第三章 消えない傷と積もった記憶
煙突掃除屋
煙突掃除屋はその名前が示す通り、煙突の掃除をする。その職業に就いた人間は例外なく、仕事に従事することになるだろう。そしてもう一つ、仕事と呼べるのか、慈善行為なのか判別に困るが、煙突掃除屋として与えられた責務がある。
それが、心の清掃。
黒く歪んだ魂の払拭。
孤独に空けられた、隙間を埋める。
心に根付いた闇を追い出し、そして代わりにそれを自分たち煙突掃除屋が請け負う。ずっとそうしてきた。当たり前のように、ともすれば慈善活動とも思わずに。それも仕事だと割り切って、黒い煙を自らに科してきた。
一人の、若い青年がいた。
彼は煙突掃除屋として群を抜いて優秀だったわけでは無い。ただひたむきに掃除をし、そしてただひたすらに黒煙と向き合った。その真面目さ故か、彼の周りには必然的に慕う者が多く現れ、彼自身、親しみ易い人間だった。人と触れ合う機会が多くあればある程に、黒煙を発見出来る可能性も増す。彼は話し掛けられ、発見した黒煙その全てに応え、その身に闇を背負ってきた。
一人の中年男性がいた。
彼は前述の男と比べると、それほど煙突掃除に心血を注いでいたわけではない。寧ろ面倒臭がって、放棄することも多々あった。だから、それほど慕われもしなかったし、それほど親しみ易いわけでもなかった。それでも、彼は煙突掃除屋としては優秀では無くても、やらなければならないことは、きちんとこなしていた。つまり、黒煙の対処。誰かの心の埋め合わせ。のらりくらりと生きてきて、それだけには迷うことなく応えていた。
一人の少女がいた。
彼女もまた煙突掃除屋。誰と比べても、誰と照らし合わせても。その能力は彼女に見合っていて、他の煙突掃除屋として見ても、優等だと言えた。けれど圧倒的に経験が足りず、そして何が正しく、どれが対処すべき事柄なのか。彼女自身理解までは出来ていなかった。それは煙突掃除のみならず、黒煙への対処もまた、その本質を見抜けていなかった。よく分からないままに、負の感情を取り入れて。ただひたすらに、仕事として全うしてきた。感情による変化はなく、他に道も無いかのように、それだけを続けていた。
煙突掃除屋全員が、色々な人々の黒煙を取り込んでいる。
代わりに背負って。不都合で、災厄で、逸らし続けたい現実を。心に取り込み続けて。
男も女も変わることなく。ただ全員が年齢を刻み過ぎる前に。
煙突掃除屋は黒煙と消える。
制限は無い。制約も無い。リミットも無く、上限も無い。
許容量は人によって違いは出るが、そのほとんどが二十代の後半、もしくは三十代が終わるまでには、全員、この世から消える。
身体が崩れ。秘め過ぎた黒煙に身を焼かれ。
そしてその天命に終わりを告げるのだ。
それが、彼ら彼女らにとっての日常、当然の結末。
誰にも看取られることは無く、独りきりでその生涯に幕を閉じる。人を救って、しかしそれは他人に認められずに。
それこそが煙突掃除屋で。
独りぼっちの慈善活動だった。
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