第3話

結局エミーの作った料理は爆弾だった。

パックを温めてストローを刺すだけで食せるものをどう調理したら爆弾ができるのか。

まるで分からなかった。


「おい!ルーカス、買い物に行くぞ。いくつかお前に買い与えてやるものがある。」


ライアンが声をかけてくる。


「分かった。」


一体どこに行くのだろう。

答えはすぐにわかる。


すぐ側だった。

30番ドックからほど近い倉庫そこに眠っていた。


「スペイン正規軍だろ?元の所属は。」

「はい。」

「ならいい。コイツの動かし方もわかるだろう、わかるよな?」


そう彼は鋼鉄の巨人を背後に言う。

わずか数ヶ月前まで乗っていた機体だ。

当然できる。


「できます。」

「ならいい、ゴクゴク、これがお前の仕事道具になるAS-21ANGELアーケ。装備は西側ポッド武装として標準的な120mm自動砲。機材はどれも最新型より少し古いもの、ゴキュゴキュ、だから性能は低下している想定してくれ。」


プハ〜 ゲプッ


「コイツは安くない。俺に無駄な買い物をしたと思わせないでくれよ?」

「期待を裏切るつもりはない。」

「ならいい。1億ドル近くも無駄にしたくはないのでね。」


炭酸飲料を飲みながら足をプラプラ振って遊んでいる、この人は何をしているんだろうか?


「にしても、SAー21か。西側ポッドはサッパリ分からん。」

ウンザリとした顔でライアンは言う。


「整備方法知らないな。お前は知ってる?」

「いや、徴兵組だからわからない。」


適当に返した返事でライアンは目を丸くする。

マジかよ、そう呟き左耳の後ろに指をトントン当てて考えている。


「うーん、まあエミーがなんとかしてくれるさ。だろ?」

「…。」

「おい。」

「あ、ああ。そうだな。」


すでに話は聞いていなかった。

ルーカスの頭はすでに次の仕事でいっぱいいっぱい。

端的に言えば少し緊張していた。


バン‼︎


肩を叩かれる。


「出航まで、あと少しだ。飲み物でも買ってエミーとデートでも楽しんでこいや。俺はSAー21を艦に積み込んでおく。出航の2時間前に帰ってこい、ヒック…遅くても早くてもダメだぞ。」


すでに空っぽになった代用飲料の入ったペットボトルを上に放り上げながら言う。


「いいのか?」

彼だって重力を愛しているはずだ。


「この機体を移動させる時に新人がチョロチョロしてると邪魔になるだろ。書類はコッチで済ませておく。」

これも彼なりの配慮なのだろうか、下手だが。


「わかった。」

少しは緊張がほぐれた気がした。

伊達に彼も先輩役をやっているわけではないんだろう。


艦に戻るために再びヘルメットを被り無重力区画へと入る。


今まで愛せていた愛しい重力、時には忌々しく、時にはその恩恵を享受することができた。

それがなくなる。

だけど今はそれを振り払って楽しむ時だろう。

そのためにエミーの背中に声をかける。


「エミー、よかったら食いに行かないかい?」

「イイよ!!」



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この時代食料の供給は決して多くない。

天下のスペイン王国でも太るためだけに食事をすることはできない。


当然そんな時代の料理となれば推して図るべし。


まあ、要はこんな田舎コロニーにファンシーなレストランなんてないということだ。

しかし、コロニーアビキム自体は他のコロニーと比べて劣っているわけではない。

むしろ食料供給に問題がなくホームレスなどの最低クラスの貧者を除き餓死者は出ていない。

他国から来た人々はまずそれに驚くと言われているほどだ。


「ふーん、こんなお店があるんだね。」

「エミーはどれにする?」


コロニーのドックからほど近いがドックのあたりにあるような綺麗な白色の区画ではない居住区画。

ここには多くの屋台や出し物があった。

ピンクかイエローのプラスチック製の椅子に座り葉巻をふかしているエミーに聞く。


「うーん、あの焼き肉かなあ。」

「どれ?」

「あの7番の黄色い変な肉。いまおっさんがとったアレ。」


彼女は指を指す。

その先には串に豚、鶏、牛、犬、猫、蛇、蛙、貝、魚、加工肉のどれかすらわからない物体が付いていた。


「じゃあ俺もそうしようかな、ちょっと待って。」


注文しようとするエミーを制止して店番のトルコ系の男性に声をかける。


「ヘイ、モハメド。いくらだい?」

「うん?ルーク、ルークじゃないか。久しぶりじゃないか?」

「ああ徴兵で「徴兵!?でもお前まだ16になったばかりじゃないか。まったく上は。」

モハメドは憤慨する。


「まあ、仕方ないよ。それより7番の肉が欲しいんだが俺の不幸に免じて値下げしてくれないか?」

「しょうがねえな、その美人さんの名前を教えてくれたらタダでくれてやるよ。」

「あ~彼女は同僚の「フィアンセのエミーリアです。エミーでよろしく。」


ポカンとした顔の男二人を尻目に黄色い肉の入った真空パックを開け口の中にほおばる。


「ほら、ボーっとしてないで食べようよ。」

「モガ、ふがふが。」


ガソリンの匂いがかなりキツイ。

思いっきりかぶりつく。

口の中にガソリン焼きらしい苦味と肉の旨さがさらなる食欲を駆り立てる。


気づいた時には腹一杯になっていた。


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「ただいまより、王国国家安全保障会議を始めます。」


ウーゴ・バラダ・メングアル議長の発言で会議が始まる。


その言葉で現実に引き戻される。

せっかく娘から電話がかかってきたというのに。

全くそう簡単に目下の情勢が変わるわけでもないだろうに役人どもは報告したがる。


それに乗る政治家も政治家だ。

特に野党連中はうるさすぎる。言葉尻を捕まえ「可能性」という言葉で非難してくる。

国民から期待されている我々がドッシリ構えないでどうするつもりなんだ。


「…閣下…、首…閣下、首相閣下大丈夫ですか?」


議長と閣僚たちがこちらを見ている。


「ああ…大丈夫だ。」

「そうでしたか。」

「それで、今回の議題について言いたいことがあるんじゃないか、国防大臣?」


スーツ姿の中年男性、マルティン・ロドリゲス国防大臣に声をかける。


「わかりますか。」

「あたりまえだ、ニッポンプライムとの講和条件だろう?」

「はい。あまりにも相手に譲歩しすぎです。もっとプレッシャーをかけた方が良かったのでは?」

「なるほど、もっともな意見だ。だがそれは政治家としての君の意見だろう?君の軍人としての意見はどうなんだ?」


彼は目を瞑り下を向く。

数秒待ったかと思ったら、再び話し出す。


「純軍事的に見れば、あれが最適だと思います。ホクサイ地方をはじめとする水星の植民地に過剰に戦力を配置したくありませんから。」


宇宙地図を指差しながら国防大臣が説明する。


この戦線がなくなることで現地に展開する第10軍団と第6軍団は手空きになる。


その事実を改めて再確認した首相は言う。


「フッ…、よかった。なら私の判断は間違ってなかったな。」

「ですが…。」

「そんな事より君は余剰戦力を使って新たな作戦を立案するように参謀本部に伝えなさい。極右政党の押さえは私が考える。」

「わかりました。」


お互いに頷く、それと同時に首相は手を向ける。

合図を受けた議長は次の議題に、閣僚たちはその議題について書かれた書類を取り出す。

これがこの政権での王国国家安全保障会議の動きだ。


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「ただいま戻りました。」


飲んだくれたエミーを支えながら艦に戻る。


「おかえり、楽しめたか?」


ライアンはまだ起きていた。

ニマニマと笑いながら酔っ払ったエミーとそれを支えるルーカスを交互に見ている。


その真意を理解し、それを否定するために首を軽く左右に振りながら返答する。


「もちろん、エミーを連れていて楽しめない事なんてないさ。出港は明日だよな?」


返答と仕草から否定の意思を感じ取った彼はルーカスのわかりやすい話題の転換に乗る。

彼も仲間の情事に巻き込まれたくないのだろう。


「ああそうだ。手続きも全部済んだ、お前の機体も積み込んでおいたよ。」

「わかった。軽い仮眠を取ったらコックピットブロックへ行くよ。」


汗とホコリで汚れた体をウェットタオルで落とし、寝袋の

疲れ切った体を宇宙の法則に任せる。

無重力も悪くもないかもな…疲れて体を動かしたくない時は、そう思いながら眠りにつく。


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ヒョコッ


ふー、疲れた疲れた。機体の基礎知識を改めて入れ直したあと、そう思いながらルーカスはコックピットブロックに入った。


「悪い、遅れたか?」


一斉に3人がこっちを向く、エミー、ライアン、ベル。

3人共に1つのシートに集まりスクリーンや操作装置を覗き込んでいる。


エミーは体全体をグリっと曲げてコッチを向いてニコニコと今までの人生で見たことがないくらい綺麗で優しい笑顔を見せた。


「お疲れ様、どうだった?」

「問題なし、エミーが教えてくれたおかげだよ、ありがとう。」

「どういたしまして。」


軽くウインクを送りながらエミーは話す。


ライアンはいつもの悪友が浮かべるような軽薄で苦笑とも冷笑とも取れる笑顔を浮かべた。


悔しいが彼にはバレていたようだ。


「そのシートだ。そこに座っててくれ。」


ライアンがシートを指し示す。


ルーカスは、親指を立てて了解の意を示しながらシートベルトを締めた。


「おい。」


真後ろから手をベルが回してくる。

これに目を通しておけ、この符牒を全部覚えろ。

そう彼女は言ってくる。


「これ全部ですか?」

当然かのように彼女は頷く。

思わず周りを見回す。

エミーは頭に手を当ててため息。

ライアンは爆笑している。


「まあ、後で私も手伝ってあげるから」

そうエミーは言ってくる。


「おいベル、俺だって全部覚えてないぞ。」

「何を言ってるんだ‼︎結局こういうのを覚えていかないと死んでしまう。大体お前はこれをちゃんと覚えないでどうすんだ。一応お前は隊長だろ⁉︎」

「う~ん、ダルいから後でな。」

「い~やだめだ。」


嫌そうな顔をライアンはする。

それを見てベルはさらにヒートアップ。

これには巻き込まれたくない、適当に流しておこう。


「わかったわかった、覚えるよ。」

「よく言った!!後でテストしてやる。」

まくし立てたと思ったら後ろのシートに飛んでいきドカッと勢いよく座った。


どうやらめんどうくさがりなだけでなく、激情家でもあるのかもうしれない。


「こちら、貨物船マラケシュ。発進路50番を使えますか?」

ライアンがマイクを通じて管制官に聞く。


「はい、使えます。ガイドビーコンなし。」


ガイドなし?


「チッ、おいベル、いいとこ見せてやれよ。」

「言われるまでもないよ、ライアン。」


そう言いながらベルはモニターに向かう。


「私の船だ、文句はなしだぞ」

後ろにいる野郎2人とエミーに向かって嗤いながら操舵石に座る。


回転しているコロニーの慣性に合わせて艦の発進速度をセット、艦の四方に設置されている液体ロケットを交互に手動でレバーを作動させることで発進路を進めていく。

彼女の手が赤いレバーに伸びる。

無重力空間で一切機械の補助なしで手動で軌道に乗せていった。


「管制、こちらマラケシュ、軌道に乗りました。」

「こちら管制了解、エリアコントロールに引き継ぎます。さよなら。」


管制との通信をやりながらも彼女は艦を完璧に操作した。


「すごい。」

思わず声が漏れる。

「そうか?練習すれば誰でもできるさ。」

彼女は気楽にそう言った。

「スペースカタパルトへの接続まで2時間それまで待ってな、飯でも食って。」

そう言い残して彼女はライアンにキスをし、コックピットブロックから出ていった。


はあ、思わずため息を漏らしてしまう。

すごいんだか、すごくないんだか、よく分からない不思議な人だ。


「すごい人だな。」

「なんだ、惚れたの?」

後ろからエミーがからかってくる。


「そんなことは万に一つもない。ありえないよ」

複雑な気持ちで返答する。エミーの方を向くことすらできない。


「ならよかった。」

それは小さな声で、ルーカスにはほとんど聞こえていなかった。


「なんか言った?」

「いーや、何も言ってない。」


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隙間時間も有効に使おう。例えば暗記に。例えば語学に。

それがルーカスが制約の多い軍での生活で学んだことだった。


「被弾時にはまず、機体の損傷箇所を確認すべし。その次に機体の速度、特に失速寸前での被弾の際は顕著…。」


途中まで読み進めていた操典を熟読している。

そこに乱入者が…。


「ねえ、ルーカス。」

「…どうしたんだ?」


しおりを操典に挟み声をかけてきた人物、エミーの方を向く。


「妹さん…無事だといいね。」

「言うな、もう思い出したくないんだ。」

「だけど…。」

「この戦場で俺達は死ぬかもしれない。そんな時に迷っていたくないんだ。」

「そうね。迷っていたくないもの。だから…。」


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