第5話 改革
魔王となった俺はまず、俺の許可なく人間領への立ち入りを禁じ、人間食を禁止した。
もちろん三大貴族の長である、魔界の空の支配者ヴァンパイアロード、魔界の地の支配者ワーウルフキング、魔界の海の支配者グレイトマーマンが激しく抗議したが俺の鶴の一声により可決された。
力こそが全てと考えている魔族達が、俺に逆らう事が出来ないのは残念ながら当然の結果と言えた。
人間食を禁止した為に人間を食べてきた種族の長は、人間を絶食した事で起こる禁断症状に頭を悩ませた。
禁断症状が悪化して死ぬ魔物、禁断症状で攻撃的になり同族を食おうとする魔物、禁断症状によってゾンビ化する魔物が多発した。
この現状を打破すべく俺はアキオの時に好んで飲んでいた、ストロンガーゼロの模倣品であるストロングモンスターの作成に成功し、魔族に配給する事で人間を食べたいという要求を多少なりとも抑える事に成功した。
麻薬を止める為に酒を与えるのはどうかと考えたが、思いのほか魔族はストロングモンスターを気にいってくれた為、とりあえずヨシの精神でストロングモンスターの配給を続けた。
ちなみにストロングモンスターの製作は、ホークを筆頭に亜人族が村で行っており、その製作方法は魔族でも俺、エポナ、ホークの三人しか知らない重要機密である。
今では魔族に大人気のストロングモンスターの配給の件を含む、俺が定めた新たなルールの一つである月一の全種族長会議が行われている。
「功績を称えストロングモンスターの配給を月に二十本追加、
力強く凛とした声で紙に記載されている内容を読み上げたエポナ。
「感謝申し上げます。今後はより一層励み、更なる忠誠を魔王様へ捧げさせていただきます」
俺は魔王となりカースト制度、生まれで仕事が決まる制度を撤廃し貴族制度を推し進めた。
元から三大貴族と呼ばれる種族もあったが、それは大昔から魔族として存在しただけであり、力が他種族より秀でていただけの存在で元来の貴族を指すものではなかった。
魔王になった俺は各種族の長に今までの仕事は捨てて、魔界の為となる仕事を自分で考えて実行せよと通達を出した。
魔界に益をもたらす功績を上げたもの、魔界の為に仕事に従事して結果を出したものには力など関係なく爵位と追加のストロングモンスターの配給を約束した。
今回の
この功績の大きな部分はストロングモンスターの供給が格段に早くなった事だ。
「アスモ・ダイアス、下がってよいぞ。今後も魔王であらせられるジン様の為に命を賭して励むが良い」
魔王である俺の隣に座っている、女性型の美しい魔物は艶やかな声でアスモ・ダイアスに下がるように命令し、その声を聴いたアスモ・ダイアスは下げていた頭を上げて立ち上がり、再度頭を深々と下げたのちに自らの席へと戻った。
「おいおい、ラミア姫。命を賭してとか物騒だ。ブラック企業じゃないんだぞ」
俺はため息をつきながらラミアに小言を言った。
ラミアは先代の魔王の娘であり、その妖艶な姿は平凡な魔族であれば見るだけで魅了されてしまうほどに美しく、現在の魔族の中では俺の次に位が高い。
例にもれずラミアも強者に惹かれる魔族なので、魔族最強の魔王を倒した俺に従順になるのは自明の理である。
「あらあら、これは異な事を仰るのね。妾の夫になる予定のジン様の為に働くのですから、命を賭して励む事は至極当然の事ではございませんの?」
夫という言葉に反応したエポナがラミアの方を恨めしい目で見ている。
「誰が夫になると言った? もういい、次の議題に移ろう。二週に一度の改善提案の提出の件だが、未だにまともに出す種族が少ないのだが、一体なぜなのか種族長の誰か説明せよ」
俺の発言の直後に室内の温度が急激に下がるのを、会議に出席している全種族長達は一斉に感じた。
「誰じゃその不届き者は! そんな下衆な魔族と妾が、系統で言うと同じ魔族だとジン様に思われては生きてはいけぬ! ジン様のご慈悲に甘んじ、あろう事かジン様のご期待を裏切る輩はもはや魔族ではない! 妾が介錯をしてやる故、今すぐに前へ出よ! それか今すぐ自害して死んでジン様に詫びよ!」
怒り狂うラミアの声と、ラミアをから放たれるトゲを刺す様な殺気に室内は静まり返った。
「もう待てぬ。まとめて失せるがよい!
「よせ!
ラミア最大の
「ラミア姫、これで俺に命札を使わせるのは何回目だ? いい加減にしないとこれからは会議にださせないぞ」
鋭い銀眼でラミアを睨む。
「も、申し訳ございません。ジン様の事を思うと熱が入りすぎてしまうのでございます」
ラミアの顔から怒りが消え、その顔は怒られた子供の様であった。
そんな顔を見て困った様に大きなため息を吐いた俺は、
「もういい。俺の事を思ってくれているのは分かっている。それよりも次の議題だ。今回の会議の最重要案件である人間との和平条約。もう少ししたら人間の代表として勇者がこの魔王城へと調印をしにくるが準備はできているのか?」
「あぁ、ジン様の寛大なご慈悲に感謝申し上げます。調印式の準備は滞る事なく済んでおりますわ。後はジン様のお召し物をご準備させて頂いておりますのでお着替えの方をお願い致します。鎧などは侍女たちに光り輝くほどに磨かせておりますので、勇者の伝説の聖剣などに劣らない真の輝きというものを、勇者たちにお見せすること間違いございませんわ」
魔族が人食いの禁止の次に猛反発した人間との和平条約。
一つ
三大貴族は納得なんてしていないだろうが、俺に従うしか道はないからな。
「それにしてもよりにもよってあんな勇者が人間代表だなんて。下品で厚かましく、何よりジン様に対して馴れ馴れしいのが一番気にいりませんわ」
「まぁそう言うな。人間であれば無条件で信じる光の勇者様だぞ? その人間の希望たる象徴の勇者が魔王と仲が良いというのは、今後の人間との関係に必ず利益となる。あと折角だが鎧は着て行かないつもりだ。このマントだけで十分だ」
長年続く人間界との争い。ここ数百年は大きな衝突は避けてきたようだが、人食いを禁止した魔族は食糧難に陥った。
食糧難を回避する為に俺がとった行動が人間との和平交渉である。
和平交渉を行うために俺が単身人間界へ向かい、勇者たちの前に突如魔王としての姿を現して話がしたいと言ったところ、勇者たちと剣を交える事もなく俺の話を聞いてくれた。
俺が和平の為に人間界に求めたものは前の世界では重宝されていた、稲、小麦、トウモロコシ、イモ類の種子などと作物を育てるノウハウ、牧畜のノウハウと技術者の提供だった。
そして魔族側が人間界へ提示したのは、今後魔族が人間界を攻める事はなく、人間を食べる事は二度と無いという事と、人間界の要塞と魔界の要塞を隔てている、現在は魔界としている海の領海権だ。
勇者たちは自分たちだけでは判断ができないと、一旦和平の話を聖王国に持ち帰ったが、五日後には魔界の要塞に勇者たちが訪れて和平を承諾するとの事だった。
その三日後には友好の証として人間界から技術者に来てもらい、農業と畜産を比較的人間に好意を抱く魔族達に教育してもらった。
更には魔界にしか存在しない資源を売りに、人間界との貿易を行い瞬く間に食糧難からの脱出に成功する。
初めこそ魔族は俺を魔王として認めようとはしなかったが、実績を出し続ける俺を徐々に認め初め一年経った今では、ある一部の種族を除いた多くの魔族たちは、俺を魔王として崇拝し、そして恐れた。
「ようやくだ。最初の和平の申し入れから時間がかかってしまったが、今日やっと条約が締結される。和平条約が成れば魔界に人間が、人間界に魔物がいても差別も不平等も略奪も起こらない世界、見た目や生まれ、年齢や主義などは関係なく能力、実績によって正しく公平な評価が下される世界が実現する!」
そう言って俺は立ち上がり、魔王のマントをたなびかせ高らかに宣言した。
「和平条約締結後、魔界という古い名前は捨て、ホワイト国とする事をジン・シュタイン・ベルフの名の下に宣言する!」
会議室はおびただしい熱気と、万雷の拍手の音が魔王城へと響き渡った。
「ヨシ! では行ってくる。勇者を待たせると、星屑亭で酒と飯をおごらされるはめになるからな」
勇者たちと俺は和平の申し入れ後も、頻繁に会っていた。
魔界を俺が勇者たちを引き連れて案内してみたり、人間界を勇者たちに案内してもらったりと徐々に友好を深めていった。
最近では勇者たちと会う時は、魔界の要塞の中に作った酒場の星屑亭と決まっていた。
勇者たちと合流したら、まずストロングモンスターで乾杯するのが定番となっていて、俺は勇者たちとは既に友達をも超える存在だと思っていた。
調印式は魔王の玉座の間で行われる。
少し急ぎぎみで歩いていた俺が玉座の間の扉を開けると、玉座の間は調印式の為に様々な催しがされており、いつもの玉座の間とは全く違うので俺は少し違和感を覚えたが、見慣れた勇者たちの姿が確認できたので気には留めなかった。
「もう来ていたのか。少し早かったんじゃないか? いつものお前らしくないな」
金髪で真っ赤な瞳を持つ光の勇者、ライト・エル・ブリアントは、俺が知る限り基本的に時間にルーズな男なので今日も少し遅れてくると思っていた。
「さすがにさぁ、こんな大事な式なんだから俺だって色々準備ってやつがあるんだよ」
ライトの服装を見ると、いつもは鎧を着用しているが今日はまるで貴族の様に華やかな服を着ていた。
腰には聖剣がささっており、鞘の中にあるというのに光が漏れ出している。
「馬子にも衣装じゃのう。いつもは生意気なクソガキじゃが、着飾ってみるとそれっぽく見えるわい」
フォッフォッフォッと笑う、古の魔法使い、バウム・ドーラ。
「がっはっはっは! ちげぇねぇや! 脳筋勇者のくせに調子に乗りやがって!」
豪快に笑う、屈強な肉体が垣間見える鎧を着た、狂乱の戦士、アルト・ウォルター。
「脳筋はアルトさんですよ。俺の正装は鎧だって言って聞かないし」
世界で唯一ワイズマンロッドを使える聖女、マリナ・リゼット。
「って事はさぁ、マリナもいつもの服と変わらないから脳筋って事だよな」
勇者、ライトがふざけて言うとライトたちは、あーでもないこーでもないと言い争いを始めた。
彼らこそ、人間界の希望である勇者パーティであり、俺の人間界初めての友達だった。
「お前たちそこら辺にしておけ。そろそろ調印式を始めるぞ」
手を二度パンパンと叩いて勇者パーティの口喧嘩を収めた俺は、調印式の壇上へと上がった。
「じゃあみんな、舞台の幕を開けに行こうか。最高の舞台のさぁ」
ライトの真っ赤な瞳の奥は、紅蓮を思わせるほどに赤く、紅く染まっていた。
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