第6話

内心、可憐なスキップを踏みながら嬉々として駆け付けたい野次馬根性を律して、王女らしく、私はテオちゃんの手を引いて厳かにその場に向かった。


丁度間に合ったと言うべきか、現場はまさに、問題が起こっている途中だった。

目鼻立ちが整った侍女三人が、一人の侍女に言いがかりをつけている所で、三人グループの中の一人が、わざとバケツにぶつかって中に入っている水を床にぶちまけた。

「ジュリア、キチンんと掃除してくれないと困るじゃない。バケツの水が零れてるわよ。」

「それ、私じゃない・・・。」

ジュリアと呼ばれた侍女は、俯いておどおどしながら説明しようとしたが、先ほどとは違う侍女が話を遮った。

「なあに!?聞こえない!もっとはっきり話してくれる?」

「そ、それ!私じゃない!」

意を決したようにジュリアは大きな声で話した。が、性悪な三人はそれで許すはずもなかった。

「ちゃんと話せるんじゃない。でもなあに?私達がやったっていうの?変な言い掛かりやめてくれる?」

「貴方は!私達と違って、家が貧しくて働かないとどうしても食べていけないから、ここにいるんでしょ?」

「可哀そうよね~。その見た目じゃあ、貴方を好きになってくれる人を探すのも難しいでしょうに。」

「ほんと、ほんと。貴方と結婚してくれるって人がいたらぜひ、見てみたいわ。」

「貴方と同じでブサイクよ、きっと。」


ゲラゲラと品がなく笑う侍女三人組。


確かに。王宮で働く侍女達の事情は十人十色。

王族専属の侍女になる事で箔をつけたい人、将来の相手を見つけたい人、お家の事情でやむを得ず働く人、など人それぞれだ。


あぁ~最も私が忌み嫌う低レベルで下品な場面に出くわしてしまったわぁ。

こんなものをテオちゃんに見せるなんて、貴方達、覚悟はできてるんでしょうね~。


「どうしたのですか?貴方達の声がテオンハルトの部屋にまで届いていましたよ。」

私は背筋をスッと伸ばし、気品漂う雰囲気で侍女達を見据えた。


そぅ!イメージはまさに、オーラでこの場を威圧する最強の王女!

徹底した王族教育を受けてきたヴィオレッタちゃんならできるのよぉ~。


「ヴィオレッタ様!」

侍女達は慌てて廊下の端に控え頭を下げた。

「それで?誰か私に状況を説明してくれる?」

「恐れながら・・・。」

説明しようとしていたジュリアを遮っていちゃもんを付けていた侍女が説明を始めた。

「最近働き始めたジュリアが、まだ仕事に慣れていないようだったので、きちんと仕事をするように注意していました。」

「王女様ならびに王子様には、私達のせいでお見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ございません。」

バケツを蹴った侍女が殊勝にも前に出て頭を下げて謝った。


なるほどね~。そこまでおバカなわけではないって事ね。でも醜さは変わらないわ。


「そう?何も見ていなかったらそうなのかもしれないわね。だけど、貴方達がそこのジュリアにブサイクだの貧乏だの汚い言葉で罵っていた事を私は知っています。わざとバケツを蹴って、私達が歩く廊下を汚したこともね。貴方達は私達を馬鹿にしているの?」

ギロッと侍女達を見れば三人ともビクッと肩を震わせた。

そして一歩彼女達に近づき、顔を一人一人眺めていく。


「貴方達三人に人の容姿をとやかく言う権利があるのかしら?確かに、貴方達のお顔のパーツは一つ一つ整っているかもしれないわね。だけど、心が、まぁ~大事な心が!ブサイクだからもう~全体的に取り返しがつかないほどブサイクになってるわよ~。人はね、内面の心が、性格が、表に現れるの。貴方達の表情や雰囲気、仕草なんかにね。その一つ一つが貴方自身を形成していく。

そんな貴方達に人をとやかく言う資格はない!!

それに、貴方。物理的にも問題よ!化粧でうまくごまかしているみたいだけど、私の目は誤魔化されないわよ~。」

私は侍女の顔をジトーっと至近距離で見つめる。

侍女の顔に恐怖の色が広がり、ゴクっと喉が鳴った。

「貴方、肌に吹き出物が出来てるでしょ。肌の乱れは心の乱れ。人をブサイクだのなんだと言う前に、自分の肌を整えなさい!

罰としてこれからは洗濯とトイレ掃除を担当しなさい!最も大変な仕事と最も汚い所を掃除する事で、己を磨き、心を正しなさい!

侍女長には私から伝えておきます。分かったならさっさと行きなさい!」

「はい!」

侍女三人は走ってこの場から去った。


どう?私のこの見事な裁きは?水戸黄門様もびっくりでしょ~、そうよぉ~。


それはそうと・・・。私は未だ頭を下げ続けているジュリアに目を向けた。

「ジュリア・・・でしたか。大変な目に合いましたね、大丈夫ですか?」

私は慈悲深い王女になりきって優しく微笑みかけた。


そうよぉ~。ここでヴィオレッタちゃんの聖女のような優しさを発揮しないで、いつ発揮するの~。


それはそうと、ジュリアはなんで私を見て固まっているのかしら?

え~、私の神々しさに当てられてる感じ?もぉ~仕方ないわね~。今日だけよぉ~。

より笑みを深めて笑いかける私に、ジュリアはジリッと後ずさりした。

その事に気づかない私は笑みを絶やさず、ジュリアを見つめる。


「あ、姉上・・・。」

テオちゃんがためらいがちに私の服をつまんで、ちょんちょんとひっぱる。

「どうしたの?テオちゃん。」

私はテオちゃんに向き直った。

「あ、あの、と、とても言いにくい事なんですが・・・。」

テオちゃんは言いにくそうに目を上下左右に泳がせながら続けた。

「じ、実は、姉上の笑顔はとても・・・。」

とても?私は目を大きく開け、首をコテンと傾けて話の続きを待った。

「怖いのです!」

ピシャッ。


テオちゃんの言葉と共にその場が優に十秒は停止しただろう。

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