが勇者の勤めでは無いのか?」
古の魔法使い、バウムが横からフォローを入れる。
「恐れながら陛下。勇者は何も臆病風に吹かれて、このような事を申している訳ではないのじゃ。彼奴はこの世界の理から外れておる。ワシの知っている言葉で表すと『超越者』と言ったところじゃ。戦おうなどとは思ってはいけません。戦えば人間界など三日も持たず滅びさると断言しますぞ」
顔見知りであり昔から色々と頼っているバウムが言うのだから、本当の事であると聖王は判断して突きつけられた真実に恐怖した。
「それほど……なのか。其方が言うのであればそうなのであろうな。和平の件、承諾する旨を各国に伝えよ。勇者パーティは今より魔王討伐の任を解き、魔界との特派大使に任命する」
「ははっ! 謹んでお受けいたします!」
その後、各国に連絡が行き渡り世界は平和一色に染まる。
しかし魔物という世界共通の敵がいなくなり、これ以上の領土の拡大を望めなくなった人間界で、人と人が争いあうまでにそう時間はかからなかった。
勇者パーティは戦争で武功を上げるつもりでいたが、人間界最強の勇者を擁する聖王国に攻め入る国はなく、勇者パーティはいつもの安宿でくたびれていた。
「特派大使って言っても、ただの化け物のご機嫌取り。軍拡軍拡って言って給金も少ないしさぁ。これじゃあ勇者になった意味ないよね。あーあ、魔物ぶっ殺したいなぁ」
いつもの様に文句を垂れ流すライト。
ただ今日はいつもとは違う出来事が起きた。
コンコン
勇者パーティの部屋の扉がノックされる。
「あれ? 今日って用事なかったよね? 誰ですかぁ?」
「魔界三大貴族、空の支配者ヴァンパイアロードである。お目通り頂きたい」
この日を境に勇者パーティは安宿から姿を消した。
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