活動を始めて頭を動かす

反対をしても意味はないことを知っている僕は、テンポよく進んでいく会話をただ眺めていることしかできなかった。元々、会話に積極的に参加する気質ではない。その上、今話しているのは知らない相手だ。必然、僕はただ黙って話を聞くしかない。


「無くなった学校の備品って、何なの?」


「今分かっている時点だと…………菜箸と計量カップと、ビーカーとマッチかな?他にも、二つの部活動で被害が出てるらしいけど」


それは、かなり。


「かなり被害が大きいわね。ここまで拡大するまで、誰も気づかなかったの?」


先輩が当然の質問を行う。が、僕はもう一つ気になっていることがある。僕はそれを後回しにしようとしたが、周りは違ったらしい。


「でも先輩。菜箸とか、計量カップとか、それにビーカーも。そういうのって、そんな一個一個数を管理しているの?」


「他の学校は知らないけれど、うちの学校はそこら辺はしっかり管理しているわ。二週に一度ぐらいの周期でチェックしてたんじゃないかしら」


へえ。ビーカーとか菜箸とか。あれって数も管理しているものなのか。この学校が特別なのか、実は高校として普通の部類に入るのか。まあ、他のいくつかの高校生にインタビューしないと分からないことではあるが、僕にそんな気力はない。

相談者の先輩は首を縦に振り、続きの話をした。


「私は元々生徒会で、物品の整理の仕事もしててね。そしたら、春休み中に先生に言われて、確認したら数が本来あるべき数に達してなかったの。部活動の件に関しては、そのことを今日、友達と話してたら、その友達から聞いたのよ」


「その友達って、何部なの?」


「山岳部と裁縫部よ」


山岳部と、裁縫部。まあ、この学校ならそれぐらいあるだろう。盗まれたのは部活動に必要な道具、と言ったところだろうか?しかし個人のものだったら持ち帰るだろう。だとすれば、普段から部室に置いてあるものか?いやそれは、その部活に所属している人たちが忘れ物をしたという可能性がある。結局は、そこに行って聞いてみないと分からないという事なのだろう。


「無くなったか、盗まれた。まあここでは無くなったにしておきましょうか。学校の備品がなくなったって言ったけど、何日だったかは覚えてる?」


「四月三日だったかな」


「意外と最近なのね」


「もっと前から無くなってたら、もっと前から相談してるよ」


というか、春休み中も学校ってこないといけないのか?それともこの先輩が真面目なだけだろうか。…………まあ、不真面目という印象は見た目からは想像できないな。見た目でその中身を決めつけてはいけないというのは分かっているけれど。

というか、一週間前ぐらいか。


「裁縫部と山岳部はいつ無くなったのに気付いたのかとかは聞いてる?」


「どうだろ、そういえば聞いてなかった」


そこで、唐突に質問が飛び出てきた。


「先輩、無くなったものって元々はどんなふうに置かれてたんですか?」


「普通よ、と言っても見てもらわないと分かんないかもしれないわね」


相談者の女子生徒はそんな風に答えた。まあそれはそうだろう。学校によって違うのだし、教室のつくりを一から説明するのは難しい。結局は自分で出向いて確認することになるんだろう。

と、そこで相談者は時計に視線をずらして、驚くような顔をした。いや、事実驚いていたのだろうけれど。


「あ、ごめん!そろそろ部活いかないと部長から叱られるかも…………ハルちゃん、ごめんね?」


彼女は元気よく椅子から立ち上がった。


「大丈夫よ。あなたの部活って練習が必要なものだし…………任せておいて」


「ありがと!それじゃあ、またね!」


「はい。相談者さん、ありがとうございました」


「堂に入ってるね!」


そうして、相談者は騒々しく図書室から出ていった。…………相談者か。というか、練習が必要な部活動に所属していながら、先輩に時間を割いてまで相談しに来たという事は、よほどこの件を解決したいのだろう。勿論、もう一度その備品を買い直せばいい話ではあるのだが、まあ論理だけで片付けられないという話だ。感情論は生きていくうえで、必ず絡んでくる。今回もそれだという事。









「あ、ちょっと待って。何か連絡が入った」


ここまで話したところで、連絡が来た。まあ、タイミングがいいと言えばいいのだろう。時計を見る。まあ、これぐらいか。

後輩は何故そんな所で中断するのかと不満げな顔をしている。僕は謝る。


「ごめん。ちょっと気になっていたことがあったから、確認しておきたかったんだ」


「何をですか?」


「僕の過去を話すのはいいけどさ。他の人にも許可を取らないといけないからね。色んな人に聞いてきたんだよ」


まあ、全員に確認するのは無理だから、主要な人たちに。全員の許可を取らないのならば、最初から気にする義理もないのかもしれないけれど、まあこれも感情論だ。

その中でも一番僕が気にしていたのは、名前を出してもいいかどうか。その返信が今来たんだろう。僕はスマホを取り出して、メールを見る。

幾つかの会話の下に、それぞれの言葉で名前を出す許可が出されていた。これが来るまでは、一応心情でも名前を出さないようにというどうでもいい心遣いもしていたけれど、それも終わりだ。


「僕はここまで、全員の名前を濁して説明してきたけど、ここからはちゃんと名前を出すよ」


「許可が下りたんですか?」


疑惑の視線が僕を貫く。何でだ、君が話してくれるように頼んできたんだろう。


「私だってこの頼みが無理難題であることは分かってますよ。初対面の後輩相手にペラペラ話してくれるとは思ってませんし」


「言ってなかったかな。僕には君に話すことでメリットが生まれるかもしれないんだ。だから話すし、みんなも僕がそこまですることの意味を分かってくれる」


「信頼、してるんですね」


「理解してるんだ。何年か共に時間を過ごせば、それぐらいにはなるよ」


「そう、ですかね。まあ、先輩はそうなんでしょう」


僕は全員に感謝の意を文字で示してから、スマホの電源を切る。そして再度スマホを仕舞い、後輩の目を見た。


「もう中断しないよ。ここからは最後の最後までノンストップで話し続けよう」


「分かりました。楽しみにしておきます」


完璧のタイミングだったと言えよう。改めて、心の中で彼ら彼女らに感謝を示す。僕は深呼吸をする。頭の中で文字を整理する。…………そして、その流れに従うように、口を開く。


三田川みたがわは緊張していた糸が切れたかのように、大きな息を吐いた。俊徳としのりは彼好みの推理小説のような展開に心を躍らせているようだった」









三田川は緊張していた糸が切れたかのように、大きな息を吐いた。俊徳は彼好みの推理小説のような展開に心を躍らせているようだった。

霧遙先輩が、笑顔で二人に話しかける。


「無風部はこんな感じよ。思っている通りだった?」


「全然違いましたよ。名前からは想像できませんし」


三田川はふにゃふにゃした声でそう言う。まあ、想像は出来ないだろうな。僕もなんか理科的な実験をする謎の部活かと思っていたけれど、まあ部室が図書室な時点で、その可能性はほとんど消えているようなものだった。

かといって、お悩み相談所、探偵事務所なんて想像できるはずがないのだけれど。


「克治は遅かったじゃないか、何してたんだ?」


「ちょっと部活棟に用があってね。さっきの…………?」


「山下葉子。私と同じ二年二組の子よ」


「そう。山下さんはの依頼?相談?まあ、それがありましたけど、いつまでに終えるとかはあるんですか?」


僕のその質問には三田川が答えてくれた。


「黒御が来る前に、備品の買い替え前に何とかしたいとは言ってたわ」


「へえ。取り返したいのかな」


「さあ」


まあこの時点では断定なんてできるはずもないってことなんだろう。だが、僕はそれ以外にも気になっていることがある。


「いつから始めるんですか?その、無くなったもの探しは」


「ここで情報をある程度整理したら、すぐに行くわよ?」


「…………」


なんてアグレッシブなんだ。三田川も俊徳も楽しそうだが、なんて元気なんだ。僕は正直、この部活に入るのはやめておけば良かったという心持ちだ。君もそう思うだろう。僕らはただの一高校生で、謎解きなんてできるはずもない。小学校や中学校でもそうだったはずだ。何かしら変なことが起こって、学校で放送が入って、近くにいる奴らと自分の考えを話し合って、いつの間にかその話題は風化していく。

それが僕らにできることで、それ以外が僕らにできないことだ。

口に出したりはしないけれど、僕はあまりこの部活動に積極的ではない。この後行われる調査というのも、出来ればここに座ったまま終わらせたい。

その為にも、この情報の整理に労力を注ごう。


「山下先輩は菜箸、計量カップ、ビーカー、マッチが無くなったと言っていました。そして、山岳部と裁縫部からも何かが消えたという情報も聞いていると。無くなった、とか消えた、とか言ってますけどもういいでしょう。流石に、盗みじゃないですか?」


「そうね。一度にこんなに物がなくなるというのは誰かに盗まれたとしか思えないけれど…………この全部が繋がったものとは確定できないわ」


「どういうことですか?先輩」


三田川が疑問を挟む。それには俊徳が答えた。


「盗まれたものが、全て同じ人に盗まれたものとは限らないってことさ。まあ俺は、同一犯によるものって可能性が一番高いと思ってるけどね」


まあ、それはそうだろう。…………が。


「何だか、家庭科に関わるものと理科に関わるものが盗まれてる気がするんだけど」


「そうね。どれも、家庭科室と理科室にあるものだわ。でも、変ね」


「変、ですか。共通点がある分、無造作に選ばれてるよりはましだと、僕は思いますけどね」


僕はそう言ったけれど、先輩が一年この学校で過ごしたものとしての意見を示した。


「確か、春休み中は特別教室は戸締りの時に、鍵が閉められていたはずよ。昼間に盗むにしても人目があるし、朝早くからきても、鍵はしまっている。窓が割られたりしていれば、話ははやいのだけれど、そんなこともなさそうだったわ」


つまり、特別教室の中から物を盗み出すことは至難の業だったという事だ。だが、僕らは当然、考えるべき謎がある。


「何で犯人は、物を盗んだんでしょう。動機は何なんでしょうか。そして、犯人は誰なんでしょうか」


「誰がやったのか、どうやってやったのか、なぜやったのかってやつだな。まあどちらにせよ、実際に足を運んでみないと分からないんじゃないんですか?」


俊徳が先輩にそう言った。先輩は頷いた。


「じゃあ行きましょうか。教室の場所がまだ分かってないでしょうし、着いてきて」


先輩はそう言った。二人は神妙にうなずいた。でも僕はうなずいていない。何とかしてここに残るいいわけでも思いつかないものか。無為な時間を過ごすことになってしまうかもしれない。だけれど、霧遙先輩のこの自信は何なんだろうか。実績があるゆえの自信だ。つまり、霧遙先輩はこの無風部で様々な相談を解決してきたのだろう。

が、しかし。言いたいことがこちらにもある。


「他の無風部員はどうしたんですか?僕らだけってわけじゃあるまいし」


「ここにいる人で全員よ」


…………何てことだ。人手不足にも程があるだろう。まあ、だからこそ先輩も僕らを勧誘したのだろうけれど。かといって、行こうとは思わない。行けば、山岳部と裁縫部で何が盗まれたのか明らかになるだろう。しかし、理科室と家庭科室に何があるというのだ。春休みの間、掃除をしていないとも思えないし、していなかったとしても、僕らは警察じゃないのだから髪の毛や指紋を調べても何も分からない。

そうだ。そもそも警察を呼べばいい話じゃないか。警察なら、その場の状況から春休みに何が行われたのかを鑑定することだって可能かもしれない。勿論、なぜすぐ通報しなかったのかなどと誰かが言われるかもしれないが、それで終わる。

僕はそう提案したけれど、まさかの俊徳がそれを却下してきた。こいつ、面白そうだからという理由で却下しているんじゃないだろうな。


「駄目だよ克治。普通に考えてみなよ。四月三日にはすでに判明していることだ。それでも警察が介入してないってことは、先生たちはこの件をなかったことにする気なんだよ。それなのに俺たちが勝手に警察を呼んだりしたら、先生たちの世間の目をかいくぐろうとする努力が無駄になるじゃないか」


「現実的で、権力的だな」


「ははは!まあ、克治が行きたくないならいいさ。隅の老人の如く、知恵を絞らせてくれよ」


霧遙先輩は「じゃあ、お願いね」と言って、僕がここに残ることを容認してくれたようだった。…………勧誘の負い目をついたようで、嫌な気分だな。三人が図書室から出ていくのを見送った。だけれど扉がちゃんと閉まらなかったようで、半開きになっていた。僕はそれを閉めようと、立ち上がる。

そして、椅子がゴトリという音を鳴らしてずれた。僕は歩いて扉の所まで行く。そして開く。それにしても、この部屋は足音が響くな。しばらく開けたままにしておき、しばらくして閉める。…………何をやってるんだか。

僕はそのままさっきまで座っていた席に戻ろうとするが、背後から声をかけられた。


「お、無風部に入ったんだ。順当だねぇ」


「煙草を咥えながら図書室に入ろうとしないでください、叶原かなえばら先生」


「火つけてねえからセーフなんだよ」


スーツを着崩した、先生と言われても三度見してしまうような怪しげな男が扉を開けて図書室に入ってくる。言葉の通り火をつけていない煙草を口にくわえながら、こちらを見てきていた。

この男は、僕の知り合いの、この学校の教師。叶原羽翼かなえばらうよく。この学校にいるのは知っていたけれど、何で図書室何かに?


「何しに来たんですか」


「何しに来たとは失敬な。無風部顧問になんて口を利くんだ、少年」


「…………あなたが顧問ですか」


「信頼できるだろ?」


「信頼“は”できますよ。かといって、尊敬はしませんけどね」


僕がそう言うと笑いながらカウンターに行き、ドスリと座った。…………それはいずれ配属される図書委員の席ではないのだろうか。だが彼は退く様子はない。僕は注意するのを諦めて、さっきまで座っていた席に戻った。

叶原はこちらを見た。


「お前がいるってことは、戸澤と三田川もいるのか?」


「いますよ。霧遙先輩と一緒に調査に行っちゃいましたけど」


「もう依頼を受けたのか。どんなのだ?」


僕は一瞬言おうか迷って、そう言えばこの男は顧問なのだと思い話し始めた。叶原は僕の話を聞いて、神妙にうなずいた。


「戸澤の奴、いいこというじゃねえか」


「教師があれをいいことと評価しないでください」


「事実は事実だ。ま、俺は権力には屈しないがね」


格好いいことを言ってはいるが、僕は彼が警察に屈しているところを何度も見ているんだけれど。というより、僕の知り合いの大人の男が大抵は駄目人間なのが悪いのだろうが。


「じゃあ、通報してくださいよ」


「通報しなくても何とかなるなら、それでいいだろ」


「そうですか」


だが、隅の老人のような安楽椅子探偵を決め込んでいる僕にもやれることがある。それは、叶原からこの学校の情報を得ることだ。流石に何もしていないのは心が痛むからね。

僕はまず気になっていたことを聞いた。


「普通、生徒は春休み中に学校に来るんですか?」


「運動部の奴等とか、吹奏楽部の奴等とかは来る。部活棟の奴らはまちまちだ。やる部活もあるし、やらない部活ある。部活をやらない奴等は、生徒会に部室の鍵を預けておくんだよ」


僕はそれに納得しかけて、もう一個気になる点を見つけた


「普段は部室の鍵は誰が持っているんですか?」


「その部の部長だよ。クイズ部の部室の鍵はクイズ部の部長が持ってるしな。芸術棟のは職員室で保管だ。勿論教育棟もな」


「じゃあ、部活棟は学校とは独立した一つの施設のようなものになってるんですね」


「ま、そうだな。俺がここの生徒の時だった頃からそんな感じだったな」


そう言えば、叶原は羽場高校出身なのだった。自分が通っていた高校の教師になるというのはどういう気分なのだろうと思ったが、その質問は後回しにしておくことにしよう。


「生徒会が部室棟の鍵を管理するってことですけど、生徒会の誰が、というのはあるんですか?」


「生徒会室に置いとくんだよ。つまりまあ実質、生徒会室の鍵を持ってるやつだな」


「今回は誰だったんですか?」


叶原はそこで考えるような素振りを見せた。まあ、全部覚えてるというわけでもないか。そう思ったが、叶原は答えを出した。


「山下だ。今回の相談者の奴だな」


「まあ、そうですよね」


彼女は春休み中に先生から相談されたと言っていた。彼女が学校にいたというのは当然の事だろう。その理由が、鍵を持っていたからというのは分からなかったが。…………だが。


「生徒会室の鍵も職員室で保管しておけばいいんじゃないんですか?」


「言ったろ。部活棟は生徒主体。その延長線上にある鍵の管理も生徒主体だ」


「その生徒主体っていうのを考えた人が怠け者だというのは分かりました」


「初代校長を虚仮にするとは、やるな」


別に僕は初代校長だから特別敬意を払うというようなことはしない。校長は校長。どの校長も同じだ。


「お前が今考えてるのは何なんだ?」


「まあ推理小説で言うところのハウダニット…………どのようにして盗んだのかを考えています」


「まあ、何故やったのかとか、誰がやったのかよりは取っ掛かりやすいのかもな。場合にもよるが」


「…………この学校に警備員っているんですか?」


「いない」


犯人の可能性があるのは教師と二年生以上の生徒。それも、学校に来ている…………いやそれは盗むためだけに来ればいいのだから違うか。が、普段から部活をするために学校に来ている人の方が怪しまれにくいのも確かか。でも、部活しているかどうか全部把握しているなんてそんなわけもないし…………。


「出来ることはなさそうだな」


「お前こそ怠け者だな」


「情報が来るまでは、どうもできないですからね」


僕は立ち上がって、本棚の方に向かおうとする。待っている間、時間を潰そう。あの本の一巻があるのだから、それ以降も少しはあるだろう。9類は確か著者名順だからノを探すか。そんなことを考えながら、僕は歩いていく。突如そんな動きをした僕に叶原は質問する。


「おい、どこいくんだ」


つばささんの本を取りに」


「…………望川のぞみかわねぇ」


「あんま小説家の事呼び捨てにしない方がいいですよ」


僕はそう言いながら、歩いていく。距離が離れるから声のボリュームも少し上げなければならない。こんなことが出来るのも、図書委員がいない今だけだ。


「いいんだよ、俺は。お前こそ、さん付けで呼ぶのは変だろ」


叶原はそんなことを言っている。だが僕にはしっかりとその反論があるのだ。


「僕は知り合いだからいいんですよ」


僕の知り合いの大人の中の一人。それが望川翼さんだ。今というよりここ最近の世間の話題を掻っ攫っている小説家だ。最も注目されている小説家と言っても過言ではない。彼女が当時高校一年生の頃にデビューを果たし、ありとあらゆるジャンルの小説を書き続け、遂には彼女のための会社が六個出来る始末という現実離れした功績を持っている。三つの出版社と三つの印刷会社を使って、異次元の刊行スピードを保っている。

僕は彼女の本を全て買いたいとは思っているけれどそれを置いておくスペースもないし、普段は図書館で借りたりしている。ここで読めるのなら、読んでおきたい。


そして、望川翼と本に書かれているのを見つけた。流石の刊行数というべきか、本棚二つ近くを占領している。僕はそこから『白露はくろ 初候 草露白くさのつゆしろし』という本を取る。二十四節季シリーズの…………何巻目だっただろうか。前に読んだのが『処暑』だったから、次読むべきなのは、これで間違いないはずだ。

僕は元の席に戻る。いつの間にか煙草をくわえるのを止めていた叶原は、つまらなそうにその本を見る。彼はこの小説が嫌いなのだろうか。


「どうしたんですか?」


「いーや、別に?」


「何で拗ねてるんですか」


「うるせえ、ネタバレするぞ!」


「情緒不安定ですか」


が、僕が小説を読み始めると、ちょっかいをかけてくるのを止めた。そこら辺の常識はあるという事なのだろう。

登場人物紹介を見た後、プロローグに入る。プロローグ:留めぬ玉と書かれてあった。留めぬ玉?どこかでそのフレーズを聞いたような気もするが、思い出せない。ページをめくらず、それが何の単語だったのかを思い出していたら、扉が開く音がした。


「え?」


「素晴らしい収穫があったよ、克治!」


俊徳は大声を出して図書室に入ってきた。続けて、三田川と霧遙先輩。


「おい少年。何やってんだ」


「…………留めぬ玉って何でしたっけ」


「百人一首だ、馬鹿野郎」


そうだった。…………まあ、時間が来てしまったのなら仕方がない。僕は本を閉じて、三人の方を見る。学校内を駆け回らず、ただここでのんびり過ごしていたのだ。一応、叶原から情報も得たけれど微々たるものだ。

ここからは僕が働かなくてはならない。今後継続して部活を行うか、退部をするかを決めるのは確かだが、今は無風部だ。

高校生活最初の、いや人生最初の部活動開始だ。


「何が見つかりましたか?」


部活動に心血を注ぐ。それが、普通の高校生として重要な事だろう。僕は普通にこだわりはないけれど、逸脱にこだわりもない。

程よく頑張ろう。

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