ジェンダーレスな美容家が王女に転生しちまった

minare

第1話

「はい!終わったわよぉ~。どお?綺麗でしょ~、私がメイクしたんだから当然よぉ~。だから自信もって歩いてきなさい。大丈夫よぉ~。」

私は初ランナウェイを控えて緊張した面持ちのモデルを安心させるように笑顔を向け、優しく肩を叩いて送り出した。

「さぁ、次いくわよぉ~。」

モデルを送り出し次のモデルのメイクに向かおうと振り返ったところで、私の視界は暗闇に包まれた。


「ヴィオレッタ!君はまたカトリーヌに嫌がらせをしたそうじゃないか!!カトリーヌに嫌がらせをしたところで、私の気持ちは手に入らないと何度言えば分かるんだ!!君のような醜悪な人間がいずれこの国を治める立場になるとは・・・。考えられない!!」


・・・ここはいったいどこかしら・・・。

漫画とかで出てきそうなストレートヘアの黒髪イケメンが、鮮やかな金髪の華奢で小柄な可愛らしい、これまた何かの漫画のヒロインにでも出てきそうな女の子の肩を抱いて、こっちを睨みつけている。

因みに女の子は今でも泣きそうな顔をしている。


・・・この人たちは一体誰かしら・・・。

私が疑問に思ったのと同時に、頭の中に無数の情報が流れてきた。


私の名前は、ヴィオレッタ・フォレフィノ。

フォレスタ王国の王女であり、次期女王の座に就くこの国で最も高貴な女性。

そんな女性を罵倒するこのバカ男は、大公家の嫡男でありヴィオレッタの婚約者でもあるアレックス・サラバン。

ヴィオレッタの婚約者であるはずのアレックスの隣にさも当然のように居座っているこの女は、カトリーヌ・ロゼッタ男爵令嬢。

なんでも、この二人は身分差を乗り越えた真実の愛によって結ばれており、私ヴィオレッタはそんな二人の邪魔をする悪役令嬢として貴族だけではなく、平民からも白い目で見られ、嫌われていた。


なんてことー、冗談じゃないわよ!なんで浮気男じゃなくて、私が責められないといけないのぉ~!

そもそも嫌がらせってなんの話しかしら~。身に覚えがないのに、ありえないわよぉ~。


完全に情報をコンプリートした私は(私の高い順応力に惚れ惚れするわね)、目の前の二人に向き直った。

「心配しなくても、貴方の気持ちを私に向けてほしいとも思ってないし、結婚するつもりもないから。大丈夫よぉ~、今からお父様に貴方との婚約を解消するようにお願いしてくるわ~!!」

私はクルっと回って二人に背を向け、軽やかに右手を振りながらスキップでこの場を去った。

「ちょっ、ヴィオレッタ!どういう事だ!ちゃんと説明しろ!!」

アレックスは慌てたように私の後ろ姿に向かって声をかけた。

バカ男の焦った声が聞えた気がするけど、気のせいよね~。

私は振り返らずそのままルンルン気分でヴィオレッタの父の元に向かった。


私は父の執務室に入るや否や、単刀直入にお願いをした。

「お父様、お話があります。私、ヴィオレッタ・フォレフィノはアレックス・サラバンとの婚約を解消したいと思います。ぜひ、許可をお願い致します。」

明るい赤い短髪に無骨そうな顔。どっしりとした体格に堂々とした太い眉は、威厳ある王の貫録を更に引き立たせていた。

前世の私と同じくらいの年のはずなのに、その風格は流石だわぁ~。

見とれる私を余所に、王は眼光鋭く私を射抜いた。


「うむ。だが、アレックスとの婚約を解消するとなると、お前はこれからいばらの道を歩まなければならなくなる。覚悟はあるか。」


父である王の問いに私は一度目を閉じ、情報を整理する。

アレックスとの婚約は愛し合ってではなく、政略的に結ばれたものだった。

父の弟にあたるアレックスの父は、所謂王弟だ。

共に優秀だった二人は王座を巡ってそれは激しく争った。武力に秀でた父を推すものと知力に秀でた弟であるサラバン大公を推す勢力は二分しており、勝敗を付けるのは難しかった。

だが神のいたずらなのかは知らないが、ある時、フォレスタ王国と隣国の間で戦が勃発した。

原因はフォレスタ王国側の平民の少女を、隣国側の人間が拉致し、残酷な姿で殺してしまったからだ。隣国の野蛮な行動に、フォレスタ王国民の感情は大きく揺さぶられ、ついに開戦にまでつながった。

当然武力に秀でている父の活躍は目覚ましく、戦の勝利と共にそのまま王の座まで上り詰めた。

だが、知力に長けていたサラバン大公も数々の戦略を立て、勝利に貢献したとして不服申し立てをしたが、その決定は覆ることはなく表舞台から姿を消した。


その後も虎視眈々と父の座を狙う大公とこれ以上の争いは避けるため、王である父は、私が生まれるのと同時にサラバン大公の息子である当時二歳だったアレックスと私の婚約を決め、和解を求めた。

私と結婚をする事で、自身が成し遂げられなかった夢を息子が叶えることが出来る。

サラバン大公はこの結婚に納得しているかの様に見えたが、実はそうでもなかった。

この婚約を利用し、私の評価を貶め王女は女王に相応しくないと世論に印象付けさせ、私を廃嫡とし、自身の息子を王へと擁立する事を企んでいる。

欲にまみれた父親同様に富と権力を我が物にしたいアレックスはそれに共鳴。私を陥れる為あの手この手を使って努力している。今回のカトリーヌとの真実の愛もその一環だ。

王女である私が、下位貴族である弱い立場の男爵令嬢をいじめている。傲慢で横暴な王女は女王になる器ではない、と印象付ける為だ。

実際に過去のヴィオレッタは男爵令嬢であるカトリーヌをいじめるような事は一切していない。だが、アレックスと結婚をして王妃になりたいカトリーヌが何かとヴィオレッタに絡んできては、ヴィオレッタからいじめられていると騒いでいるのだ。

濡れ衣を着せられるからとなるべく関わらないようにすれば、無視をされた。身分の低い者なんて虫けらと同じなんだと難癖をつけられ、反対に相手をすれば権力を笠に圧力をかけて来たと喚かれる。


だからって、なんで私があんな腐れ外道達にいい様に扱われないといけないのよ~。

ヴィオレッタちゃんは優しすぎるの!アレックスの事を愛してはいなくても、それでも家族になるのだからとあんなバカ男に歩み寄り、理解しようと努力してきた。その結果、いい様に扱われ、傷つけられ、何度裏切られても信じてあげる!その慈愛に満ちた精神はまさしく女王・・・いえ、聖女そのものよ!

なんて健気で私みたいなの!そうよぉ~私があなたを助けてあげるわぁ~。


私は目を開けると、力強く王の目を見据えた。

「覚悟は、あります!私はアレックス・サラバンとの婚約を解消し、そして、この国の発展の為に、力を尽くしたいと思います。」

「あい、分かった。その言葉肝に銘じよ!」

まっすぐな娘の言葉を受け取った父は、慈愛に満ちた優しい笑顔を向けた。


ストン。

はぁ、好き。王の笑顔は私の心臓をいとも簡単に射抜いた。


父である王のイケメンパワーを甘受した私は、肌の潤いを感じながら王宮の廊下を歩き自室へと向かった。

あんなイケメンが父親だなんてヴィオレッタちゃん、あなた最高ね~!イケメンに酔いしれた私は、そのまま鏡でヴィオレッタちゃんの顔を覗き込む。

・・・。


「キャー――――――!!何なのよ、この顔!!」

私は鏡で見た自分の顔の酷さに・・・正確にはメイクセンスのなさに思わず叫び声をあげた。

不自然なほどに釣り上げられたアイラインに、はっきりと書かれた鋭すぎるアイブロウ。そして悪役を印象付けるようなリップカラー。アイシャドウも含め、ヴィオレッタちゃんの為に選ばれたであろう色はどれも似合わないものばかりだ。

ひどすぎるわ・・・。それにこのシャドウの入れ方は何!?入れすぎよ!変な所にも入ってるし!こんな風に入れてしまったらせっかくのヴィオレッタちゃんのお顔の骨格を亡きものにしてしまっているわ。

顔の骨格を際立たせるのは、メイクの基本中の基本なのよ・・・。

ああ、何てこと。私はだれ?ここはどこ?

意識を手放しそうになる私をかろうじて現実世界に引き戻してくれたのは、私の悲鳴を聞いて慌てて駆け寄ってくる侍女達の掛け声だった。

「ヴィオレッタ様!どうされましたか!?」

クラッとする頭の上に手の甲を当て、その隙間からチラッと侍女達をのぞく。

「あんたねー私の顔をこんな風にしたのはぁ~!?」

いつもヴィオレッタちゃんにメイクをしている専属の侍女を見つけた私は首を傾け、目を大きく見開いて侍女を凝視した。


ひぃ。


一瞬侍女の悲鳴のようなものを聞いた気がするが、さすが王宮の侍女。すぐに平静を取り戻し淡々と告げた。

「このメイクは王女様たっての希望でございます。アレックス様の好みのメイクだとお話しさせていただいたところ、王女である威厳も保たれて良いと仰っていたではありませんか、もうお忘れになったのですか?」

!?

そんな恐ろしい事があったの?ああ、ダメよヴィオレッタちゃん。威厳と威圧、品のある美しさと着飾った虚像を勘違いしていたのね。

これからは私が正してあげるわぁ~そうよぉ~。


それにしても、なんでこの侍女は王女である私相手にこんなに偉そうなのかしら~。忘れたの?って、貴方があのバカ男の回し者って事くらい知っているのよ。大公家の優秀な侍女だと言って私の侍女に無理やりしたものね、あのバカ男。

このメイク、ヴィオレッタちゃんが美しくならないように嵌めたんでしょ~。

純粋なヴィオレッタちゃんの目はだませても、プロの私の目はだませないのよぉ~そうよぉ~。こんないい加減で愛のないメイク、久しぶりに見たわ~。


「ええ、はっきりと覚えているわ。でもねー私とあのバ・・・アレックスの婚約は解消される事になったの。だからもうあなたにメイクをしてもらう必要もなくなったし、貴方が私の侍女である必要もなくなったわ。明日から来なくていいわ、早く大公家に戻りなさい?」

私はまっすぐに侍女の顔を見つめ、笑顔でお別れを告げた。

今まで見下していた王女から突然のクビ宣告をされた事に腹が立ったのか、侍女は顔を真っ赤にした。

「アレックス様の頼みじゃなければ、何のとりえもない王女の面倒なんて誰が見るもんですか!!こっちから願い下げよ!!」

「あら、これが俗にいう不敬罪ってやつなのかしらぁ~。大公家の優秀な侍女と聞いていたけど、己の立場も鑑みる事ができない人間を寄こすなんて大公家も案外大した事ないのね~。本当は不敬罪で貴方をひっとらえてあげる所だけど、今回はあのバ・・・アレックスとの婚約解消祝いとして、大公家への抗議だけで済ませてあげるわ。分かったならさっさと行きなさい。」

侍女は悔しさからなのか、キッと私を睨み、走ってこの場を立ち去って行った。


・・・ふぅ。これで私をバカにすると自分の身が危ないってここにいる子達にも伝わったかしらね。


先ほどの流れた情報を加味するに、ここの侍女達は浮気バカ男と頭ちんちくりんの男爵令嬢との恋を最近流行りの身分差を乗り越えて結ばれる頭ふわふわお花畑の恋愛小説に当て嵌め、仕える主人を蔑ろにし、あの二人を応援していたのだ。

その為、陰口を叩いたり、ぞんざいな扱いをしたりと経度な嫌がらせをしていた。


お頭が足りのね~可哀そうな人達~。


当のヴィオレッタちゃんは、あの二人の邪魔をしているのは重々承知だがこれは王命の政略結婚だからどうしようもできないと深く悩み、侍女たちの嫌がらせを甘んじて受け入れていた。


そぅ!厳つくて怖いのは見た目だけで(この変なメイクのせいってのは多分にあるのだけれど)、ヴィオレッタちゃんは本当はとても純粋で優しい穏やかな女の子なの。

甘いわぁ~。だからあんなバカ男にいい様に扱われて嵌められた挙句、侍女達から舐められてしまうのよぉ~そうよぉ~。

人間は優しさだけではダメ。時には厳しさもいるの、そうよぉ~。相手に隙を見せてはいけないの、女王になるヴィオレッタちゃんは特にね。ま、もう私がヴィオレッタちゃんの代わりになったから大丈夫だけど。


いつもと違うヴィオレッタに戸惑いを隠せない侍女達との間にはいい感じの緊張感が走っていた。

これでどっちが上か、はっきり分かったみたいね。

「明日からメイクは自分でするわ。貴方達はそれ以外をいつも通りよろしく。あ、でも分かっていると思うけど、言葉通り受け取ってしまう愚か者がいたら・・・その時はどうなるか、分かるわよね。」

私は妖しく微笑んで見せた。

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