第3話 終わりゆく日常


「うぅ、ぐっ?」

何だ?身体が何かに押さえ込まれて動けない?

なんとか動かせる首を動かして、身体を確認する。

よく分からないが、鉄板の様なもので身体が挟まれているようだ。

油の匂いと生臭い?鉄臭い?変な匂いもしている。

何でこんな事になっているのか思い出そうとして

そうだ!ガードレール突き破って落ちたんだ

そこまでは思い出せたが、現状が理解出来ない。

車は鉄板に挟まれている現状を見るに、大破して潰れてしまっているのだろう。

見える範囲だけでも、それは理解出来る。

理解出来るだけに、何故自分は今こうして普通に思考できて、しかも身体に痛みは全く感じていない状況にいるのだろうか?

車がこんなに大破して、そのフロント部分の鉄板に身体を潰されているはずなのに、痛みも感じずに普通に思考出来るものなのだろうか?

死ぬ直前で、痛みの感覚が麻痺しているだけか?

その割には肌に触れている感覚はあるのはおかしくないか?

よく分からないが、誰か助けに来てくれるのだろうか?

木に遮られて薄暗いが、日は明けているようだ。

俺を追いかけていた奴らが通報してくれていれば、とっくに救助されているだろうから、放置されたものと思われる。

誰かがガードレールが壊れているのを見て、通報してくれればいいが、どうなるか分からない。

何とか自力での脱出を、試みるしかないかも知れない。

そう思い腕に力をいれてみる。

ギギィ、ガガッ、メキッ!ガッ!

いや!何で?車の鉄板ってこんなに柔らかいの?

軽く力を入れただけで、身体を押し潰していた物体が押し広げられていく。

開いた隙間から身体を出して、脱出に成功し身体を見下ろして愕然とする。

血で真っ赤に染まっていたからだ。

慌てて服を捲って、見える範囲を確認してみるが、何処にも傷一つ見当たらない。

服を真っ赤にする程の出血があったはずなのに、怪我が何処にもない。

何だこれは?どういう事だ?

考えてみてもまるで分からない。

こんな状況なのに、やけに冷静でいられる自分自身もよく分からない。

分からないが、スマホが無事なら警察に連絡しようと、車の残骸をあさっていく。

重さも固さも関係なく、素手で簡単に残骸をばらしていくと、車の下から動物の潰れた死体が出てきた。

潰れていて、ハッキリとはしないが狸か?狸にしては、でかすぎる気がするが?熊か?

動物に詳しくないので、断言は出来ない。

何とか鞄を探しだして、中を確認してみると、画面も割れ中身が飛び出してしまっているスマホが。

どうすんだ?これ

山の中で全身血まみれ(服のみ)

移動手段も連絡手段もない。

「上まで登って道路を歩いて行くしかないか。

昼間なら、車も少しは走ってるかも知れないし、人に会えたら電話を借りて、警察にも連絡出来るかも知れないしな」

そんな独り言を呟きながら、登れそうな斜面を探して歩きだした。

―――

そのあとは中々に大変だった。

道路に出てからも、暫く人に会えず歩き続け、やっと通りかかった車に、助けを求めて手を振っても無視される。

何台目かの、車の前に飛び出して停車させ、運転席に近寄ると、運転手のおばちゃんに悲鳴をあげられる。

そりゃそうか、服は破れ、多少乾いたとは言え血で真っ赤なのだ。

それでも丁寧に言葉を掛け、何とかスマホを貸してもらい、警察に連絡する。

事故現場に戻り、警察の事情聴取を終え、病院での検査にまる1日かかった。

次の日、会社に行って現状を説明。

車を失ったので、今までの現場には通勤出来ないので、暫く休む事となってしまった。

自宅から公共交通機関を利用して、通える範囲の現場に、入れる余地がなかったのだ。

まあ前職の頃の蓄えが、多少はあるので、すぐに生活に困ることはないが。

これからどうしよう。

45歳で前職を退職し、介護の仕事を始めて1年。

46歳のおっさんが無職って。

そんな事を考えていると

「高遠さん、高遠雅人さん」

と病院の受付から呼び出しがかかった。

今日は事故の後に受けた、精密検査の結果を聞きに病院に来ていた。

案内された部屋に入ると、検査を担当してくれた城津先生(たぶん20代後半の結構可愛らしい感じの女医さんだ)が、パソコンの画面を見ながら何かの用紙に記入していた。

そして俺に気が付くと、検査結果を説明してくれた。

「検査の結果は、何も異常は見られませんでした。

でも、かなりの出血があったはずだ、と聞いていたのに、何処にも怪我がないって何なんですか?

服に付いていた血液は検査の結果、高遠さんの物と一致してますし」

と少し疑る様な目で見つめてきた。

「そう言われても、俺も目が覚めたらその状態だったので、自分でも不思議でしょうがないですよ?」

としか言いようがない。俺だって今日の検査で、何か分かるかもと思って病院に来たのだ。

これは話していないのだが、他にも不思議なのが、俺自身の身体がかなり変わっていることだ。

中年おっさんの定めで、お腹に脂肪が溜まり、ぽっこりとしていた全身が、かなり引き締まっている。

全体的に、ぶよぶよしていた身体が、筋肉質ながっちりとした身体になっているのだ。

しばらく悩まされていた、肩凝りや腰痛もなくなり身体も軽い。

鏡を見て驚いたが、顔も見た感じ30代前半の頃くらいまで、若返ってる気がする程だ。

身体以外にも精神的な変化もあって、警察の事情聴取のあと、事故の時に追いかけて来ていた車の2人とも、面会させられたのだが

「おっさん、おれらは関係ないだろ!勝手な事言うな!」

と威圧的に怒鳴られても、以前とは違い全く恐怖を感じなくなっていた。

警察官が立ち会っているとはいえ、以前であれば恐怖から、足が震えるくらいはしていたはずだ。

この辺も不思議である。

まあ取り敢えず、何も分からない事が分かった検査結果を聞いて帰宅した。

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