ばらけた欠片を寄せ集め

三人は元々座っていた位置ではなく、僕の周りの席に適当に座った。そしてみんな一息をついた。そして、俊徳がしばらく休ませてほしいと言った。僕も言われたとおりに座って待つ。まあ、そうか。学校中を歩き回ったのだから疲れるのも当然だろう。

しばらくして、休憩が終わったようだった。三田川がまず、報告を始めた。


「まず、山岳部と裁縫部から何が盗まれたのか分かったわ」


三田川はそう言った。


「何が盗まれたんだ?」


「ロープとトートバッグだって」


「ロープとトートバッグ?」


何でそんなものが学校に置いてあるんだ。しかしどちらもその部活に関係のあるものだ。ロープは山登りなどで使うだろうし、トートバッグは裁縫で作ることが可能だろう。でも、何のために置いてたんだ?


「ロープは予備として、トートバッグは入部者の呼び込み用に置いてたらしいの」


なるほど、納得だ。人間は忘れ物をしうるし、宣伝のために作品を置くのは使える手だろう。でも調べてきたのはそれだけではないはずだ。


「無くなったのはそれだけ?」


「うん」


「無くなった数は?…………理科室と家庭科室のも含めて」


「全部一つずつだった」


三田川はそう答えた。つまりこの学校から春休み中に菜箸、計量カップ、ビーカー、マッチ、ロープ、トートバッグがなくなったという事になる。これだけでは答えを出すにはまだ足りないような気がする。僕はしばらく黙って考えるが、やはり取っ掛かりが見つからない。他の情報も聞いてみることにした。


「ロープとトートバッグはいつ盗まれたのかとか言ってた?」


「分からないってさ。何か、春休み中は部活動を行ってなかったらしくてね。鍵も閉められているはずだし、二階だから窓も割れないはずだし変だって言ってたよ」


鍵を閉めるのと一緒に、窓も当然閉めるだろう。窓を破壊して侵入するにも、痕跡が必ず残るし、二階ならなおさらで割ることすらできない。

犯人はどうやってロープとトートバッグを盗んだんだ?


「理科室と家庭科室は何階にあるんだ?」


「理科室は三階で、家庭科室は二階よ」


霧遙先輩がその質問には答えてくれた。どちらも窓からの侵入は出来なさそうだ。では、正攻法はどうだろうか?

白昼堂々と物を盗む。これならどうだろうか。先程先輩は戸締りの時に鍵を閉めると言っていた。つまりそれ以外の時は鍵が開いているという事だ。

が、これはその情報と共に先輩から否定されている。人の目があるためだ。

ならば、犯行は夜に行われた?いやでも、夜になれば鍵が閉まる。しかしそうすると、教室の中に入ることが出来なくなる。

理科室と家庭科室からの盗みは、昼間は人の目があるゆえの不可能。夜は物理的要因による不可能だ。そして部活棟の二つに関しても物理的要因による不可能と言えるだろう。山岳部と裁縫部の部室の鍵は生徒会室にあり、生徒会室の鍵は山下葉子によって固く閉ざされていた。

つまり犯人が盗んだものは、それだけではないという事か?


「犯人は、生徒会室の鍵も盗んだ?」


「どういう事だ?」


「聞いてなかったのか。部活棟の閉められた部室の鍵は生徒会が保管しているんだ。それを手に入れるには生徒会室の鍵も必要になる」


僕が俊徳の質問にそう答えると、俊徳は不思議そうに首を傾げた。どこか虚空を見るような目線になる。こいつは今、こいつなりの理論を組み立てているのだろう。それで答えが出るなら行幸。ヒントが出るなら万々歳だ。

そして、すぐに俊徳は言った。


「じゃあ、その鍵を持ってるやつが犯人じゃないのか?」


その言葉を僕は否定する。


「そうなるけど、たぶん違う。生徒会室の鍵を持っていたのは山下先輩なんだ」


「へぇ。まあ、相談者が犯人って可能性も存在しうるけれど、今回の場合はほぼ有り得ないだろう」


俊徳はそんなことを言った。まあ、僕も概ね賛同だ。勿論、完全に否定することはできないだろうが、山下先輩が支離滅裂な思考をしていない場合は、相談しに来ることは有り得ないと言ってもいいだろう。三田川が俊徳の言葉を理解できなかったようで、質問する。


「有り得ないって?」


「だってそうだろう?このままいけば、学校で放送とかされたりするけど、いずれ先生だかが買って補充するはずだ。にもかかわらず、俺たちに相談を持ち掛けてきたりなんかするか?」


「あ、そういう事!」


その通りだ。警察は例外を除けば通報がなければ動けない。探偵事務所は依頼がなければ調査をしない。無風部だって同じだ。生徒からの相談がなければ、動いたりはしないだろう。そこまでお人よしでもないはずだ。勿論個人的に考えたりするかもしれないが、部として率先して調査に乗り出すというほどでもないだろう。

もし山下先輩が犯人だとしたら、無かったことにできたはずの事件を、わざわざ浮き彫りにしに来たことになる。そんな間抜けな話はないだろう。

それと同時に、犯人が生徒会室の鍵を盗んだことがほぼ確定する。後で山下先輩に、鍵は肌身離さず持っていたのかどうかを聞かなければならない、が。


「山下先輩は犯行が分かったのが四月三日と言ってましたよね」


「ええ」


「なら犯行は三月二十一日から四月二日の間に行われたと見てもいいでしょう。三月は三十一日までだ。そして点検の周期は二週間。流石に点検当日にやったとは思えないので、四月三日は除去してもいい。だから、この期間の間に、理科室と家庭科室の備品が盗まれた。あるいは、部活棟の二つも」


そう。部活棟の二つの物品がいつ盗まれたのかは未だ不明瞭なままだ。流石に春休み以前という事はないだろうから、春休み中であることは間違いないけど断定することは難しいだろう。

…………そもそもできるのか?犯人を断定することなんて。僕には不可能に思えてならない。部活中に抜け出したところで、物を盗むほど長時間だと流石に仲間に怪しまれるだろう。

盗んだ人がいるのは確かだ。だけれど何百人かいる二年生と三年生の中から、どれだけ絞り込んでもたった一人に辿り着くとは思えない。

だけれどそれはまだ情報が足りてないからそう思っているのかもしれないけれど。


「おいおい、俺のこと忘れてねえだろうな」


そこで、叶原が口を挟んできた。霧遙先輩は気づいていたようだったけれど、俊徳と三田川は本気で意識の外だったようだ。

三田川が、


「あ、叶原先生、いたんですか」


と言う。ショックを受けたようにしているが、静かにしているから悪い。叶原は未だにカウンターの席に座ったままこちらを眺めている。


「少年、調子はどうだ?」


「全然だめですね。絞り込めないんじゃないですか?」


「情報が足りないからだろ。可能性を考えることはできるが、まだ核心を掴めちゃいねえ」


その言いぶりだと。


「答え分かってるんですか?」


「まったくわからん」


「…………」


「だーかーらー、核心を掴めちゃいねえって言ってるだろ?今の情報だけじゃ、犯人を見つけることはおろか、方法を確定することすらできない。模索することはできるだろうがな」


確かにそうだ。考えても考えても、可能性が浮かんでは消え、浮かんでは消える。叶原が言っていることは正しいのだろう。ならば僕は、何をすればいいのだろうか。

今の僕に、出来ることは何だろうか。目の焦点が合わなくなる。僕は今どこを見ているのだろうか。分からない、分からないけど、なんだか集中できる。このまま、思考の海に溺れてしまえば僕は、確定は出来ないものの、真実を見つけることが出来るかもしれない。

が、僕はそれをしない。無駄な事だ。思いついたとしても、僕はそれを答えとしては認めないだろう。緻密に事実を積み上げた先にある答えでなければ、僕は納得できないのかもしれない。


「はぁ…………」


僕は溜息をつく。結局は人に話を聞く必要があるのだろう。それすらも指図するのは何様だと言われても仕方がない。僕は立ち上がって、学校中を歩き回って関係しているかもしれない人に話を聞きに行こうと思った。それを三人に言おうとした瞬間、学校のチャイムが鳴った。僕はまだ入学したばかりで、このチャイムが何を表すチャイムなのか分からなかった。霧遙先輩は時計を見た。そして、言う。


「もう部活が終わる時間よ」


「決まってるんですか」


「決まってる…………というか目安ね。この後も残って自主練する部活もあるけれど、基本的には今からみんな帰るわ」


まあ、考えるのは明日でも出来る。それにしても僕はそれほどの時間、留めぬ玉について考えていたのか。

三田川や俊徳、霧遙先輩は帰宅の準備を始めている。叶原はもう仕事は終わりだというかのようにすでにこの教室からいなくなっていた。素早いことだ。

僕はスクールバッグを持って帰ろうとしたが、僕のスクールバッグが見当たらない。どうやら部活棟に置いてきてしまったらしい。仕方ない。向かうとしよう。そして、やれることは今日やっておけばいい。どこかで山下先輩に質問をしておきたい。そうなったら、遅れるかもしれないな。

僕は三田川に言う。


「ごめん、三田川。すぐには家に帰れないかもしれないから、あの二人に夕飯を作っておいてくれない?そのまま僕の家で食べてていいから」


「うん、分かった。何か、希望とか言ってた?」


「朝は言ってなかったから、実際に会って聞いてみて欲しいんだけど」


僕の頼みを三田川は了承してくれたようだ。頷いてくれた。僕も頷き返す。俊徳がにやけているが、それを無視して僕は扉の方に歩いていく。そしてドアノブに手を掛け、振り返って霧遙先輩に言った。


「それじゃあ、ありがとうございました。先輩」


「ええ、また明日」


「また明日」


僕はそうして、図書室を出た。結局僕は山下先輩の部活を知らないわけだが、急いで荷物を取りに行って校門で立っていたら、会えるだろう。僕は急ぎ足で階段の方へと向かった。一階に降り、渡り廊下を移動して芸術棟に渡る。吹奏楽部の演奏の音は小さくなっている。今楽器を鳴らしているのは自主練をしている殊勝な生徒だけだろう。幾人かにすれ違うけれどそれを無視する。何だか視線を向けられたような気もするが、気にしない。

続けて、もう一度渡り廊下を使って部活棟に移動する。歩いてる途中で、部室の扉を開けて、帰宅しようとしている生徒も見られた。基本的に部活は扉をしめ切って行うようだった。窓を開けて換気をしているんだろうか。健康には気を付けて欲しいものだ。…………戸締りをしているのが見えた。本当に鍵は生徒で管理しているんだな。

部活棟の階段に足をかけたところで、上の方から階段を一歩ずつ降りる音が聞こえてきた。僕も階段を昇り始める。そして、下ってきた人と階段の踊り場に同時に達した。

僕はその人物に話しかけた。


「委員長、どうしてこんなところに?」


それは僕の中学二年生の時からの知り合いである時川琉翔ときがわりゅうと。通称、委員長だった。委員長と呼んでいる理由は彼の性格がとことん委員長に向いていて、事実彼が何度も委員長に選ばれているからだろう。少なくとも僕は出会ってからの二年間、彼は委員長だった。今年も委員長になるのだろう。

委員長は驚いたように僕の方を見ていた。


「ハルこそ。部室は図書室って言ってなかった?」


「部活が終わった時に、スクールバッグをこっちに置いてきたことに気づいたんだよ」


「ああ、成程ね」


「結局、委員長は何でここに?」


「俺はクイズ部に入ろうかなって思って、体験入部をしてきたところだよ」


委員長は数々の分野に造詣が深い。クイズというのが知識量だけを競うものではないことは分かっているけれど、向いていることは確かだろう。クイズ番組が好きとも言っていたし、興味があったのだろう。まあ、大成してくれることを祈ろう。


「トシは?」


「もう帰ったんじゃない?」


委員長はそれを聞いて頷いた。


「それじゃ、ハルもあんま遅くなりすぎるなよ」


「大丈夫。バッグを取りに行くだけだからね」


「後、あんまり周りの声気にするなよ」


「僕がそういうの気にしないって知ってるだろ?」


委員長は安心した様に笑みを見せた。そして、僕らはここで会話を止める。委員長は階段を下りて、僕は階段を昇っていった。三階にまで上がって、僕が図書室に向かうまでにいた部室に入る。僕はそこにまだいた男と二、三の言葉を交わして、スクールバッグを手に取り、部室から出た。

山下葉子は、まだこの学校に残っているだろうか。

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