第5話 吉本ばななと私

 忘れられない読書体験、と言うのは読書家なら何回か味わったことがあると思う。例えば、私は小学校の頃、作者は忘れたが「キューリー夫人」の伝記に初めて「めくる手が止まらない」という感覚を知って、明け方まで読んだのが最初の忘れられない読書体験だったと思う。吉本ばななさんは初めて「人から言われて見方が変わった」読書体験を味わった。


 一番初めに吉本ばななさんを勧めたのは母だったように思う。それで初めて吉本ばななさんの「キッチン」を読んだ。母は結構読書家で色んな本を勧めてくれたけれど、母はドイツ文学好きで、難しくて暗い作品が多かった。キッチンも読んでみたが、「やっぱりお母さんの勧める本は暗いなぁ」と思ったのが第一印象だ。なんというか全編的に曇っているような景色が続くな、と思ったのだ。


 ところで私は中学校の頃、図書委員をずっとやっていたのだが、その図書室にいる司書の先生が大好きだった。ふくよかで、決して美しいというような先生ではなかったけれど、とても読書家で、言葉を大事にしているのが会話からわかるような暖かい先生だった。図書委員の仕事の時はいつもその先生と小さい声で話しながら仕事をしていた。その時に、昨日読んだ本の話をした。


「吉本ばななさんのキッチン、という本を昨日読んだんですけれど、私ダメでした。なんというか暗くて。」


 そういうと先生は笑顔を崩さずいつもの優しい言い方でこう言った。


「そうなんだ。私は好きよ、吉本ばななさん。なんというか透き通った水に少しずつ色がついていくような透明感溢れる文体が素晴らしいと思うんだ」


 感動した。なんという美しい表現なんだろう、と思った。そして帰ってもう一度キッチンを読み直した時、そこに映る景色は初めと全く違うものになった。曇りのような文体だと思ったものは透き通った水になり、色鮮やかな美しい作品に思えたのだ。絵画も本もあまり「どう見たら美しいと思えるのか」という授業が少ないのは本当にもったいないことだと思う。たった一言、見方を変えるだけでこんなにも世界が変わることがあると知った感動の読書体験となった。


 そこから私は吉本ばななさんが大好きになり、いまだに読んでいる。たった一言で、私の世界を広げてくれたあの先生は学校をやめてしまったけれど、今もどこかの図書館で本を片手に微笑んでくれているといい。

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