第3話 ジン・シュタイン・ベルフ
火の手が上がる村の入り口に到着した俺とエポナの目に飛び込んで来たのは、平和だったであろう村の面影は一つも残らない凄惨な光景であった。
入り口付近の家屋は全て燃やされ、村の入り口の周りには大量の亜人族の死体が無造作に転がっている。
血と肉が燃える匂いが合わさって異臭を放っており、その匂いを嗅いだだけで胃に入っているものが全部逆流して口から吐き出したい様な感覚に見舞われるほどだ。
そんな匂いに耐えながらエポナは死体の中を必死に生き残りがいないかと探している。
「こんな……こんな事って……。誰でも良いから返事をしてよ!」
エポナは生き残りがいる事を願い、悲痛の叫びを上げるが死体達はピクリとも動かなかった。
亜人族の死体の顔を見ると原形がとどまらないほどに潰されており、大きく鈍器の様な物でめった打ちにされたのだろう。
もちろん死体の中には男性の亜人だけではなく、顔は確認できないが体型的に判断すると女性の姿もあった。
「こうしちゃいられないわ! もしかしたら自警団が村中央の橋でこの殺戮の首謀者たちと戦っているかもしれない。お願いジン! 力を貸して!」
村中央にある川の上に架かった橋を渡った先に住む亜人は、力が強かったり村を存続させるうえで重要な亜人ばかりが住んでいると、村へ来る途中に俺はエポナから聞いていた。
入り口付近の死体に子供がいなかった事から恐らく、子供や力の弱い亜人は橋を渡った先に避難したのだろう。
つまりその橋は亜人族の村の最終防衛ラインと言える。
もしそこが突破されたら――戦など経験した事のない俺でも想像するのは難しくなかった。
「いいだろう、このメインクエストを引き受ける。大船に乗ったつもりでいてくれ」
クエスト、大船? とポツリと声を出したエポナだったが、今は気にしている場合ではないと首を横に振り村中央へと急ぎ走る。
俺は自分の胸の中がなぜだか熱くなっている事を感じながらエポナの後を追いかけた。この胸の中が熱いのはなぜだろうか? 最終防衛ラインを救出に向かうシチュエーションに興奮しているのだろうか。それとも村の入り口で見た死体のありさまを見て怒りが熱くさせているのだろうか。
そんな事を考えながら走っていると、前から戦いの喧騒が聞こえてきたので俺たちは足を早めた。
橋が見えてきた辺りで村をこんな状況に陥れた魔物の姿が確認できた。
肌は緑色で醜悪な顔つきをした魔物――そう、ゴブリンだ。
橋の真ん中で武装した亜人族の自警団と大軍のゴブリンが死闘を繰り広げているが、今にも防衛戦は崩れそうになっている。
「自警団! 良かった、なんとか最悪の事態だけは避けられたわ……」
自警団が橋で戦っているという事は、後ろに避難したであろう亜人が無事であると分かった事でエポナは安堵の息をついたが、真ん中にいる普通のゴブリンの一回りも二回りもある、巨大なゴブリンを見たエポナの顔から血の気が引いていった。
「ボスゴブリン・シュラウド? まさか……」
亜人族とゴブリン族は昔から仲が悪かったらしい。特に今の亜人族のリーダーであるエポナとゴブリン族の首領になると与えられるボスゴブリンの名を持つシュラウドは、そりが合わないとかそういうレベルなど通り越して仲が悪かった。仲が険悪な理由は亜人族の仕事である人間狩りをゴブリン族に回せとしつこくゴブリン族が言ってくるからだそうだ。
魔物の仕事は魔王により割り振り与えられている。カースト底辺の亜人族は見た目も人間に似ているという事で、定期的に人界と魔界を繋ぐ地下通路を経由して人間をさらってきて魔王に献上しているらしい。
ゴブリン族のカーストは亜人族の一つ上と低いので、あまり人間を回してはもらないため少しでも多くの人間を手に入れたいのだろう。
そんな中でエポナが言っていた歴代最強と名高いシュラウドが大軍を引き連れて村を襲ってきたと……こいつら、亜人族を根絶やしにでもするつもりか?
「ジン! お願い! この村を救って!」
「当然だ」
俺は今だせる最高の速度で橋へ向かい、自警団とゴブリンの間に割って入る。
「良く持ちこたえたな。後は俺に任せておけ」
「あんたはいったい……原初の魔王と同じ銀色の瞳? それに全身を覆う圧倒的強者のオーラ……エポナが助っ人を連れてきてくれたのか……」
胸についているバッジから察するに自警団のリーダーであるホーク・ビリアーデが生きたえだえながらも俺に問いかけてきた。
「俺の名はジン・シュタイン・ベルフ。この村を救いに来た」
「お願いしますベルフ様。この村を……みなをお救い下さい」
俺は後ろを向かずその場でサムズアップを決めながら、
「その為に来たんだ。全員後退しろ。あとは俺だけでやる」
「まるで万夫不当の歴戦の英雄……ありがとう、本当にありがとう」
リーダーのホークが率いる自警団たちは、ゆっくりと戦場から離れていった。
「作業基準書、さっきの森での戦いで俺のレベルは上がっているのか?」
「はい。パッシブスキルの一つである生産性向上によって、担当者様は戦闘での経験値が他者の万倍となっている為、飛躍的にレベルが上昇、能力ステータスも同じく驚異的に上昇しております。
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ジン・シュタイン・ベルフ Level:57 亜人種
Hp:65,000
Mp:42,00
Atk:15,200
Def:13,250
Int:111,050
Res:10,170
Dex:12,650
Agl:13,870
Luk:9,200
使用可能特異能力
外観検査・安全確認・修復・クリアランス・原点復帰・派遣の中抜き・命札
使用可能上級特異能力
1S現任訓練・2S安全エリア・3Sベテラン召喚・4S現金払いの給料日・5S社畜化・分解点検修理
ユニークスキル:工場作業員の矜持
KYT・作業の平準化・生産性向上・品質管理
総合評価Ω
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なにが起きているのかと混乱して止まっていたゴブリン達だったが、シュラウドの地を震わすような咆哮によって再び攻撃が開始された。
「ヨシ! じゃあこいつらで今の俺の力がどんなものなのか試すとするか」
両腕を軽く回した俺は両足に力を込めて地面を蹴り、攻撃してきたゴブリン達の一体の前に高速で移動した。
「とりあえず、パンチからやってみるか」
俺が少し力を入れた右の拳でゴブリンの顔面を殴るとゴブリンの上半身から首だけが勢いよく飛んでいき、さっきまで首がついていたゴブリンの首元からは血しぶきが吹き出し、首を無くした体は力なくどさっという音をたてて地面に倒れた。
この間わずか二秒。
「生まれて初めてパンチってやってみたけど、いまいち力加減が分からないし手も汚れるからなしだな」
そう言い俺は先ほど倒した首が無いゴブリンの右手に握られている、こん棒を手にした。
「グギギギギ。敵はたった一人だ! とっとと数ですり潰せい!」
ゴブリン達はシュラウドの命令によって俺を取り囲むが、
「ギッ!」
「ギグっ!」
「ギェー!」
ただ乱暴にこん棒を振る、ただそれだけだがこん棒を一回振るう度にゴブリンは確実に命を失っていった。
その異常な光景に知能の低いゴブリンでさえ死の恐怖を感じて動けなくなっているようだ。
「グギギギギ。もうよいわ! ワシが出る!」
シュラウドは二メートル程ある巨大なこん棒を俺に向かって振り下ろした。
「なるほど、筋肉が肥大するとかは起きずに純粋に力だけがあがるのか」
俺はシュラウドの巨大なこん棒を新聞紙でできた剣を掴むように左手で軽く受け止めた。
「グギギ。たかが亜人風情がぁぁぁぁぁ!」
振り下ろしたこん棒で攻撃するために、シュラウドはこん棒を上げようとするがピクリとも動かない。
「握力も問題なさそうだな」
左手でこん棒を握った俺はシュラウドには目もくれず自分の
「グギギギ! カースト最底辺の亜人ごときにワシが力負けするだと!」
シュラウドがどれだけ力を入れてもこん棒が動く気配はない。
仕方がないことだ、力の差ってやつだ。
「ああ、ごめんな。どんな風に力が上がったのか確認したくてな」
俺が力を抜くとシュラウドはこん棒を振り上げ
「死にさらせやぁぁぁ!
「1Sを使おうと思っていたが必要ないな」
俺が右手でこん棒を軽く振るうとシュラウドのこん棒を持っていた手が腕ごと吹き飛んだ。
「グギィィィ! 貴様ぁぁぁ! 亜人のくせに! 亜人のくせにぃぃぃぃ!」
シュラウドは吹き飛ばされた腕がついていた部分に、ギュッと力を入れ血が噴き出すのを止めた。
「知能が低いのに止血の概念があるのか。まぁそれだけじゃまるで意味が無い。工場でもそうだが怪我をしたらまず消毒しないと細菌感染するぞ」
俺はアキオの時に釘で怪我をして消毒しないまま放っておいて、大変な目にあった同僚を思い出しながらもう一度こん棒を振るうと、シュラウドの残っていたもう一本の腕も吹き飛んだ。
「グギギギギ……降参だ……もうやめてくれ」
上げる手がなくなったシュラウドは両膝を地面につけて降参を宣言したが、まるで何事もなかったかのように俺がもう一度こん棒を振るうと今度は右足が吹き飛んだ。
右足が吹き飛んだ事によりシュラウドは態勢を崩し地面に顔面をぶつけた。
「お願いです、お願いです。助けてください亜人様……これからゴブリン族は亜人様の手足となって働きます……どうか命だけはお助けく――」
グシャっという音と共にシュラウドの頭部がこん棒によって潰れた。
「亜人にした仕打ちを考えれば……生かしておく価値はない。それにお前達を部下にした所で工数が割に合わない」
一部始終を見ていたエポナが俺の元へと歩いてきた。
「――あなたは一体? もしかして神話に出てくる魔人様?」
「言わなかったか? ジン・シュタイン・ベルフだ」
蜘蛛の子を散らしたかの様に逃げ惑うゴブリン達を俺はエポナと二人で掃討したこの日、カースト最底辺はゴブリン族となった
村を救った俺はエポナから魔族の現状を聞き、魔王になる事を決意する。
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