第7話

「こ・・・怖い?」

言葉の意味が頭に入ってこないまま、私はテオちゃんの言葉を繰り返した。

「・・・はい。」

「・・・ジュリア、貴方も私の笑顔が怖いと思う?」

今度はジュリアに聞いた。

「・・・。」

ジュリアは返事をする代わりにスッとポケットから自分の手鏡を差し出してきた。

・・・私に確認しろって事?私はジュリアの意を汲み取り、手鏡を受け取った。


もう~テオちゃんが大げさに言ってるだけでしょ~。ヴィオレッタちゃんの笑った顔が可愛いから照れちゃって~もう~、可愛いんだから。


パっ!

ジュリアから受け取った手鏡を勢いよく自分に向けた。

そこに写っているのは、日頃私が目にしている、誰よりもよく知っているヴィオレッタちゃんではなく、人をめった刺しにして残酷に殺してきたであろう、連続殺人犯が写っていた。

・・・。

私は何も発することなく、スッとジュリアに手鏡を返した。

ジュリアは黙ってそれを受け取る。


しばらく、言いようのない無言の時間が続いた。

「・・・ジュリア、その鏡壊れているわよ。」

「はい!すいません!!」

ジュリアは勢いよく謝り、その場にふれ伏した。

「ジュリアは悪くないよ!姉上!現実を受け入れて!」

ジュリアを庇いつつテオちゃんは私に向かって必死に叫んだ。


未だ放心状態の私は、声を振り絞った。

「・・・現実?」

さっきの鏡に写った顔がヴィオレッタちゃんだと言うの?あの、彫刻で掘ったのではないかというくらい目鼻立ちが整い、いつも凛々しく、神々しい美しさを放っている、あの、ヴィオレッタちゃんの顔・・・だったの?

「姉上は、常に高貴であれと言われ、表情を顔に出すべきではないという教育を厳しく受けてきました。その為、あまり笑われる機会がなかったので・・・。」

「だからうまく笑えない?」

「・・・おそらく。」

テオちゃんは、苦虫を噛み潰したように顔を思いっきり歪めた。


先ほどから笑顔のパワーを力説してきていた私にとって、まさに、この笑顔は死活問題!もっとハツラツと愛らしく、全ての者を惹きつけ、大気中に舞っているプラスエネルギーを全て我が物にせんとする、その笑顔が・・・。


はっ!

フィーは?フィーはヴィオレッタちゃんのこの笑顔の事を知っているの?知っていて私を好きと言ってくれているの?

私は藁をもすがる気持ちでフィーに問いかけた。

「フィーは・・・フィーは私の笑顔についてどう思っているの?」

「ん?私?」

フィーは目をクリクリさせ、優しく聞き返した。

コクン。私は重々しくしっかりと頷いた。

「私はどんな王女様も魅力的だと思っていますよ。不器用な王女様も可愛いですよね。」

フィーは何でもないように爽やかに応えてはいるけど、明らかに動揺しているようだった。現に、どこか遠くを見つめている。


どこを見ているのぉ~?そこに私はいないわよぉ~。ここよぉ~、私はここにいるわぁ~。


はっ!

愛!?これが愛なの!?フィー、貴方、底が知れないわ!そんなに心が広いなんて!

ヴィオレッタちゃん!あなた、こんな人に好かれてるなんて、幸せ者よぉ~。

感動で目がうるってしちゃったわ。

でも・・・まずは現実問題に向き合うべよ~、そうよ~。


そぅ!一週間後、ヴィオレッタちゃんが管理している孤児院に行く予定だ。

当然、この笑顔で孤児院に行けば、子供達は泣き叫びながら私から逃げ狂うだろう。


カオス!!

ありえないわよそんなことぉ~。


「今日から笑顔の特訓をします!」

私はスクッと真っすぐ立って宣言した。

「孤児院に行くまでの一週間で、お花が綻ぶような笑顔の習得を目指すわ。ジュリア、貴方は今日から私の侍女に任命します。この特訓に付き合いなさい。」

どうせ、このままテオちゃんの宮の掃除係をしていても、他の侍女からいじめられるのは必至。何も変わらない。それだったら、私の担当侍女になった方がまだマシというものだろう。

それに、さっきのユーモア溢れる返しを見るに、中々頭の回転が速そうだ。そして、侍女三人組に言いがかりをつけられている時も、はっきりと言い返した。決して弱弱しいだけの令嬢ではなさそうな所にも好感が持てる。


私、テオちゃん、フィーの三人は私の部屋に向けて歩き始めた。当然ジュリアも後からついて来るものだと思っていた。

でも、ジュリアは私の思いとは違ったようだった。

「私は、王女様付きの侍女にはなれません!!」

私達は驚いて、振り返った。


ジュリアは足を肩幅に広げ踏ん張り、目を目一杯ギュッとつぶっていた。

私は、窺うように聞いた。

「・・・どうして?」

「わ、私は、さっきの三人が言っていたように、美人ではありません。家も借金を抱えてしまい力があるわけではありません。王女様のお傍に居るにはあまりにも不適合です。私がつけば、逆に王女様が笑い者にされてしまいます。ですから、私には無理です。」

私、テオちゃん、フィーはそれぞれお互いを見やった。

私はツカツカと前に出て、唐突にジュリアの顎を掴み、持ち上げた。

顔を持ち上げられたジュリアは驚いた表情をしていた。

私はお構いなしに顎を左右上下に動かし、ジュリアの顔を観察する。


・・・確かに、ストレスのせいなのかなんなのかは分からないけど、顔じゅうに吹き出物がある。ついでに毛穴も開ききっている。若干まつ毛も短め。

でもだからどうしたって言うの?誰もブサイクだなんて決めつける事は出来ない。

きちんとしたスキンケアをして、吹き出物をなくせば、ジュリアはもっと可愛くなる。


・・・。

「やっぱりジュリア、私の元に来なさい。」

「え?」

ジュリアは困惑した表情を浮かべた。

「美人かどうかは他人が決める事じゃないの、私が決める事。ジュリア、大丈夫。貴方は美しくなる。」

真っすぐに力強くジュリアを見つめて、最後はエレガントに、ささやく。

「ジュリア、私についてきなさい。」

小指から順に指を畳んで、ジュリアの顎を撫でた。

「・・・はい。」

うっとりとした表情を浮かべたジュリアは、素直に頷いた。


まずはジュリアのスキンケアレッスンからよぉ~。


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