第4話
この広い宇宙、移動には何ヶ月とかかる。
しかもこの艦には4人しかいない。
2人1組で常にブリッジに張り付いているとライアンが通信装置の前で悪態をつくのが聞こえる。
「クソッ…おいルーカス!」
「何だ?」
「行き先が決まった。ドイツ戦線だ、冗談じゃないぜ。」
「そんなにマズイのか?」
「そうか、お前は本国人だから現地は知らないのか。」
「仕方ないだろ、本国人は全員スクリーンに齧り付いてるネズミじゃないんだ。知らないことは知らないのさ。」
「確かにな…そこでこの俺が説明してやるよ、どうなってるのか。」
彼は手元の中型電子端末をこっちに向けて説明し始める。
彼が言うには、
スペインは宇宙に腰を据えていらい長いこと他の自由民主主義的政治体制を持つ国家たちと同じく宇宙空間の各地にさらなる進出、植民を繰り返した。だが、宇宙はやたら広大だが資源のある地域は限られていた、特に資源と市場において激しく摩擦が生じる・・・。
自然と各国は良いポジションを確保することに奔走するようになっていった。
そして、各国は初期において互いに入り混じりフロンティアを協力しながら開拓していた時代を捨て去りそれぞれの領域を明確化していった。
ここで1番最初に植民した、もしくは植民規模が大きかった場所を本国としてそれらの地域では戦闘はしない取り決めが生まれる。
自然とより大きな市場と資源の確保のため各国はお互いの国境付近の植民活動を増やし、武力行使にも躊躇わなくなった。
最初はヨーロッパ系の国々の間で問題が生まれた。
これらの国々は決して大国ではなかったためにヨーロッパ諸国同士が協力する方針を宇宙進出以前から保持してきた。この政策は諸国の発展を促進したが、植民宙域が狭い範囲に集中して行われたために。
そして長い間グローバルな協力関係を築いてきたがために、民族や資本が複雑に絡み合い衝突の激化を招いた。
との事だ。
ルーカスはこの話を聞いたことがあった。
「なんだ、学校でも習う事だ。」
「そうなのか?」
「そうだよ。」
横からエミーが言ってくる。
「なんだスペインの学校のカリキュラムでそこまで詳しくやってくれるのか…。」
彼は驚いたあとに、納得したような顔で話を続けていった。
「国家間の勢力圏を奪い合う戦いが続くようになるとこまでは話したな?それじゃあ今回行く金星エリアではどうなってるかだが…
基本的に金星圏も他惑星圏と同じように層状にコロニーやその他様々な人工天体が配置されている。
ほとんどの場合1番高度が低い層に1番小さいコロニー群が、1番高度が高い層に1番大きいコロニー郡がある。
ここにもドイツとスペインの対立が飛び火してお互いの植民地同士が交戦状態に入ったわけだ。」
そう彼は言う。
「じゃあその植民地同士の戦いに俺たちは送られるってことか?」
ルーカスは聞く。もちろん彼の好奇心、言わば興味本位の質問ではあったが知識をひけらかすことに躊躇わないライアンは答える。
「多分、だ。変わる可能性も十分ある、軍が全て明らかにする義務はないんだ。」
彼は艦の壁面を軽く蹴りこちらに飛んでくる。
「軽く行こう、今から緊張していたら悪い光に当てられる。」
パンパン
彼に肩を軽く叩かれながらルーカスも軽く返す。
「わかってる、もし俺が光にやられたら俺を解放してくれ。」
「もちろんだよ。」
ルーカスにとっても、戦いのストレスから気が狂ってしまった仲間をある程度見てきた。
「おいルーカス、ここにいる〜?」
エミーの声が聞こえる。
居住ブロックは直径3メートル奥行き5メートル程度しかないため大きな声を出す必要なんてないだろうに…。
「はーい。」
答える。
「ベルがテストするって言ってるよ。」
そう聞いて納得する。そういえば通信信号を暗記するように言いつけられていた。
「わかったベルは艦後方に?」
ベルの位置を聞く。
「ああ貨物ブロックにいるはずだ。」
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スペースカタパルトで水星圏から金星圏にほうり投げられて早くも1ヶ月。
「艦を180°回頭してNTR(核熱ロケット)を30秒点火、他はシステム制御のイオンスラスターに微調整させる。」
「わかった。」
ルーカスはライアンとベルの話を聞きながら席に着いた。
頭を上にむけるとエミーの席が見える。
ニッコリ
あまりの笑顔にこっちも笑顔で返してしまう。
ほんの数週間前のあの相手を戦慄させる嗤いは影も形もない、あるいはこちらが本当の彼女の笑顔なのかもしれない。
そう感じさせたほど彼女の笑顔は美しかった。
「おい、お前らこれからコロニーとランデブーするんだぞ。始めようとするんじゃねえ。」
フワフワと船内をベルとモニターを覗き込みながら漂っていたライアンがからかってくる。
ベルもニヤニヤしている。
「わかったよ。」
エミーとするにはタイミングが悪かったようだ。
「うちの生徒もなかなか手が早いじゃないか〜、ファア~。」
口元に手を当てベルが気の抜けたがあくび混じり声でからかい続ける。
付き合いだすと人は似る。
そういうことわざがあることをルーカスは思い出した。
最初はわからなかったがベルとライアンは話し方から船内の移動方法までソックリだった。
ライアンは全裸ではないが。
「少し席を外す、俺たちの順番が回ってきたらおしえてくれ。」
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「そういえばテストの結果どうだった?」
ランデブーの打ち合わせはひと段落ついた。
そんな時に彼は話を振ってきた。
「…100点満点。」
仕方なく彼女は答える。
放っておくと一日中絡まれ続けることになる。
「へえ…俺なんか5点だぞ。」
「逆になんでお前は士官学校を卒業して艦隊まで持てたんだ?」
怪訝な顔をして彼女は彼をみる。
決して恵まれた生まれではない彼女にとって勉強できる機会があるのにそれを有効活用しないのは不思議なのだろう。
「コネさ、親のコネだ。」
平然と士官学校レベルでの腐敗を打ち明けた。
「そういえば祖国はそんなもんだったな。」
彼女も平然と返す。
長いこと西側で生活しているものの、アチラでの生活を忘れたわけではない。
「おーい、出番だぞ。」
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〈こちらコロニーユヴカ1、ランデブー番号34番マラケシュはランデブー安全速度まで減速してください。オーバー。〉
「こちらマラケシュ了解、ランデブー安全速度まで減速する。オーバー。」
管制はようやくランデブーを許可してくれるようだ。
「おーい、出番だぞ。」
首元まで通信ヘッドセットを落とし仲間をルーカスは呼ぶ。
〈ランデブーポイントは20番ドック、相対速度も規定値まで下げてください。オーバー。〉
「ランデブーポイントは20番ドック、相対速度規定値了解。オーバー。」
指示通りランデブーポイントの20番ドックに行くために艦の軌道操作基準点を金星からコロニーに切り替える。
コロニーは常に回転しているためコロニーを基準にして操作する方がはるかに容易なのだ。
「20番?」
艦の操作パネルに手を伸ばしたベルが聞く。
「20番。」
当然彼女も一度聞こえているはずだ。
ただ何事もダブルチェックが基本、特に命がかかっている時は。
ゴクリ
何度もベルに教えられたことだ、落ち着いてやればミスすることはない。
そうルーカスは自分に言い聞かせながら艦の速度計に目をやる。
秒速1cm
規定値であることを確認して安心する。
「ベル、これで問題ないか?」
ベルに艦のマニューバを任せていたことを思い出しそちらを向く。
「大丈夫だ、緊張するな。全て手順通りだ。」
彼女は続けて言う。
「それに今更何かしても間に合わない。」
彼女も嗤う。エミーのあの顔と同じだ。
彼女が元凶だろうか?
わからない
いつのまにかルーカスの心は落ち着いていた。
しかし、それは安心ではなく憂鬱から来たものだった。
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宇宙。
無音の世界、そこは無情でそれでいて美しい世界
だがルーカスにはそれに浸っている暇は少しもなかった。
彼のコックピットはスイッチをはじめとした計器類に埋め尽くされていた。
「計器ガード解除。」
彼は自分のふともも右横下、操縦レバーに手をかけた際にはちょうど右肘の下に位置する黄色のスイッチを下にパチっと下げる。
これで他の計器も作動するようになる。
「計器、ライトオン。」
パッ パッ パッ パパッ
計器類に光が入る。
「バッテリー電源、オン。」
機体機動用のバッテリーの電源を入れる。
これで機体全身の駆動機に電力が供給される。
「メインジェネレーターアイドリング解除。」
主発動機であるCPR -1000がエネルギーを艦に送らなくなる。
そにエネルギーは全て機体のバッテリーに送り込まれていく。
「主推進機ロック、解除。」
これで彼主推進機はいつでも彼が入力した通りに動くようになる。
「サブスラスターロック、解除。」
これでサブスラスターも彼に追従する。
「リコイルコントロールスタビライザー、オン。」
これで彼の機体は射撃時の精度向上が見込める。
続けて彼はコックピット前面にある二つのレーダースクリーンの上にある赤色のボタンを3秒間押した。
「レーダー、オン。」
うっすらとレーダー画面に光が入りレーダースクリーンに左右90度のレーダー情報が表示される。
「赤外線監視装置、オン。」
コックピットブロック上部に位置する人の頭部にも似たセンサーブロックから赤外線情報が送られてくる。
「ウェポンコントロール、オン。」
これで彼の機体は武装に必要な情報をセンサーブロックから得るようになる。
「こちらルーカス機、発進シークエンスコンプリート。オーバー。」
彼はヘッドセットから指揮を取るベル機に作業の完了を伝える。
「こちらベル機了解。ライアン機そちらはどうか、オーバー。」
右横、レーダー表示だと50mほど離れた位置だろうか、に位置するベル機が1番最初に展開を開始したライアン機に連絡を入れる。
「こちらライアン機、シークエンスコンプリート。オーバー。」
手間取っていたライアンも準備が終わったことを伝える。
すでに作業は完了しているのに緊張と不安でもう一度確認を行なってしまう。
落ち着け、落ち着け、落ち着け…
ルーカスは自分に言い聞かせる。
少し前まで溺れることができたアルコールはもうなく、レバーから手を離すこともできない。
なんとか落ち着くために、レーダースクリーンの上にあるツマミをいじり始める。
「落ち着かないのか?ルーカス。」
笑いを含んだ声でライアンの声が聞こえてくる。
ツマミをイいじる音が漏れていたのだろうか
「死んだら落ち着ける、今は集中しろルーカス。」
ベルの声が通信機越しに聞こえてくる。
冷笑する彼女の顔が、見えているわけでもないのに浮かんでくる。
「大丈夫、今はまだお試し期間だから。生きて帰れるようにするよ。」
エミーの声も聞こえる。
フー
少しは落ち着いてきた。
その気配が伝わったのだろうか。
「各機30秒後、60秒の噴射を行い楕円軌道へと遷移する。推力方向のセットと機体の水平軸合わせを忘れるな、オーバー。」
「「「30秒後、60秒了解、オーバー。」」」
機体の水平軸をベル機を基準に合わせる。
推力方向も機体性能に合わせて推力方向を設定、噴射量も他機に合わせておく。
残り15秒
慌てず、落ち着いて、正確に行動。
次は主スラスターの機関部温度、コックピット左側のメーターを使用して確認。
規定値以内。
最後は武装のチェック
問題なし
「各機噴射まで…3
2
1…
噴射。」
スウー
カタカタカタ
機体を揺らす微かな振動、メーターの針が動く。
レーダーに表示される人口天体の位置が少しずつずれ、スクリーンに表示される。
太陽の光で輝くコロニーをはじめとした人口天体はまるで惑星のリングのような輝きを放っていた。
カチッ カチッ
レーダースクリーンに備え付けられたツマミをイジる。
戦闘用レーダーを絞り込みつつ、警戒レーダーも絞る。
ビー ビー ビー
コックピットの計器の一つが猛烈な音と赤い点滅を放つ。
間違いなくアクティブレーダーで捉えられたことを意味する。
「敵機7、水平二時垂直30度の方向。」
エミー機から鋭い声が飛ぶ。
彼女の声の奥からも似た警報音が聞こえる。
「このまま推力噴射を継続、交差時間は7秒、再接近距離は30メートル、油断するなよ。オーバー。」
ベルの声は聞こえる。
続いてライアンの「たかが2線級の偵察部隊だ、軽く一当たりして追い返す。いいな。」
だがルーカスはすでにその声が聞こえていなかった。
彼の意識は…
覚醒した。
それを待っていたかのように両隊列から光が放たれる。
ライアン機が放ったものだろうか、中距離ミサイル群が敵の隊列の手前で爆散する。
対面さんの迎撃ミサイルによって撃ち落とされたのだろう。
そこにさらにミサイルが撃ち込まれていく。
こちらも戦闘レーダーで敵機7機をマルチロックする。
友軍機がロックオンしている情報も記入されるがライアンとベルのロックオン情報は映らない。
そしてベルは所持した大型武器を使用してもいない。
意図を察する…
ライアン機が放った第二波のミサイル群は再び分厚い弾幕で出迎えられる。
だが3発が抜ける。
そのうち2発が目標に到達。
ピピッ
二つの光点がレーダースクリーン上から消える。
残り5機。
ライアン機のミサイル残弾がゼロになったのを確認したその直後。
ベル機が発砲、右腕部に装備した250mm多薬室砲が火を吹く。
こちらも赤外線センサを使ってロックオンを重複させる。
対面さんの射撃もくる。3本の光の列。
残り2機は大口径バズーカを発射した。
レーダースクリーン上に敵機が発射した弾幕を確認し、警報音も鳴り響く。
右中指に割り当てられたフレア発射ボタンを小刻みに押す。
何発かは逸れるも、限界がある。
ガガッ ガーーーッ
シールドに多数の砲弾が着弾しシールドが崩壊。
防ぎきれなかった何発かは左肩部に多数着弾し粉々にする。
こちらも黙ってはいない。
右腕部に装備された120mm砲弾は槍のように細長く敵モビルスーツのシールドを貫き通せる。
何発かは逸らされ、何発かは防がれるも敵機のメインブロック下部を貫通した。
高音に熱せられた破片が内部に入っている人間と機械を混ぜ合わせる。
彼、あるいは彼女はもう無事ではないだろう。
だがルーカスにそれを悲しむことも嘲笑うこともできない。
コンマ数秒後には彼も次の敵機をロックオンしなければならないからだ。
捉えた、そうルーカスが認識した時には敵機はあまりにも近すぎた。
接敵まで五秒とないだろう。
高速で接近する二つの鋼鉄の物体は抜刀した。
両機ともに物理ブレード。
ギッ
ルーカスは左足でペダルを踏み込む。
途端に機体は進行方向を基準に軸を左に倒す。
いわゆるロールだ。
45度
完全に横倒しになった。
まだ踏む。
90度
最初の地点から見て完全に逆さまになった。
腕部を回転させて外側にブレードを突き出す。
その瞬間敵機にブレードが食い込み、金属同士を擦り合わせたような音と振動が腕部からルーカスに伝わった時。
彼のブレードは敵機を叩き割っていた。
すかさずレーダーに視線をやる。
敵機の残骸がいくつか写っている。
「これで・・・、終わりか?」
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