第6話 裏切り

 式の時間となり和平条約の調印式が行われる玉座の間には、三大貴族の長の三体の魔物、三大貴族の眷属の魔物が各三十体、ホークを除いた亜人の自警団の七人、合計すると百の魔族が揃っていた。


 人間界側は勇者パーティの四人、技術者三人、聖王国の執政官の秘書の一人が参加し、計八人の出席となった。


「みな良く集まってくれた。今日という日を和平条約記念日とすべく、素晴らしい日にしたいと俺は考えている」


 壇上で勇者、ライトと握手を交わそうと俺が近寄った瞬間、ライトはその腰にささった聖剣を抜いた。


「みんな聞いてくれ! 和平を魔王ジンが申し入れてくれていなければ、人間と魔物は争い続けこの聖剣も血で塗れたであろう」


 ライトが聖剣を天高く掲げると、聖剣からまばゆい光が発し玉座の間は輝きで包みこまれた。


「見よ! この聖剣の輝きを! 和平のお陰で魔物を斬る事が無くなった聖剣は、こんなにも美しく輝いている!」


 その聖剣の輝きは無益な殺し合いが起きなかった証拠であり、平和を象徴する光だと感じている亜人の七人と人間の技術者三人、それに聖王国の執政官の秘書でさえ涙した。


「この和平条約が締結されれば、もはや聖剣は必要無い! 聖王国は、いや、この勇者ライト・エル・ブリアントは魔王ジンに聖剣を捧げる!」


(聖剣を捧げる? どういうことだ?)


「おいおい、なんの冗談だ? さすがの俺も驚いて変な声がでたぞ」


 勇者は掲げていた聖剣を下ろし、聖剣を持った手を俺に差し出した。


「受け取ってくれるよな? この聖剣が俺達の友情の証だ!」


 ためらっていた俺だったが友情の証なんて、そんな事を言われては断る事なんて出来るはずがなかった。


 アキオの時、小中高とトイレでご飯を食べていた俺に友達なんている訳も無く、いたとしても工場で働いていた同僚ぐらいだったが、一緒にパチンコに行くぐらいで飲みに行くなんて事は一度もなかった。


 転生して初めて一緒に遊んだり、飲みに行ったりしたのが勇者パーティだったんだ。

 俺は友情という言葉を噛みしめながら、聖剣へ手を伸ばした。


「……ライト。――ありがとう」


 俺が聖剣を手にしようとした瞬間、まるで時が止まったかの様に感じられた。

 刹那が一秒に、一秒が十秒に、時間が薄く、長く、引き伸ばされている様な、そんな感覚を俺は味わった。


 時が正常に動き出したと感じた直後に、俺は胸の中が熱くなっている事に気が付いた。

 この熱は友情によってもたらされたのだろうか、それとも和平条約が締結寸前のこの状況に心が安堵したのだろうかと俺は考えたが、熱をもたらしたものは感情ではない。


 熱の正体は胸に無情にも突き刺さっている、まばゆい光を放つ聖剣がもたらす痛みだった。


「な……なぜだ? ――なぜだぁぁぁぁぁ!」


「これで特異能力はもう使えない。君はここで死ぬのさぁ。アハ、アハハハハハ! アヒャヒャヒャヒャヒャ! 化け物がっ! この化け物が死ぬんだ! アヒャヒャヒャヒャヒャアヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」


 亜人の自警団七名はあまりにも衝撃的な光景に、初動が遅れてしまったようだが俺の元へと走り出した。


「動くな! 下等種族ども! お前達は完全に包囲されている」


 三大貴族とその眷属達は、亜人の自警団達と魔王である俺を包囲した。


「お前達、初めから……」

「魔王様を裏切るとは!」

「この魔族の面汚しめ!」

「魔王様に仇なす、蛮族を許すな!」

「亜人の力を、裏切り者の魔族とくそったれ勇者に見せつけるぞ!」

「魔王様を救えぇぇぇぇ!」

「元より魔王様に助けてもらった命だ。みんな! ここで魔王様に命を返すぞ!」


 亜人の自警団達は俺を助けようと、鬼の咆哮の様な怒声を上げながらこちらへ向かってくる。


「自警団! よせっっ……」


 俺は聖剣の痛みだけではなく、何かの干渉を受けて身動き一つできなかった。


 動く事のできないうつぶせになっている俺をライトが足蹴にし、俺の体を雑に仰向けにして、胸に刺さっている聖剣を乱暴に抜き取り、抜き取られた俺の胸から大量の血が噴き出した。


「はぁ? うっぜーんだよ! 魔物のくせに仲間ごっこですかぁ?」


 ライトは狂気に歪んだ顔から真顔へ戻り死ね、とだけ言葉を発して聖剣を向かってくる亜人の自警団の方へ向けた。


上級特異能力ハイスキル! 氾濫するメイル光の渦潮シュトローム!」


 亜人の自警団達に聖剣から放たれる光の奔流が襲い掛かり、光に飲み込まれた亜人の自警団達は影もなく消滅した。

 その光景に満足したのかライトは醜い狂気の顔を見せる。


「アハハハハハ! アヒャヒャヒャヒャヒャヒャアヒャヒャヒャヒャヒャヒャ! 死んじゃったねぇ。お前のせいで亜人たちはこの世界から消滅しちゃったねぇ。なぁなぁ、どんな気分? ん? ん? どんな気分だって聞いてんだろうがぁ!」


 ライトは激昂し、身動きが取れない俺の右ふくらはぎに三度聖剣を突き刺した。


 右ふくらはぎから血が噴き出るが、俺は冷静に、


「なぜなんだライト……それにヴァンパイアロード……答えろ」


 狂気に歪んでいたライトの顔はますます狂気を増していく。


「なぜってお前が化け物だからだろぉ? お前みたいな化け物がこの世界にいていいと思っているのかぁ? ざぁんねぇんでしたぁぁぁ! お前の様な化け物は人間界も魔界も天界も認めませぇぇん! アヒャヒャヒャヒャヒャアヒャヒャヒャヒャヒャアヒャヒャヒャヒャヒャ!」


 続けてヴァンパイアロードが口を開いた。


「ふんっ! なぜも何も貴様が魔族を殺したからである。魔族は人を食って生きてきたのだ。それなのになんだ? 牛、豚、鳥、小麦、酒? あんな肉と植物もどきなどで魔族の腹が満たされようか! 否、断じて否ぁ! 我々魔族は人間を食べる事で尊厳と威厳を保ち、弱者を搾取、凌辱して得られる快感が、我ら魔族の団結をより強固とし、進化を促してきたのだ! それなのに人食いの禁止だと? それが魔族を殺すと同義だとまだ分からないのか? 貴様は初めから魔王などではなく、ただの愚王よ。愚王ジンは滅びよ!」


 愚王ジンは滅びよ、愚王ジンは滅びよと、調印式に参加していた魔物達が一斉に合唱を始めた。


「分からない……」


 ライトとヴァンパイアロードの話を聞いても、俺には理解できなかった。


 なぜライトが? 平和を望んでいたはずだ。

 一緒に飲む度に平和について何度も語り合った。

 なにより、友達だったはずだ。


 ヴァンパイアロード達、三大貴族には他種族より便宜を図っていた。

 ストロングモンスターが気にいったと聞いたので配給も多めにした。

 豚肉が好みだと聞き、ヴァンパイアロードには多めの豚肉を配給した。


 俺が行う改革は魔物達からも好評で、一般の魔物からは賢王ベルフとも呼ばれていた。


 なのになぜ? いくら考えても俺に答えは出せなかった。


「――作業基準書」


 裏切りの答えと現在の状況を打破する方法が知りたくて問いかけるも作業基準書からの返事はない。

 勇者が持つ聖剣の特殊能力、特異能力封印スキルバーストのせいだと俺には分かっていた。


「分かったかぁ? お前はいらないんだ。この世界のみぃぃぃんなから恨まれて死ぬんだよぉぉぉぉ!」


「勇者様! ご乱心なされたか!」


 状況が理解できず固まっていた人間界の、技術者三人と聖王国の執政官の秘書がライトの元へと歩み寄ってきた。


「ああ、そうそう。もう一つ仕事があったかな?」


 ライトは歩み寄ってきた執政官の秘書を一刀で真っ二つに両断した。

 見た事もない凄まじい勢いで吹き荒れる血をみた技術者三人は、恐怖と混乱に陥れられ発狂した。


「うっさいなぁ。すぐ殺すから黙ってろよ」


 次の瞬間、技術者三人の首が飛び調印式の壇上は血と狂気で染め上がる。


「あーあ、なんてことだぁ。和平条約を結びに来たのに魔王が執政官殿の秘書と、技術者三人を殺してしまったぞぉ。これは戦争しかないよねぇ。だって和平という名の餌で人間界を騙して虐殺だもんなぁ。魔王のせいで戦争になったら、まぁた人がたくさん死んじゃうよねぇ。ねぇ? 魔王のせいでねぇ。アヒャヒャヒャヒャヒャアヒャヒャヒャヒャヒャアヒャヒャヒャヒャヒャアヒャヒャヒャヒャヒャ! 全部、ぜぇぇぇんぶお前のせいなんだよぉ!  アヒャヒャヒャヒャヒャアヒャヒャヒャヒャヒャ」


 狂気に染まったライトの眼は紅蓮色に燃え上がっている。


「俺が死ぬと魔界は滅び、人間界もただではすまなくなるぞ……。俺がいるから世界は安定している。それでもいいのなら――殺せ」


 俺が最後に目にした光景は、狂気に歪みきり恍惚な表情を浮かべながら聖剣を振りかざす勇者、ライトだった。



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