言葉の一つを愛した一人目
夜が明けた時、僕は溜息をついた。結局、昨日は眠れなかった。深夜の零時を回った頃に来た俊徳からのメールと写真を見て、考えることがあったからだ。結論から言うと、犯行は可能との事だった。
『お前の言ってなかった二つも調べてみたけど、やっぱり記憶通り無理だ。扉を開ける時の音が大きすぎる。建てつけが悪いんだよ』
とも言っていた。その情報は早く言えと言いたくなるけれど、僕が聞かなかったのだからしようがない。そして学校から出ることは出来たらしい。校門をよじ登って、出ることが出来たらしい。閉じ込められなかったようで安心した。ただ、可能であることは都合がいい。行った犯行はあれで間違いないだろう。僕が調べた情報と結びつけることも可能だ。流石に飛び降りはしなかったみたいで安心した。
ただ、この犯行方法の中に一つだけ、不可解な点がある。それについてはまだ分かっていないから考える必要がありそうだけど、それは後回しでいい。そんな結論を得て、僕は朝を迎えた。
その後、身だしなみを整えて、二人に朝食を作ってから少し話しをし、家を出た。そして登校途中、後ろから声をかけられた。
「ハロー克治」
「元気いいね」
「いい映画も見れたし、いい体験もできたからな。元気になるのは当然だろ?」
俊徳に頼んで正解だった。大変なことをやってきたというのに、こいつのメンタルは普通じゃないな。
「送ってきた情報に間違いはないの?寝ぼけてたとか」
「なら何で俺に頼んだんだよ。全部正しい情報だ」
「そ。それは良かった」
もしもあの四、五人の中に犯人がいるのならこの事件は明日か明後日で解決するだろう。僕の考えが上手くいけばという話にはなるのだけれど。そもそもあの中に犯人がいるという仮説自体が無理矢理すぎるものではあるのだけれど。そうであってほしいという願望のもとに、僕らは動いている。だからせめて、その願望が砕け散るまではそれに縋っていよう。
今日から授業が始まった。一時間目から七時間目までが授業で埋められている。僕らは今、一年四組の教室にいる。僕と俊徳がいるクラスだ。一時間目は化学基礎の授業を行うらしい。最初のころは出席番号で席が並んでいるせいか、僕の隣には俊徳がいる。俊徳はしょっちゅう話しかけてきた。そしてそれは、授業中もだった。
「あの
何で知っているんだと心で思った。授業中なので反応するわけにはいかない。だが、そう言われたら気にはなる。ノートから視線を上げて、教師を見る。眼鏡をかけた爽やかそうな男教師。確かに一年二組の担任と呼ばれていたような記憶はある。入学式だっただろうか。彼は西と言うらしい。今はなぜ理科という学問を学ぶのかについて話している。素直に興味深い内容だ。日常で使わないような知識をなぜ学ぶ必要があるのかについて熱弁している。化学基礎と言うより、科学だな。僕は西先生の全体への問いかけに対して、適当に頷いておく。
そんな中でも俊徳は口を挟む。
「山下先輩が言ってたんだ」
僕の何で知っているんだという心の中の質問に答えてくれたらしい。良いエスパーだ。それにしても、山下先輩か。ふうん。
「王水より逆王水が好きらしい」
どうでもいい。そんなことを思いながら、僕は西先生の言葉に頷く。話は十九世紀の科学者たちの模索に移っている。僕はノートに文字を書いて、少し右に寄せる。
『授業中に話しかけるな。僕まで注意される』
俊徳は手を伸ばしてその下に二文字の漢字を書いた。
『了解』
その時、誰かを注意するような声が聞こえた。
「そこ!ちゃんと話を聞きなさい!」
どうやら僕は俊徳のせいで叱られたみたいだった。これは僕も悪いのだろうか?僕はしっかりと西先生の科学への思いに耳を傾けて、適度なタイミングで頷いていたというのに。ちゃんとノートもとっていたというのに。
俊徳は頭を掻いて、
「すみませーん。ほら、克治。授業中に話しかけるなよ、こっちも返事したくなっちゃうだろ?」
ふざけるな。
幾つもの授業(俊徳の妨害)を乗り越えた。早く席替えをしてほしいものだと思いながら、僕は俊徳と共に図書室へと向かっている。
「嫌がらせ?」
「何の話だ?」
「授業中に僕に話しかけてくるのは、僕への嫌がらせなのかって聞いたんだよ」
「いいや、違うな。あれは昨日の貸しを返してもらおうと思ってな」
「僕は貸しを返してもらおうと思って、昨日頼んだんだけどね。君には何も借りた覚えはないよ」
「いいや借りたね。克治の家を丸ごと抵当に入れても足りないぐらいのものを」
「気のせいだろ」
「ドライアドなんて貸した覚えはないけどな」
「僕も借りた覚えはないよ。そんな大層なもの」
そんな話をしているうちに、僕らは図書室についた。お互い、昨日と同じ席に着く。とはいえ図書室ですることは何もない。僕らは昨日のように生徒会室だかに向かって、山下先輩に中継役をやってもらうつもりだ。とはいえ気になることもある。
「山下先輩って部活は大丈夫なの?一昨日も昨日も遅れて行ったわけでしょ?昨日に関しては、途中で抜けてきたんじゃないの?」
「俺もそれは気になってたんだけど、霧遙先輩によると山下先輩は断トツに上手いからある程度は自由に出来るんだって」
そんな特例みたいなことがあるのか?でも、運動部じゃないよな。昨日も一昨日も制服だったし。運動部じゃない部活なんてこの学校には山手線の駅数の数以上にあるからな。特定するのは難しいな。漢字ゲーム部ではないことは確かだけれど。それと、山岳部と裁縫部も除ける。いや、今はそんなこと考える必要はないんだよ。でも。
「無理を言っていることは確かか。余計に、速く解決しないといけないね」
「奮励努力してるな」
「そんな四字熟語、日常会話でほとんど使わないだろ」
「雄心勃勃と同じぐらい使うだろ」
つまり、使わないんだな。俊徳には山下先輩にやって欲しいことを伝えてもらった。だからいて欲しい人物はそこにいるとは思う。
何だか、山下先輩が依頼人だからと言って振り回しているような気がする。だけれど、あの四人に繋がるにはその方法が一番手っ取り早いことは確かだ。僕は、霧遙先輩と三田川に生徒会室に向かう旨のメッセージを送る。僕らは荷物を椅子に置いて、生徒会室へと向かった。
生徒会室の扉を開ける。その部屋には四人の人物がいた。山下先輩と大垣先輩は知っている。残りの二人は知らない人だった。全員椅子に座っている。そして八つの眼が僕らに向く。僕はとりあえず失礼しますと言って部屋の中に入る。俊徳もそれに続く。僕は山下先輩に聞いた。
「こんにちは、山下先輩。この二人が…………?」
「こんにちは、いやこの二人は生徒会の人だよ」
「生徒会の…………」
僕は俊徳の方を見る。俊徳なら知っていると思ったからだ。案の定、俊徳は紹介を始めた。
「あの男の人が
笹川先輩はそれに反応するようにこちらを見る。彼はジトっとした目をこちらに向けた。彼はぼそっと言った。
「…………よろしく」
「はい。よろしくお願いします」
それ以降は何も言ってこない。なら僕もいいか。続いて俊徳はもう一人の女子生徒の説明をした。
「こちらは
「よろしくお願いします」
冷たい声でそう言った。僕は笹川先輩に言ったように、
「はい。よろしくお願いします」
と返した。そうか。生徒会室なのだから、生徒会の面々は来るんだ。それなら話す場をここに設定したのは間違いだったかもしれないな。僕は山下先輩に言う。
「山下先輩。話す場所って変えた方がいいですかね」
「そうだね。図書室とかにする?」
「はい。…………僕らはいいですけど、あちらはどうなんですか?」
「私が連れてくよ」
「ありがとうございます」
そう言えば、こんな話をしているけれど、笹川先輩と加崎先輩は備品が盗まれたことを知っているんだろうか。いや、知っているだろうな。人の口には戸が立てられない。そして噂は風のように飛んでいく。すでに広まってしまっていることだろう。勝手な憶測も、同様に。まあそれは関係のないことだ。
「それじゃ、俊徳。行くよ」
「ほーい。それじゃ、先輩方さようなら~」
俊徳は手を振った。返事は疎らに返ってきていた。僕は生徒会室の扉を閉める。そして僕らは図書室に戻るために歩き出した。そして、歩いている途中に気になった事を聞いてみる。
「お前はいつ先輩と知り合っているんだよ。もう友達百人作ったの?」
「そりゃ休み時間に走り回ってに決まってるだろ。後は放課後だな」
「何のために」
本当に気になる。何のためにそんなことをするんだ。俊徳は答えた。
「いざという時のために選択肢が沢山あると良いだろ」
「訳が分からない」
俊徳はそんな僕ににやりと笑った。俊徳は解説を続けた。
「俺の生きがいは知ってるだろ?」
「…………予想できないものをその近くで楽しむ」
「その通り。今の俺はお前を予想できないものとして楽しんでる。実際、面白いしな」
そう言われても嬉しくはならない。だが初めて会った時から何も変わっていない。多分僕が出会う前もこんな感じだったんだろう。今度、山上に聞いてみるのもいいかもしれない。幼少期の戸澤俊徳について。
俊徳は続ける。
「でもこの先は分からない。俺がお前に飽きるかもしれないだろ?そんな時に、その飽きを長引かせないために、予想できない存在を知っておく。その為に俺は色んな人と関りを持っている」
「だから生徒会の人達全員と知り合ったんだ」
「そうそう。あの謎の小部屋を見つけてから、あれが気になって仕方がない。生徒会室には『何か』があると思ってな。とりあえず効果があるかは分からないけど、生徒会全員とは知り合っておいたんだ」
いつの間にか図書室には着いていた。僕は最後に聞いた。
「なあ俊徳。お前は霧遙先輩に恩があるらしいけど」
「まあ、一つな」
「その恩って何なん…………」
僕がその言葉を言い終わる前に俊徳は人差し指を立てた。しゃべるなというジェスチャーだろう。そして悪戯をする子供のような笑みを見せて言った。
「じゃ、それも俺からの問題って事で」
僕は溜息を吐く。
「難問が二つも溜まっているけれど、永遠に答えられないと思うよ」
「お前ならいけるよ。お前が永遠に答えられないなら、それは俺がお前と離反する時だ」
「お前は別に僕に従ってないだろ」
「そりゃそうだな」
僕らは図書室に入った。すでに昨日と同じ席に三田川と霧遙先輩がいた。生徒会室にいるはずの僕らに三田川は聞いてきた。
「あれ?生徒会室に行ってたんじゃないの?」
「ちょっと色々あって、話はこっちですることになったんだ」
俊徳がそう言った。僕らは自分の荷物を移動させる。まあ適当な、カウンターとかに置いておく。
「何してるの?」
「いや、話をするときに邪魔だと思って」
席も変えなくてはならない。いや、初日のようにすればいいか。四人が横並びになって相手の話を聞けばいいか。僕は二人にそう伝えた。相手は三つの席の内、真ん中に座るだろう。その向かいに座るのは、つまり中心的に話を聞くのが誰かという話になった時、俊徳に押し切られて僕という事になった。話を聞こうと提案したのが僕だからだそうだ。まあ、別に構わないけれど。
僕は窓際の席の一つに座る。三田川が僕の右に。霧遙先輩が僕の左に。そのまた左に俊徳が座った。しばらくして図書室に人が入ってきた。山下先輩ではなく叶原だった。今日も火のついていないタバコを咥えている。が、外では普通に火をつけて吸っているので、室内だからという事だろう。
彼は言った。
「調子良さそうだな」
「どこがですか」
「全部がだ」
そして叶原は荷物がたくさん置かれたカウンターの席に座った。気にならないのだろうか。図太い人間だ。彼はひょいひょいとタバコを動かしながらボーっとしていた。何のために来たんだとは言わない。彼は一応、無風部の顧問だからだ。そうだ、顧問なんだ。僕は一つ聞いてみた。
「先生は何かわかりましたか?」
「全然分からないな。考えようともしてない」
そうですかと答える。僕の周りの大人は頼りにならないようだった。叶原といい、赤羽といい碌な大人がいない。翡翠さんや翼さんを見習ってほしいものだ。叶原はボーっとしていることに飽きたのか、本を取りに行った。
三田川は、
「本読むんだ…………」
と失礼なことを呟いていた。まあ、あまり本を読むイメージはないか。僕は一応、付き合いが長いので本を読むという事は知っているけれど…………その上で彼は駄目人間だと思うのだから、彼のいつもの自由奔放さが垣間見えるというものだ。翡翠さんも自由な人間という事は共通しているのに、なぜここまで評価が変わるんだろうか。何かが違うんだろう。
が…………叶原は翼さんの本を嫌そうな目で見ていた。彼の感性に刺さらなかったのか、個人的に翼さんに嫌な感情を抱いているのか。叶原は『山月記』を持ってきていた。
「読んでなかったんですか」
霧遙先輩が叶原に聞く。叶原は答えた。
「国語教師だぞ、流石に読んだことはある。ただ、何となくだよ」
確かにそうか。『山月記』。虎になった男、李徴が友人に自分の数奇な運命を語るという物語。中学の国語の教材に扱われることも多い。…………なぜそれを選んだんだろうか。まあ、どうでもいいか。と、叶原が定位置に戻ったのと同時に、図書室の扉をノックする音がした。霧遙先輩が「はい」と通った声で言う。扉が開いた。
知っている一人と、知らない一人。二人が図書室に入ってくる。その内の一人、山下先輩が入ってきた男子生徒を紹介した。
「連れてきたよ、これが漢字ゲーム部長の倉敷くん」
倉敷と呼ばれたその人は頭をかいて、人のよさそうな笑みを顔に浮かべた。眼鏡をかけていて、体格ががっしりとしていない人だった。でも、身長は高い。叶原ぐらいか?
「これとはひどいな山下。僕だってれっきとした生物なんだから」
「それじゃ、終わったら連絡してね。二人目を連れてくるから」
「おい山下?」
そうして山下先輩は嵐のように去っていった。残された倉敷先輩ははははと笑った。
「じゃ、話を聞きたいんだって?でも僕は何の話なのかはざっくりとしか聞いてないんだ。そこを聞いてからにするよ」
倉敷先輩は僕の向かいの席に座った。そして、まずは霧遙先輩が倉敷先輩に説明をした。
「春休みに学校の備品が盗まれたというのは知ってる?」
「当然知ってるよ。霧遙も知ってるだろうけど、専ら噂になってるからね」
「その備品を盗んだ人を探してくれって山下さんが依頼したの」
それを聞いた途端、彼は笑った。
「人がいい奴だからな。好川先生だか長嶋さんだかにでも話を聞いたんだろ?」
「そうね。長嶋さんに聞いたって言ってたわ」
長嶋さんは上級生の間でも知られた存在らしい。まあ、そうか。校門で挨拶をしたり、点検をする人だ。毎週土曜日に点検を行っているようだし、まあ知られはするだろうなと思う。
それなら、まあ、そうか。
「それで、本当に盗まれたものってのは何なんだ?噂は多すぎて分かんないよ」
「盗まれたのは、マッチ、ビーカー、菜箸、計量カップ、ロープ、トートバッグよ。どれも一つずつ」
「妙なものばかりだな」
倉敷先輩はそう反応した。まあ、そうだろうな。菜箸や計量カップなど普通盗もうとは思わない。
「その中のロープとトートバッグは春休み中に部活動を行っていなかった、山岳部と裁縫部のものなの」
「ああ、何となく僕が呼ばれた理由が分かったよ」
倉敷先輩はそう言った。春休み中に部活動を行っていなかった部活の鍵の場所。それは生徒会室だ。倉敷先輩はそれを目にしていたんだろう。そしてこの学校の生徒としてそれを生徒会が管理しているという事も知っていたんだろう。そして今回の事件。彼は自分が呼ばれた理由を理解したらしい。霧遙先輩がこちらを見た。ここからは僕がという事らしい。僕は言った。
「倉敷先輩」
「…………君は?」
「初めまして、黒御克治です」
僕の名前を聞いて、少し表情を変えた。
「黒御、ねぇ」
そして聞いてきた。
「嘘だとは思うが、ヤンキーを何人も少年院送りにしたってのは本当なのか?」
僕は否定した。
「デマですよ。クラスにいた悪い奴一人だけです」
倉敷先輩は一瞬ポカンとして、笑った。
「そうか、悪い奴か。じゃあ仕方ないな。…………じゃあ、何が聞きたい?」
「春休み中に生徒会室に行ったらしいじゃないですか。その日時と流れを教えてください」
「分かった。まず日付は…………三月二十七日だ」
犯行は可能…………。いや、それは後でいいか。倉敷先輩はそこで少し黙る。数週間前の事だ。自分がどんな行動を取ったのか思い出しているんだろう。三十秒ほど黙ってから、よしと言って話し始めた。
「漢字ゲーム部は漢字のゲームを作ったり、市販の物を買ったりして遊ぶ部活なんだけど、春休みも活動してたんだよ。それで三月二十四日ぐらいかな。漢字ウノってゲームを思いついて、ルールを決めていったんだ」
漢字ウノ…………山下先輩が話していたやつか。
「で、部の中ではいい感触だったけれど、外部の人から見たらどんなゲームなのかって思ってな。漢字に詳しくない人の感想は弟に頼めばいいってことで、漢字に詳しい奴にやってもらおうと思って。それで、山下にテストプレイを頼みに行ったんだ」
「山下先輩は漢字に詳しいんですか」
「普通の人よりは詳しいと思うぞ。去年同じクラスだった時からテストプレイを頼むことは多かったから」
山下先輩は漢字に詳しい。まあ、叢が出てくるゲームを一時間もやり通したのだから、そうなのだろう。漢字に知らない人がそんなゲームをやれば、すぐに飽きてしまう事だろうし。
「それで生徒会室に行って山下に今と同じような説明をしてテストプレイをしたんだ。途中で休憩とかも挟んだりして、一時間経って山下が勝ったよ」
倉敷先輩は負けたのか。漢字ゲーム部部長としてそれはどうなんだ?
彼は笑いながら言った。
「酷評だったよ。難易度調整をした方がいいって。もし普通の人にやってもらうんだったら、漢検の級ごとに使うカードを分けるとか、そもそものカードの内容を調整するとか案が出たよ。脱帽だったね」
「漢検の級?」
「四級までの漢字のカードだけとかそんな感じ。プレイヤーの漢字能力に合わせて、難易度を変えられるようにしたらって言われたんだ。それが終わってからは西先生の話をしてたな」
それはいいアイディアだと思うが、今は関係ない。それと、西先生?
「理科教員の?」
「ああ。担任だったんだ」
そういう事か。さて、生徒会室で倉敷先輩がやったことはこれで全部のようだ。俊徳はスマートフォンをいじっていた。遊んでいるのだろうか。いや、さっき山下先輩は連絡してと言っていた。山下先輩に送る文章を書いているのか?まあ、あいつはどうでもいいか。僕は質問する内容を考えよう。
まずは…………。
「先輩は、鍵の存在には気づいていましたか?」
「あれは嫌でも気づくよ。印鑑にかけられてたからね。山下が生徒会室を出て暇を持て余した時、歩き回ったりもしてたからな」
そして、倉敷先輩は焦ったようにすぐに言った。
「変なことはしてないぞ?漢字を探してたんだ」
それは変なことだろう。この人は生粋の漢字人なんだろう。それが演技である可能性も拭えないが。いや、違う。僕が考えるべきは動機だ。あの六個の物を盗んだ理由。それを考える必要があるんだ。でもどうやって考えるんだ?
「山下先輩は一年のころからこんな感じなんですか?」
「こんな感じ、っていうのは?」
僕は考える。こんな感じ。僕は答えた。
「自分のせいじゃないことも、解決しようとするというか放っておけないというか…………正義感が強いというか」
「ああ、それなら去年からずっとそうだよ。学級委員とかもやってたし、行事でも活躍してたしな。クラスのトラブルも、大抵は…………」
倉敷先輩はそこで言葉を切った。そこでなんだか言いにくそうにしていた。
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない」
後は、そうか。あれがあったか。
「教師に恨みを持ったりとかしましたか?」
「恨みって、僕が?」
「そんな大層じゃなくてもいいです。気に食わないとか」
僕は聞いてから気付いた。この教室には国語教師叶原羽翼がいるんだった。倉敷先輩は「そうだなー」とか言っている。この様子だと、叶原の存在に気付いていない。叶原はこっちを見ていた。耳をすませている。先輩を止めたほうがいいだろうかとも思うが、この情報は大切だ。先輩が叶原の事を言わない事を祈る。
「まあ僕も人間だしね。さっき話題に出した西先生も悪い噂があるし、体育教師の勅使河原先生も滅茶苦茶厳しいし…………」
勅使河原先生は実在したのか。しかも体育教師か。僕が驚いている間に、倉敷先輩は言った。
「特に叶原先生とか。あの人が出す課題、多いし難しいんだよ。いつも面倒くさいと思ってるよ。まあ、それぐらいかな」
「そうなんですか」
まあ、倉敷先輩の安全を祈ろう。さて、とりあえずは良いだろう。
「これぐらい、ですかね」
「もう話は終わりかい?」
「そうですね」
倉敷先輩は頷いて、立ち上がった。カウンターの方を見るとこちら、というか倉敷先輩を叶原が睨んでいた。先輩はそれに気づいていない。
「それじゃ、頑張ってね」
「はい」
彼は扉に向かって歩いていった。そしてドアノブに手を掛けたところで、叶原が倉敷先輩に声をかけた。
「これから一年よろしくな、倉敷」
倉敷先輩はびくっと肩を震わせた。そしてカウンターの方を見る。先輩と叶原の目が合う。先輩は叶原に言った。
「どうしてそんなとこに隠れてたんですか!」
「隠れてねえよ。お前が気付かなかっただけだ。まあ、よろしくな」
倉敷先輩は聞いてないと言いながら図書室を後にした。俊徳がスマートフォンを操作している。山下先輩に報告を行っているんだろう。カウンターの方を見ると、叶原がこちらを睨んでいた。いや、何で僕を?
「あいつ、あんな事を思ってやがったのか。西と勅使河原にも報告だな」
「可哀想なのでやめてください」
西と勅使河原、か。
「おい少年。今の話で何が分かったんだ?」
「少しの事が」
というか、叶原なら分かるだろう。いや、考えようともしてないのか?さっきもそんなことを言っていたし。
…………次はどちらが来るんだろうか。立花先輩と長野先輩の二人。正直、僕が気になっているのは…………。
そこで扉をコンコンと叩く音がした。霧遙先輩がさっきと同じように「はい」と言う。山下先輩と共に、一人の女子生徒が入ってきた。
「倉敷くんとの話は終わったんだよね?」
「はい。終わりました」
僕は答える。山下先輩は頷いて、その女子生徒を紹介した。
「この人が長野先輩。いきさつは大体説明してあるから」
「ありがとうございます」
長野先輩は活発な笑顔を浮かべて、
「よろしく!」
と言った。
「よろしくお願いします」
無風部員がばらばらに挨拶をする。山下先輩の先輩という事は、長野先輩は三年生か、などと関係ないことを考えてしまった。
そのまま山下先輩は図書室を出ていくかと思ったけれど、違った。申し訳なさそうな顔をして、言った。
「長野先輩との話し合いが終わっても、怜美ちゃんは遅れるかもしれないの。ごめんね?」
「大丈夫よ」
「そう?それじゃ、また」
山下先輩は図書室から出た。長野先輩は先程の倉敷先輩のように僕の向かい側の席に座る。さて、さっきと同じようにするだけだ。僕は言う。
「話の流れとか、聞きましたか?」
「学校の物が盗まれたんでしょ?それをするには鍵が必要で、それは生徒会室にあったみたいな…………」
「大体の認識はそれで大丈夫です。それでは…………」
僕は聞いた。
「春休み中、生徒会室での行動を教えてください」
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