第2話

王命により、私とクソ男の婚約は晴れて解消された。

そして父の戦略のせいなのか、二人の真実の愛を邪魔する悪役だった嫌われ者の私は、浮気をされひどく傷ついた可哀そうな王女として人々の同情を集めはじめていた。


風向きが変わりつつあるそんな中、フォレスタ王国の建国記念パーティーが今夜開かれる。


私の腕の見せ所よぉ~。


そぅ!前世の私は国内外で活躍していた、超!一流のヘア&メイクアップアーティスト。数々のショーに出演し、手掛けた女優、モデル、アーティストは数知れず。最近は雑誌、本に加えSNSなどでも活躍の幅を広げていた。

私の目標、「美で人々の心を癒し、世の中を美しく平和にする」という実現へ向けての歩みを力強く踏んでいる途中だった。


それなのになぜぇ~?神様はどうして私を異世界に飛ばしてきたの~?


でもどこの世界にいても私が目指すところは変わらない。むしろヴィオレッタちゃんになった今、地位と権力は手に入っているようなもの。前の世界より実現しやすくなったはずだ。

だから、私にとって今日が一番の頑張り時。この舞踏会を成功させる事で、あのクソ男を負かし、私の地位を盤石の物にする。

さて、と。今日のメイクはどうしようかしら。念入りなケアを終わらした私は、鏡の前の自分と向き合う。

この世界のメイク道具は、前世とほぼ変わらない。文明は何十年と遅れているくせに、これだけはしっかりしているなんて、変な世界よね~。まっ逆に私にとってはありがたいのだけれど。


今日のドレスは、建国にちなんで王族の繁栄を表す黄金のドレスとなっている。

ヴィオレッタちゃんの赤茶色の髪に合うようにちょっとオレンジ色よりの金色になっているの。


今日は絶対に負けられない戦いなのよぉ~。王女として、のちの女王として威厳と品格を表す必要があるの。前の侍女だったら分かりやすくゴールドなんかを持ってきてやってたんでしょうけど、ナンセンスよぉ~。

品は表現するものではないの、内側から滲み出てくるものなの。この内なる美しさをメイクによって具現化する。


あのクソ男をはじめとする周囲から、優れたところが何一つない普通の王女と言われ続けてきたヴィオレッタちゃん。だけど、貴方はそれらの誹謗中傷に耐え、その上、マナーや教養、乗馬や武術・・・等想像をはるかに超えた厳しい王家の英才教育を受け、それにも関わらず更なる自己研鑽を積んで己を磨いてきた。

貴方は素晴らしい女性よ。何も持たない普通の王女ではないの。今こそ貴方のその美しさ、私が引き出してあげるわ~。


はい、そのために~。

化粧下地をポンポンポン。ファンデーションをトントントン。パウダーファンデをスッスッスッ。

潤いと光を纏ったベースメイクを施し、素敵な立体感をだしてツヤ肌に仕上げていく。


美しいわぁ~さすがよぉ~。


アイシャドウは、控えめに輝き重視で明るめのオレンジを入れていく。

婚約を解消し、新しいヴィオレッタちゃんをこの国の貴族に披露する必要がある。だから今までのどキツイ派手なメイクは、今日はご法度よ~そうよぉ~。


そして一番大事なアイブロウ。私の性格、人生全てが表現されるパーツ。

私は一本一本丁寧に眉毛を描いていく。


リップはやはり高貴さを表すレッド。奇抜な赤ではなく、上品でありながら年相応の愛らしさを表現できる色味を選び、最後の仕上げとして塗っていく。

侍女に指示して髪型も整えて・・・ついに完成よぉ~。


決して派手ではないけれどもドレスのゴールドに負けない、凛とした美しさの中にある上品さや豪華さがふんだんに溢れかえっている。

後ろに控える侍女がうっとりとした目で私を見つめ、感嘆している。


そうよぉ~、凄いでしょ~。これがヴィオレッタちゃんの素晴らしさなのよ。そしてそれを引き出せる私、最強でしょぉ~。


私は、驚嘆して顎が外れそうなくらい大きく口を開けていた父のエスコートで会場内に入った。

以前と変わった私を驚きと羨望の眼差しで見つめる貴族の視線を一身に集めながら、堂々とレッドカーペットを歩き、王の隣に座った。


王の挨拶で始まった舞踏会は、中盤に差し掛かったところで事は起きた。

頭ちんちくりんの男爵令嬢、カトリーヌがあえて私にぶつかり自分で持っていた赤ワインが入ったワイングラスを自分で自分にひっくり返すという、ありがちな展開を作ってくれた。


そしてこれまたありがちな言い回し。

「ヴィオレッタ様・・・いくら私が嫌いだからと言って、王が主催するパーティーでこんな事をするなんてひどいですー。」

頭ちんちくりん男爵令嬢は目に涙をいっぱいためてギュッとドレスを握りしめて、可憐な少女を演出し始めた。


きたわよ~。カンカンカン!戦いのゴングが今なっちゃったわよぉ~。


「カトリーヌ!どうしたんだ!?」

そんな可愛い彼女を守らなくちゃいけないクソ男は、まるで自分が物語のヒーローかのように登場してきた。

騒ぎを聞きつけた会場にいる全ての貴族の目が私達に向いている。お父様も、そしてサラバン大公も遠くでこちらの事の次第を見守っている。


これで全て役者はそろったという事ね。

何ていう好機なの~。これで今までとは違う私を皆様に実感してもらえるわ~。

そぅ!変わったのは見た目だけじゃないのよ~。中身も変わっているのぉ~、当然なんだけどね~うふふふ。


「ヴィオレッタ様が・・・私にわざとぶつかってきて・・・アレックス様から買ってもらったドレスに赤ワインが・・・。」

頭ちんちくりん男爵令嬢は、ためていた涙をポロポロとこぼしながらか弱く話し始めた。

「なんてことだカトリーヌ!ドレスなんてどうでもいいんだ、また買えばいい!何よりも君が無事だった事が大事なんだ!」

ギュッと抱きしめ悲壮感たっぷりに話すクソ男。

この二人の劇に周りの貴族令嬢の皆さんはうっとりと見つめている。


とんだ茶番ねぇ~。


「ヴィオレッタ!もう君との婚約は解消している!カトリーヌは関係ないはずだ!今回の件は、婚約者という君がいながら、可憐で可愛らしいカトリーヌを愛してしまった私の未熟さから出てしまったもので、私の責任だ!弱い立場の人間を攻撃するのではなく、私にしたらどうなんだ!!君はそれでも時期女王としての自覚はあるのか!?」


あらぁ?考えたわね~。自分の有責を認める事で最近の自分達への世論への批判を緩和し、弱いものをいじめる私に責任を転換し、自分の浮気を正当化しようとしている。そして私が次期女王としての器じゃないと示し、陥れようとしている。ふふふ、面白いわね~。


先ほどうっとりとしてこのおバカ二人を見つめていた貴族令嬢やサラバン側の人間は、今度は冷たい目で私を射抜き、それ以外の周りの貴族は私を品定めするかの如くじっと様子をうかがい見つめている。窮地に落とされそうな私をニヤニヤと楽しんでいる者もいる。


ほんととんだ醜悪ばかりね、ここは。

品が溢れるファンタビュラスな今日の私が、あんた達に負けるとでも?

私はパッと口元に扇を広げ、深くゆっくりと弧を描き心の中で笑い飛ばした。


ピシャ。勢いよく扇を畳むと私は反撃を開始した。

「ひどい言いがかりをするのね。今回の婚約解消は私たっての希望で成り立ったことをご存じでしょう?私は、貴方から解放された事でより自由に、そしてよりゴージャスになったの。見ればわかるでしょ?私は貴方に感謝しているわ。

貴方が私に「平凡で何もとりえのない君は女王にはふさわしくない。私のような素晴らしい人間が婚約者であるから、君の将来が約束されるんだ。だからせめて、私に恥ずかしくない婚約者でいるように努力してくれ」ってずっと言ってくれてたでしょ?

純粋で素直だった私はその言葉通り、自分自身を磨き、努力してきた。

今日、この、私の姿は、決して表面だけでは得られない、あのひどく辛い日々を耐えたからこそ得られた内面からの美しさが、私をより豪華に美しく引き立たせてくれているの。

貴方から解放される事で、今日より私は王女として、いえ、一人の人間としても開花する事が出来た。これからは自由にどんな事にでも羽ばたいていけるでしょう。ですから、どうか、私に構うことなきようお願い致します。

そして、カトリーヌ様と二人、静かに美しい愛を育んでいくことを願っていますわ。」

最後に私は王族として、周りから「はあぁぁ」と感嘆の声が上がるほどの綺麗な礼をして見せ、その場を去った。


ふ、ふ、ふ、勝負あったわね~。


その後、私の評価は一変し、貴族だけでなく国民からの支持もぐんぐん伸ばしていった。

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