邪魔物を退かす

生徒会室は職員室からそう離れていない所にあった。他の教室のようなスライド式の扉ではなく、職員室と同じドアノブ式の扉だった。鍵をさすための穴もついている。今は鍵はかかっていないと思うけれど。


「今度は俺も入るぞ」


俊徳はそんなことを言った。流石の俊徳も生徒会室には入ったことがないらしい。というか、勝手に来てしまったが、入ってもいいのだろうか?昨日の様子だと、別に昼休み中に活動を行っているわけでもなさそうだ。もしかしたら中に誰もいないかもしれないし、いたとしても「お前らは誰だ」と言われる可能性は高い。山下先輩がどこまで情報を秘匿したいのかは分からない。そんな状態で生徒会室に入るのは失礼なんじゃないか?


「なあ、俊徳。山下先輩にちゃんと許可とか取ったのか?」


「取ってるに決まってるだろ。お前が職員室にいる間に」


俊徳はしっかりと有能だったらしい。メッセージで許可を取ったスマートフォンの画面を見せてきた。鍵は開いているから入っていいとの事だ。そして、部活中に時間が空いたら途中で行くとの事だ。それならば、別にいいだろう。鍵も、今はこの部屋の中に大切なものはないだろうし。生徒会室と書かれた看板が扉の上に掲げられたこの部屋。

数週間前、この部屋に盗人が入った。その人物は恐らく、この学校からさらに六つのものを盗み出し、今もその身を潜めている。

…………。

僕は扉をノックする。中から返事は返ってこない。僕はドアノブを捻って扉を開けた。







生徒会室は意外に手広かった。と言っても、一般の教室ほど広くはない。この広さをどう表現するべきだろうかと迷う。部屋の中央に長机と八つの椅子が置かれている。一旦、僕は机に手を置く。

すると僕の隣に来て、俊徳が言った。


「東求堂の半分ぐらいの広さだな」


「誰が分かるんだよ」


「京都在住の方か、旅行で慈照寺に行った人かな」


僕は行ったことがないし、広さを把握してもいないが、大体そのぐらいなのだろうか。いずれ京都に行くことがあったら、確かめてみたいものだ。

周りを見渡す。意外と物が散乱している。なぜ意外という感想を抱いたのかと聞かれれば、山下先輩への何となくの印象でしかないのだから、無理もない話ではあるけれど。

閉めた扉を見てみる。内側から開閉できる形式の扉らしい。その上、鍵もかけれる。玄関の扉みたいだ。

空間をちゃんと把握するために、僕は扉を閉めて、その扉を背にこの部屋を見る。生徒会室は長方形で、僕が背にしている壁の辺を横の辺だとすれば横長だ。そのようにして見てみると、僕は長方形の左下の角となる部分にいる。

僕に近い側の縦の辺となる壁側。そこには棚などが多く置かれていた。書類やらファイルやらが積まれてある。誰のものかは分からないが、小説もある。…………全部読んだことがある。まあ、そんな感じだろうか。重要なものが沢山ある。ここにはあまり触れない方がよさそうだ。

そして僕が背にしている壁側を、移動して、見てみる。こちらにもいくつか書類が入った棚はあったけれど、他に奇特なものがあった。印鑑屋などに置いてある、あの四方八方に無数の印鑑が突き刺さっている直方体があった。角度を変えてみたら見えたが、印鑑の内、一つは出っ張っていた。…………こんなもの、何に使うのだろうか。おそらく過去の遺物だろう。その左には教科書やらワークやらが置かれていた。勉強用だろうか?シャープペンシルもあった。

奥にある縦の辺。あの壁にはホワイトボードが置かれてあった。沢山の文字が書いてある。会議をするときに使うんだろう。入学式と始業式という文字が見えた。ホワイトボードの裏?そういうのだろうか。後ろ側には物が粗雑に幾つも積まれていて、壁の下半分を隠してしまっていた。が、すぐにどけることはできる。生徒会には怠慢な人が多いのかもしれない。いや、僕が言う事ではないけれど。

そして残った最後の壁側。と言っても、壁という印象はない。窓があるからだ。窓からは少し日の光が入ってきている。左隅には棚がある。それにも多くの書類が。まあ、それぐらいだろうか。

ここで起こった窃盗の真実を、僕らは解き明かさなくてはならない。

僕が部屋を見ている間、印鑑を眺めていた俊徳がこちらを見てきた。


「観察は終わったか?」


「うん。何してたの?」


俊徳は印鑑の一つを抜き出して、見せてきた。


「ほら、卍山下」


卍山下。曹洞宗の僧である卍山が由来となった苗字…………だったか?全国で見ても両手の指で数えられるほどしかいないであろうその苗字。それの印鑑が何でこんなところにあるというんだ。

この生徒会室に印鑑を持ち込んだ先代はかなりのマニアだったらしいな。いや、そんなことをしている場合じゃなくて。


「山下先輩はここで作文の勉強を教え、漢字ゲームを行い、友達の相談を聞き、文章の推敲をしたわけだ」


「おや。あの四人を疑っているのか」


俊徳がそんなことを言った。まあ、そうだろう。根拠もへったくれもない話だ。だけれど。


「まずはその四人から考える。その中に犯人がいれば重畳。いなければ振り出しだ。でも、絞って考えた方が、一旦は楽かなって」


「楽な方へ楽な方へと。素晴らしい考え方だ」


「何か文句でもあるの?」


「いいや?俺はケチなんかつけないよ」


俊徳は印鑑を元の場所に仕舞いながら、そんなことを言う。僕はそれを無視する。さて、何から考えるべきだろうか。そして僕は見つけなければいけないものを、まだ見つけられていないことに気付く。

流石に、雑に放り出していたなんてことはあるまいし。


「鍵は春休み中、どこに置いてあったんだろう」


「さあね。俺もさっきから探してはいるんだけど…………もう取っ払っちゃったのかな」


探していたのか。ただ印鑑を眺めているだけかと思っていた。しかし確かにそうだ。鍵を置くような場所は見当たらない。しかし山下先輩は長野先輩は少なくとも来た日には盗っていないと言っていた。鍵もあった。そう言っていた。つまりその時には目に入る地点にあった…………?

いや、長野先輩が帰った後に、あることを確認したという可能性もある。しかし長野先輩の時だけ?それでは長野先輩の事を山下先輩が疑っているようではないだろうか。そんな様子はなかった。つまり、鍵も有無を確認したりはしていなかった。

従って、長野先輩がいた時には鍵が目に入る地点にあったという事になる。山下先輩がもし、熱心に長野先輩に教えたりしていたのなら…………それほど印象的な場所にあったということになる。

教える。印象的な場所。ああ、そういえば、あれが…………。それなら、長野先輩が座っていた場所にもよるけれど…………。そうか。それなら、山下先輩が春休み中に座っていた席も考慮しなければならないけれど、鍵の場所が分かる。

いや、山下先輩に聞けばいい話なんだけれど。でも多分、春休み中に鍵があった場所は…………あの取れかかっていた印鑑だと思う。ホワイトボードに文字を書いて、長野先輩に作文のコツを教える。その角度からなら、あの出っ張った印鑑は目に入ってくるだろう。鍵がかかっていたなら、尚更だ。そして山下先輩が幾つかある椅子の内、あの小説などが置いてある壁に近い椅子に座っていたならば、鍵は見えない。事実、僕がそこに立っていた時には、あの印鑑の存在には気づかなかった。春休み中に決まった席を持っていたかは分からないけれど、もしそこに座っていたのなら、鍵の場所はそこだと推測できる。


「…………無駄な時間」


「何か言ったか?」


「いや、何も言ってないよ」


山下先輩に聞けば三秒でわかることを、つらつらと考える必要なんてない。じゃあ、僕は今ここで何をすればいいんだろうか。考えるべき容疑者を四人に絞ることに決めた。ならば、その四人の情報を探るべきなんだろうか。でも、その四人の中に犯人がいなければ、ただただ失礼をしたことになる。

もう少し生徒会室を探索しよう。僕が考えている間、歩き回っていた俊徳に聞いてみる。


「何か特徴的なものはあった?」


「そうだねぇ。…………お、この印鑑…………勅使河原とは。これまた珍しい苗字だと思うよ?」


「お前は部活動をしろ」


「犯人は勅使河原だ!」


「そんな生徒この学校にいるの?」


「さあ。知らないよ。教師の中にはいたと思うけど」


…………勅使河原先生。いや、そんなことを考えている場合じゃないだろう。何もしていない暇人は無視して、僕は生徒会室を歩き回る。一応、鍵を盗み出した方法に考えがないわけではない。だけれど、それが可能なのかどうかをまだ確かめられていない。

ぱっと見では見つからなかったけれど、もしかしたらあるかもしれないからね。…………かといって、棚まで全部どかすのは骨が折れる。無駄足になる可能性だってある。そんなコストパフォーマンスの悪いこと、やってられない。

だけれど。

僕は一度生徒会室を出てみる。そして振り返る。丁度曲がり角になってる部分に位置している生徒会室。右に向かって移動してみる。数メートルの空間が開いて、別の教室があった。…………。確か、他の教室は。…………。…………。

いやだなー。

僕は生徒会室に戻ろうとする。すると、曲がり角から山下先輩が現れた。山下先輩は目を丸くしていた。そこまで驚くことだろうか…………?


「こんにちは、山下先輩」


「うん、おはよう黒御くん!」


いい挨拶。


「元気ですね」


僕のその言葉にも元気よく頷いた。その後、山下先輩は不思議そうに僕に聞いてきた。


「生徒会室はもう見終わったの?」


僕は否定しようとする。だがその言葉を口にする前に、言葉を考える。その上で言った。変な間は産まれなかったはずだ。


「いや、まだ見落としたことがあるかもしれません。今、俊徳にも見てもらってます」


「俊徳」


「はい?」


突如、山下先輩は俊徳の名前を口にした。一体どうしたのだろうか。戸惑っている僕に、弁解するように山下先輩は言った。


「いやいや、仲いいんだなって」


…………僕が俊徳と仲がいい。うーん。確かに傍から見ればそうだろうし、僕が黒御克治という人間の人生を別の視点から見ていれば、彼は戸澤俊徳と親しいんだろうなと思うだろう。友達という枠に当てはめることも当然できるし、仲がいいと表現するのもいいけれど…………。

どこか煮え切らない。俊徳に話しても、同じような反応をすることだろう。僕と俊徳の関係に、仲がいいという四文字は似合わないような気がする。正解ではあっても、完答ではない。僕と俊徳の関係の中にある、部分集合でしかない。

が、こんな事を言っても、今度は山下先輩が戸惑うだけだし、言わなくてもいいか。


「まあ、それなりにですね」


「へぇ。ま、それじゃ生徒会室入ろっか。後で大垣先輩も来るよ」


大垣先輩。顔は覚えている。凛々しい、自信に満ちた顔だったと思う。こんな人間がクラスの中でリーダーシップを発揮するんだろうなと思ったような気がする。そして、いいことを言っていた。

これだけだと、ざっくりすぎるな。かといって詳細を思い出すことはできない。誰だってそうか。

僕は山下先輩と一緒に生徒会室に入る。そして、扉を閉める。廊下での会話が聞こえていたのだろうか。俊徳は真面目に捜索をしていた。律儀な事だ。


「こんにちは、山下先輩」


「こんにちは、戸澤くん」


二人は挨拶を交わす。あ、そうだ。聞いておきたいことがあった。


「先輩」


「何?」


「先輩は春休み中に、鍵を印鑑にかけておきましたか?」


僕がその質問を口にした瞬間、山下先輩の顔に驚きと喜びが入り混じったような顔が浮かんだ。先輩は印鑑が突き刺さった直方体と、僕の顔を交互に見て、言った。


「凄い!何でわかったの?」


…………解説する気にはなれない。全てが推測で成り立っている推理だ。作文を教える時にホワイトボードを使ったというのも、先輩が小説が置いてある側の壁に近い椅子に座っていたというのも。もしこうだったら上手くいく。そんな推論の元に肉付けられた推理。

僕は言う。


「なんとなくですよ。印鑑が一つ出っ張っていたので。重みがかかっていたのかなって」


「そうそう。私はそこにかけてたんだよ」


先輩は直方体に近づいて、一つの印鑑を指さす。そしてその印鑑を先輩は取り出した。そして、見せてくる。僕はそこに書かれていた漢字二文字を見て、だからこの印鑑を選んだのかと少しだけ納得する。そこには、『山下』と書かれていた。

俊徳もなるほどなと呟いた。まあ、鍵の場所は分かった。ここなら、偶然目に入ることもあり得るだろう。元々場所を知らなくても、探せばすぐに見つかる場所だったという事になる。

さて、鍵のかつての在り処も分かったことだし。


「先輩。あの物品の山をどかしてもいいですか?」


僕はホワイトボードの後ろにある幾つかのものを指さす。先輩は近づいて、幾つかのものを手に取ってから、言った。


「いいと思うよ。別に整理整頓されて置かれてるわけでもないし。一年間の間で、一度も使わなかったしね」


「ありがとうございます」


僕は礼を言ってから、そこに近づく。ホワイトボードを一度移動させる。そしてまずは謎の袋や板を動かす。そんなことを繰り返すうちに床が見えた。先輩の言葉通りと言うべきか。積年の塵芥が積もっていた。僕はそれに触れないように物をどかしていく。だが、僕の目当てのものは見つからない。左から順にどかしていっているけれど…………見つからないかな。そうだとしたら、僕の考えが無に帰す。ああ、さようならアイディア。また振り出しに…………お?

半分よりもかなり右に寄ったぐらいの場所。そこの整頓が終わる。ドアノブが見えた。周りの物もさらに退かしていく。

小さなドアがあった。小さなと言っても、小動物が通るようなドアではなかったが。俊徳と山下先輩はそれを覗き込んでいる。


「おお、秘密の部屋か?」


俊徳はそんなことを言う。山下先輩は、


「こんなとこ知らなかった…………」


と心中を吐露していた。まあ、こんなとこわざわざ探したりはしないだろう。僕はその扉を開けてみる。随分小さい隙間だが、身をかがめれば入れないこともない。入ったりはしないけれど。

僕はそこからのく。今度は俊徳がそこに近づいていくが、入れなかったようだ。俊徳の図体は平均的な大きさだ。それでも入れないのか。

山下先輩も俊徳同様近づいてみるけれど、入れなかったようだ。女性の中では高身長な方であろう山下先輩は入れなかったらしい。

何だか、僕が小柄みたいだな。実際、そうなんだろうけれど。僕は片付けようとしたが、俊徳は言った。


「入ってみてくれよ。細すぎるお前しか入れないんだから」


「…………」


断っても意味はないことは知っている。だから。


「分かったよ」


僕は身をかがめて、そこに入る。ああ、制服に埃が付く。中はそこまで広い空間は広がっていなかった。人一人入るかどうかぐらいの空間。光源もないため、視界は非良好。すぐに天井にもぶつかる。こんな空間、何で作ったんだ?手を伸ばして、壁のようなものを触ってみる。大分、凸凹しているな。

別に盗まれたマッチがここにあったというようなこともなかった。僕はこの小部屋から出て、二人と一緒に物を片付ける。

…………。


「先輩。先輩はこの小部屋の存在は知らなかったんですよね」


「うん、一回も見たことがないし、聞いたこともなかった」


「ほかの生徒会役員の人達も、知っている人は誰もいないんですか?」


「じゃあ、聞いてみるよ。返事があったら、教えるね」


僕は感謝の言葉を口にする。さて、見つけたいものは見つかった。山下先輩が、小説が置いてある棚に向かっていき、その棚を開けるのを見た。その中には、僕が以前に留めぬ玉について考えて、一ページも読めなかった、『白露』があった。

…………借りたいけれど、やめておこう。もしもこの事件が解決したら、頼んでみるのもいいかもしれないな。

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