工場作業員の俺が転生をして魔王になってみたら、配下が勇者達と手を組んで俺に罠をかけ、ただの人間に転生させられたので工場作業員のスキルを使って、とりあえず全員に復讐するわ～今さら助けてと言ってももう遅い

第2話 ゴブリン

　声が聞こえた方へ走ってるけど重力を感じさせない程に体が軽く、走る速度も桁違いに速くなっている。

　例えるなら自転車から単車に乗り物を変えたのかというぐらいには速い。

「これが異世界、ワクワクが止まらないなぁ」

　今の筋力はどれくらいだろうか。魔物ぐらいなら一撃で倒せる力を持っているんだろうか。そんな事を考えながら走っていると前方に大量の影が確認できた。

　どうやら大量の影が一つの影を取り囲んでいるようだ。影に近づくにつれそのシルエットがはっきりとしてきた。

「作業基準書、あれはなんなんだ？」

　月明かりが助勢し見えた大量の影の正体は作業基準書が言うには魔族の小鬼ゴブリンという種族らしい。

　とがった耳が左右についており肌は緑色。腰巻のような物を下半身に着用しているが上半身にはなにも着用していない。

　丸見えになっている上半身は筋骨隆々で、その太い腕にはスパイクがついたこん棒が握られている。

　鋭く歪んだ牙が月明かりで光り、人間の肉を簡単に噛みちぎりそうだ。

　もう一つの影は両膝を地面につけていて、どうやら俺と同じ種族の亜人で性別は女性……だよな？

　人の目を釘付けにするような鮮やかな青色の髪をしており、前髪は二つに分け後ろの長く伸びた髪はポニーテールのようにくくりあげられ、その髪は腰元まで伸びておりその腰の横にはレイピアの様なものがぶら下がっている。

　いや、そんな事はどうでもいい。あれは……猫耳じゃないか！　

　さっき聞こえた悲鳴は猫耳の彼女のものだろう。だったらやることは一つだ、俺は距離を詰め猫耳の亜人の前に立ち、走りながら考えていたセリフを言い放つ。

「これ以上彼女に近づくというのなら自分が相手になってやる」

　死ぬまでに一度やりたかった事の一つだ、悪漢から女性を守るシチュエーションに浸っていた俺だが猫耳の亜人の力強く凛とした声によって現実へと引き戻された。

「亜人？　死にたくなければ今すぐこの場から離れなさっ――」

　猫耳の亜人はブルーサファイアの様に青く澄んだ目で、まっすぐ俺を見つめながらこの場から離れなさいと言おうとしていたが、猫耳の亜人は俺の顔を見て固まってしまった。

「固まっている場合じゃないんじゃないかな。ほら、くるぞ！」

　ゴブリンたちはこん棒を振り上げ、おたけびを上げながら一斉に俺と猫耳の亜人に向って突撃してきたが、猫耳の亜人はまだ固まっている。

「ゴブリン達が襲いかかって来ているのに。――ほら、立てるか？」

　この異世界では最高位の特異能力（スキル）を持っている俺は、ゴブリン達が突撃してきているのにも関わらず、平然とした態度で猫耳の亜人に手を差し出した。

「えっと……その……」

　口どもりながら猫耳の亜人は俺の目を見ずに、差し出された手を掴んで立ち上がった。

「2Ｓ！　安全（safe）エリア《area》」

　一指し指でなにも無い空間を2Ｓとなぞると、俺達の周りを囲むようにしてシールドが展開された。

　安全エリアは俺が危険と判断したものを、一切寄せ付けない絶対無敵シールドだ。

　押し寄せてくるゴブリン達は悉くシールドに弾かれ立ち往生していた。

「まぁこんな所だな。作業基準書、今の状況での最適な処理方法は？　ついでにゴブリンの能力（ステータス）の確認を頼む」

「担当者様のスキルのおかげで、異世界の魔法が全て使えます。ゴブリンの弱点は炎魔法なので、それで倒すのがいいでしょう。現在のＭＰで使用できる最大の炎魔法は楕円逆巻く火炎（サークレットファイア）となりますがゴブリン達の一掃が可能です。ゴブリンのステータスをご確認頂けます様、宜しくお願い致します」

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　ゴブリン　Level:8　ゴブリン種

　Hp:70

　Mp:0

　Atk:12

　Def:4

　Int:1

　Res:2

　Dex:5

　Agl:3

　Luk:2

　使用可能特異能力

　無し

　使用可能上級特異能力

　無し

　総合評価G-

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「ヨシ！　いける！　炎で踊り狂えゴブリンども！　楕円逆巻く火炎（サークレットファイア）」

　猫耳の亜人と繋いでいた手を離しサークレットファイアを唱えると、シールドの外のゴブリン達の足元に炎が出現し、その炎は円形に広がり瞬く間にゴブリン達を飲み込んでいった。

　炎が消えた跡には燃えカス一つ残っていなかった。

「すごい……」

　頬を少し紅潮させながら猫耳の亜人は感嘆の息を漏らした。

「ヨシ、作業完了っと。いや、まだ確認が終わっていないな。特異能力（スキル）！　安全確認!」

　安全確認を発動させて半径百メートル以内に敵がいない事を確認した。

　前の世界では女性と話すのはレジ打ちの人ぐらいだったが、今の俺はいわゆるハイになっているので人見知りを発動する事なく猫耳の亜人に話しかけてみた。

「とりあえずヨシだな。さてと、いきなりだけど君の名前は？　聞きたいことがいくつかあるけど君では少し呼びにくいから名前を教えて欲しい」

　猫耳の亜人は俺と目を合わせない様に、ななめ下を向いたままだが先ほどまでのおどおどした態度ではなく力強く答えた。

「私はエポナ・ルール。見ての通り、亜人族の一員よ。助けてくれて、本当にありがとう」

　目も合わさずお礼を言うのが異世界では常識なのか？　いくら異世界だとしてもおはようございます、ありがとうございます、失礼します、すみませんのオアシスぐらいできても良いだろうと思いながら俺はエポナに質問をした。

「さっきのゴブリン達は？　エポナは一体どこから来た？　それとなぜ目を見て話さないのかな？」

　俺の問いかけに少し困った様な雰囲気を出しながら、エポナが答えるがまだ目を合わそうとはしない。

「さっきのゴブリンたちは、この森で狩りをしているときに突然現れたの。あまりに急だったから悲鳴を上げちゃったけど、おかげで命が助かったわ」

　おいおい、どうしてまだ目を合わしてくれないんだ。そんなに俺の容姿がおかしいんだろうか？　そんなことを考えつつエポナの話の続きを聞く。

「私は亜人族の村からここまで来たの。族長である私が亜人族で一番強いから、単独での狩りが許されているけどあの数に囲まれてはどうしようもなかった。あなた程の強者が近くにいてくれた事に感謝するしかないわね。本当にありがとう」

　エポナは深く頭を下げた。

「それと目を合わさない理由だけど……。やっぱり言わなきゃダメだよね？」

　エポナは頭を下げたままそう言ったが、俺は静かな声で言わなきゃダメと答えた。

「その――こんなに美しい顔立ちをした亜人を見たのが初めてでっていうか格好良すぎて目を直視できなくて目を見て話さないのは失礼なのは分かっているけど目を見てるだけで胸が変になりそうで……」

　堰を切ったように激しくまくし立てられ困惑していると、エポナは頬をさらに紅潮させて黙ってしまった。

　外見を褒められたんだよな？　え、外見ってほめられたらどう返すのが正解なんだ？　俺はなんと言葉を返せばいいのか分からなかった。

　はっきりと分かったのは敵意ではなく好意が向けられているという事だ。

　異世界ライフ初めてのイベントで美少女を魔物から救うという王道な展開。

　さらに助けた美少女は自分に好意を向けている。こんな時自分が見てきたアニメの主人公ならどう言葉を返すのか考え、思いついた言葉を俺は口にした。

「下を向いていたら綺麗な青色の瞳が見えないだろ。顔を上げてくれないか？」

　前の世界では一生言う機会がなかったであろう臭いセリフを俺は自信満々で言い放った。こんなセリフが言える時がくるなんて……異世界最高！

　異世界での俺はもう以前の西島アキオじゃない。以前の世界では村人Ｘくらいのモブキャラが、物語の主人公にクラスアップしたと考えれば分かりやすいだろう。

　俺が顔を上げてくれないかと言ってから十秒ほど経過したが、エポナは依然として下を向いたまま動かない。

「エポナ？」

　下を向いたまま動かないエポナの顔を下から覗き込むようにして確認すると、どうやらエポナは立ったまま気絶しているようだった。

「――怪我でもしていたのか？　良く分からないけど、とりあえず修復（リペア）」

　右腕をエポナにかざし修復（リペア）を唱えると、ハッという声と共にエポナが頭を上げた。

「そんな綺麗だなんて……貴方の全ての存在を淘汰するような鋭い銀色の瞳には敵わないわ」

　気絶から目を覚ましたエポナは気絶していた事に気がついていないようだった。

　目が覚めたエポナは先ほどまでのうろたえた様子ではなく落ち着きを取り戻していた。さっきの修復（リペア）がエポナの精神にも作用したのか？

「やっと目を見て話してくれたか。それで亜人族の村って？　良かったら行ってみたいんだが」

「亜人族の村はここからそう遠くはない場所にあるの。助けてくれたお礼もしたいし村に案内するわ。貴方は転生したてだろうから歩きながら色々教えてあげる」

　なぜ転生したてだとエポナに分かったのだろうかと考えたが、近くに亜人族の村があってそこの村長が見た事の無い亜人をみたら、そう判断するのが普通かと思いエポナに聞き返す事はしなかった。

「その前に私も聞きたいことがあるんだけど。あなたの名前は？」

「俺の名前は西嶋アキ――」

　自分のフルネームを名乗ろうとした俺は途中で口を閉ざした。

　自分の名前は西嶋アキオなのは間違いないが、本当にそう名乗っていいのだろうか？

　西嶋アキオという人間は前の世界で死亡した。今、異世界に転生した自分は西嶋アキオなのだろうか？　魔法も使えるし特異能力だって使う事が出来る。魔物から女性を救い好意だって向けられる存在だ。西嶋アキオはなんの才能もないただの凡人だが今の俺は決して凡人ではない。

　西嶋アキオはここで生まれ変わるんだ。そう決意した時、前の世界でＢＤも全巻買い揃え、パチンコが出たら並んででも打ちに行くほどに、ドはまりしていた異世界転生のアニメの主人公の名前が脳裏をよぎった。

「俺の名前はジン・シュタイン・ベルフ。そうだな、ジンでいいよ」

　アキオは死にジン・シュタイン・ベルフという亜人が誕生した瞬間だ。

「そう、ジンというのね。よろしくねジン。では行きましょうか」

　俺はエポナと話をしながら亜人族の村へと向かった。

　向かう最中にエポナから色々な話を聞かせてもらった。

　魔族はカースト制度に似た制度を用いているらしく、亜人はカーストの一番底辺でカースト毎に仕事が割り与えられているという事だ。

　生まれによって仕事が決まるなんて、馬鹿らしいなと考えていた俺の鼻孔を肉が焼けたような匂いがくすぐってきた。

「あの方角は――大変！　村が燃えているわ！」

　俺とエポナは火の手が上がる村へ急いだ。