手がかり
結論から言えば。
図書館にあった本を見ても、何一つ有益な情報を得る事が出来なかった。
それは初日に借りて帰った本だけの話ではなく、それ以降にも手に取り借りて読んだ本にも言えた。
毎日、二日三日と日を重ねて探し回るも、手掛かりは見当たらない。
何処にも、情報は無かった。煙突掃除屋に関する記述はあるものの、その存在が最後にどうなってしまうのか。彼らが罹っている奇病についても、一切書かれていない。
自国の書籍や他国の風習まで、手当たり次第調べても。
フィルトが望むことは微塵も書かれていなかった。
その日も図書館を覗いてみたものの、既に目ぼしい資料には目を通していて、この後はどれに焦点を当てればいいのか、分からなかった。
医療、民間療法、伝記、風俗、歴史書、世界情勢、外交、異国の伝聞伝承に至る全て。
関わる点を取り上げて読んだ。
それでも立ち行かないということは、つまり。
スートの言っていたことは正しく。
そうしてそれは、彼らが元には戻れない、ということ。
「どうして、どこにも載ってないのかしら……」
煙突掃除屋は世界的には大して有名では無い。その存在を知らない国だって、少なからずいるはずだ。だから外国書に掲載されていないのは、理屈としては分かる。しかし、自国の伝習の類をまとめた本にも載っていないという理由は。
「……んんん?」
フィルトの脳が処理落ち寸前だった。真っ赤になった顔を戻すべく、考える力を一旦放棄して、この日もまた本を借りて帰る。
どれだけ無駄だと思っていても、諦めたくは無かった。
そうして自宅へと戻ったその夜。
スートの看病もそこそこに、フィルトは自室で本を読み漁る。母に心配されもしたが、適当に誤魔化して。ランプの薄光が灯る中、文字通り知識を漁るように、読み耽っていた。
ただ、それが何の意味も無いことは分かりながら。黙々と、煙突掃除屋の項目を視線でなぞる。
それらは文字列の塊で。文字数の奔流で。
知識を得られるはずの本からは、何も見出せなかった。
「……駄目、こんなのじゃ全く」
そうぼやいて、本を閉じる。
現状の手助けをするどころか、役にも立たない。悔しいがお手上げ状態だ。
「と言っても、もう手掛かりも無い、し……?」
諦めたフィルトが視線を投げたその先。
一冊の本が置かれている。緑の装丁で、物々しく金具で留められた背表紙。まだ一度も手を付けていないそれは、スートと都市を巡った時に貰ったものだった。
そこにしばらく、視線が止まる。
スートが言うにはあの本は、他国の言語で書かれているらしい。内容については聞きそびれていたので、推測でしかないが恐らく、他国の文化についてだろう。ページを開いた時に挿絵としてモノや人々の様子が描かれていたので、間違いないとは思う。
あの本の中に、もしかして載っているのではないか?
椅子から立ち上がり、その本の前に立つ。題目はスートからその言語を学んだので理解出来る。やはり何かしらの文化を記したモノのようだった。期待はしていない。可能性に賭けてみるだけだ。
フィルトは言い聞かせた後、ゆっくりとその表紙を捲った。
分からないページ。読めない点。それらはある程度読み飛ばし、理解出来る範疇を正しく読み解いていく。
書かれている内容はとある東の国にある文化。それにともなう技術の発展。原理は把握出来ないが、それらの概要が載っていた。
そしてある書面。技術の発展に際して、ある出来事が描かれていた。
そこに住む人々は国の規則に苦しめられていた。不条理で非合理。国のやり方に不満を抱いている人間は多く、しかし何も出来ず苦しむ日々が続いていた。支配感情が市民を覆い尽くしていたある日、それは起こった。技術者雇用の安定化及び充足的な賃金の要求。それら事項を市民の意見だとする嘆願書が、役所に提出されたのだ。そこに名を連ねた参加者はそこに住む市民の大半。事態を重く見た政府はそれを受理し、やがてその町に平穏が訪れた。
要約されて書かれていたのはそんな話。
そして、フィルトの思考がある点で停まる。
書かれていた国の横暴、実際に苦しんでいた人々、最終的に町の人間は救われたということ。そこではなく。
その嘆願書を出すきっかけとなったのが。
市民全員の同意や同調ではなく。
一人の少女の、一つの行為が発端だった。
初めに嘆願書とは言えないただの紙切れで始まり。そして多くの賛同を得て、国や組織の決定を覆した。
そこにあった、事実だかどうか分からないそんな話を。
フィルトはしかし、信じた。
そして――
「……これなら」
ようやく見つけた突破口。絶望でしかなかった応えが、ほんの少しだけ変化の兆しを見せつけた。
希望に満ちた瞳で、本に書かれていた文章を再読する。
自分もこの少女のように、誰かを救うことが出来るのなら。その確率が少しでもあるのなら。
「よしっ」
やることは決まった。あとは実行して、成功するために頑張るだけだ。
その翌日から、フィルトの嘆願書作りは始まった。
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