第2話 山田詠美と私

 学生の頃が一番小説を読んでいた私。当時は本当に色んな作家が好きだったが、いまだに読み返すのが山田詠美さんだ。特に、「放課後の音符(キイノート)」の「Body Cocktail」が大好きだ。初めて読んだ時、学生が妊娠するという当時の私としては絶対に合ってはならない不幸だと思っていた出来事に関して「甘いカクテルがお腹の中にあるの」という表現をしたこの短編にとても衝撃を覚えたものだ。


 私は中高一貫の女子学校に通っており、その中でもかなり真面目なタイプの人間だったので、恋愛というものは二次元でしか味わっていなかったのだ。そんな私だったので、山田詠美さんの小説の中に出てくる女の子はどれも大人っぽくて何より女性らしく大好きだった。大人になったら、ジントニックやラスティネイルなどのカクテルを嗜み、赤いハイヒールを履くことを夢見る少女になったのは山田詠美さんの小説の影響に他ならなない。


 さて、話しは変わるが、私は「こうしたら他人からこう見られるよね」という感覚が(今でもあまりないが)全然ないタイプだったので、読んでる小説をブックカバーで隠す、というような風習はまるでなかった。

 

 ある時、教室で山田詠美さんの「ラビット病」をキュンキュンしながら読んでいたら、友達に唐突に言われた。


「山田詠美ってエロいよね」


 この一言、すごくショックだったのを今でも覚えている。確かに、確かにだ。山田詠美さんの書く小説は唇がジューシーに思えるし、体も甘くてとろんとした何かに思える作品が多いのは事実だ。だけど、その一言は画集を見ていたらエロいと言われた衝撃と同じだ。山田詠美さんは耽美なのであって、性的興奮を覚える作品では私の中ではなかった。それをいうなら、我孫子武丸さんの鞠夫シリーズの「朝永さんは、優しかった」という一文の方がよほど図書館の片隅でハスハスしたものだ。


 そうか、山田詠美さんの小説を人前で読んでいるとエロいと思われるのか。私に本に対する羞恥心と言うものが初めて生まれた瞬間だった。それがショックで、山田詠美さんを読まなくなってしまった。今思い返してみれば、中々繊細な学生だったのだなぁと思う。


 最近、時間ができたので、当時好きだった作品を読み返してみようという気になった。読み返してみたが、やっぱり好きだなと思う。山田詠美さんが描いている学生や女性の年齢を今私は超えてしまったが、私が憧れていた、甘く美しい女性像がやはり文章の中にはいた。そして、7cmのハイヒールを履いた私(初めの時はすぐ靴擦れが起きた)、初めてバーに行ってジントニックを頼んで喜んだ私(苦かったけど)が思い出されて、小説の良さを再認識させられた。こういう誰かの心の中に素敵な箱を用意できるような作品をいつか私も書きたいものである。

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