第2話

あれから数日、未だに自分は何もできずにいた。


コロン コロン


酒瓶が手元にから転がり落ちその勢いのまま床を進んで扉まで行く。

ドロンと濁ってものが瓶に映る。

果たして酒か俺か、そう思うことを彼の頭はやめられなかった。


「モルヒネビールはどこだ…?」


立ちあがろうとすると足から砕けてしまう。


「あれ、俺の頭は…。どこに行ったんだ?」


まあ、良い。

腹から突っ伏しているだけで全てがどうでも良く感じてくる。

彼の頭は悲観的な言葉と諦めのプロパガンダ工場となり、彼の意思を奪いつつあった。


ドンドンドン


「上がるよ!」


ご丁寧にすでにドアがないのに壁をノックして入室を告げてくれる。


「はあ。」


ため息をルーカスはつく。


「ちょっと!、妹が大好きなのはいいけど、大の男がこのザマはどうなの?」

「自分は王国の法律上子供ですよ。それにもうあの子はいない、16の女の子が軍で生きていけるわけがない。それも歩兵なんかじゃ…。」


拗ねた子供のような言葉。諦めた言葉ばかりが口から出る。


「はあ、ならそう言っていればいいんじゃない?妹は今頃あの世で泣いてるだろうけど。」


周りに散らかっている酒瓶を蹴飛ばし立ち上がり、自分と同じ程度の背丈のエミーの胸ぐらを掴み持ち上げる。


ガタン‼︎


ガタタタッ!


「ウッ。」

「あの子は死んじゃいない‼︎あの子は死なせない‼︎」


ガッ


エミーが胸ぐらを掴み上げられた状態から頭突きを放つ。


クリーンヒット。


お互いに痛みに体を震わせながら思う。

まだやれる。それと同時に頭はくだらないプロパガンダ工場から戦闘用の演算機として動き始める、寸部の狂いなく。お互いに部屋にある手近な物を持つエミーは花瓶を、自分は椅子を持つ。


ビュッン


エミーが素早く花瓶を目がけて投げる。


危ない!


ガーン


素早く持った椅子でその攻撃から防ぐ。

だがそれはエミーの狙い通り、そして当のルーカスも即座にそれを理解し体を動かそうとする、が遅い。


ダーン


ルーカスに全力で体当たりを喰らわせたエミー。

ルーカスはバランスを崩す。

だが、そこでエミーは追撃の手を緩めた。そのまま突進しバランスの崩れたルーカスに対して馬乗りになろうとしなかった。


ビュン


コンマ数秒遅れて、エミーの前の空間、このまま追撃していた場合エミーがいた空間に強烈な回し蹴りが飛ぶ。お互いにその時初めてお互いに目が合う。


ニマア


彼女が嗤う。

彼女の体勢は前に傾き接近の姿勢を見せる


ビュン!


再び空を切るような音とともに2人の立つ場所の間に目に見えないエネルギーの衝突が起き、次の瞬間にはお互いの足がそこで交差しているのがわかる。

エミーは体勢を前に傾けた勢いで右足を素早く振り上げたのだ。


次の瞬間、ルーカスが競り勝つ。


当然だ。


前に進むためにバランスを崩しているからだ。

だが、ルーカスの蹴りはエネルギーを失った上にエミーの蹴りで角度をずらされエミーの鼻先を掠める。

エミーはルーカスの渾身の蹴りいなしたタイミングで貯めたエネルギー右腕から、相手の下腹部に放出する。


ドン


だが、その攻撃は浅い。

ルーカスもその攻撃を読んでいた。

空を切った足の回転に合わせて体の軸を右に傾けたのだ。


ガン


次の瞬間にはエミーの顔に拳が入る。

だがこれもまた浅い。

互いに決定打に欠けた状態だ。


ググッグググ


蹴りで使った右足、宙に浮かんだこの足をルーカスはエミーの左足の外側に置いていた。

それを、限りなく肉薄したエミーの体に噛ませる。


ガン


ガン


奇妙な体勢のままお互いの顔をノーガードで殴りあう。


痛い、痛い、痛い、ルーカスの甘ったれた感情はすでに軍で擦り切れていた。


いまだ‼︎、ルーカスの意思の絶叫は脳から脊髄を通じて軍で仕込まれた動きどうりに、その型どうりに足はトレースしていく。


それと同時にエミーの体は反転する。


ハッ、そうエミーが気づく時にはすでに決まっていた。

だが、これで決まりにならなかった。


トドメの一撃を放つためにエミーの首にルーカスが手を伸ばしたとき。


この至近距離


油断した状態


エミーの肘打ちが決まる。

ルーカスの左脇下に一撃、メキメキという音と共に入った一撃は、容易にルーカスの意識とバランスを崩し勝敗を決定づけさせた。


スッ


バン!


ズウン


バランスが崩れたルーカスはそのまま足払いをモロにくらい、後ろの机に背中を強打する。

それと同時に泣き出しそうになるルーカスは即座にそれを引き込める。

だが最終的に彼は自分の目から流れ出るそれを止められなかった、彼女が抱きしめたから。


「クッソ…クッッソ、クッソ…。リタ、リタ。」


彼女は何も言わない、ただ抱きしめるだけ。

だがそれが、自責感と無力感に包まれ病んでしまった彼には1番の特効薬となった。



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カツンカツン


静まりかえった廊下で金属が床を叩く音が聞こえる。

それは金属を底に張った靴、大工が履くような、とは違い音が交互ではなく同時に聞こえてくる。

そう、これは靴ではない。


「閣下、あれでよろしかったんですか?あまりにもニッポンプライムに譲歩しすぎです。」

老人が青年をやや過ぎた程度の男性の顔を見据えつぶやく。

「構わんよ。」


通路を歩くのは2人。

老人とも言っても差し支えないほど齢を重ねた男と部下とおぼしき30歳の大台に乗ったと思われる男、そのどちらもが歩いても音が出ないほど良質な靴を履いている。


ではなぜ、音がするのか?


それは老人が松葉杖を使って歩いているからだ。

だが、それ以外はほとんど普通の人間たちだ。


「第一、我々はすでにイギリスとフランス、オーストラリア、スイス、そしてイタリアと交戦している。」

「これ以上、他戦線に負担をかけたくないと?」

「ああ…、ニッポンプライムに投入している600隻の3等戦列艦、1500隻のフリゲートと3800隻のコルベットが軽くなる。」

「ですが、その戦力を全て回すことはできませんよね?」

「無論だ。そう上手くは行かないだろう。」


ただ一つ、そこらを歩いていが男性と違うのは命を数で見る立場の人間だということだ。


「どちらにせよ、今回の安全保障会議で今後の方針を決める。」

「わかりました、首相閣下。」


髪の根元まで白くなった老人と若くしてハゲてしまった男はその後も対立する派閥の陰口や新しく制定される諸法についての意見交換をしながら歩いて行った。


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スタスタ…


ドックを歩くルーカス。必要な物を入れたリュックサックを肩からさげエミーを連れて歩く。


「もう涙は引っ込んだ?」

「ああ…、ありがとう。」

「気にしなくていいよ、私も面白いものが見れたし。」


苦笑いしながら自分が居心地が悪くなる発言に対してそっけない態度を取り受け流そうとする。


ニマア…


「うわあ。」


そっと彼女の表情を覗くと、心地良さそうに笑うエミーが見え思わず声が漏れる。


「何よ、今更サインしたことを取り消すことはできないよ。」


そう、ルーカスは書類にサインしてしまった。

リタがどこに行ったか分からずヤケになって書いてしまった。

それともエミーはこれを狙って声をかけてきたのだろうか。


「いやあ、面倒だなぁって。」

「40番ドックまで歩くのが?」

「違います‼︎」

「そう、じゃあよかった。なんせあと30分は歩かないといけないんだから。」

「ほんとですか?」

「ほんと、貴方だって武器を持った正規軍ではない人たちが近くにおるのは怖いでしょ?」

「なるほど。」


確かに妥当だ。特にスペイン本国はイギリスフランスをはじめとする諸国と激戦を繰り広げている。


その中で辺境コロニーに配置できる戦力などたかが知れている。


「ところで貴方はスペイン王国軍でポッドを操縦していたのよね?」

「はい。」

「どの戦線?」

「水星のホクサイ戦線です。」

「ああ、対日戦?」

「ええ、他戦線より楽なところに派遣されたので辛うじて生きて帰れました。」


これは本当だ。ポッド部隊はどの戦線でも一ヶ月で20〜30%を喪失することが多い。


唯一対日戦線だけ損耗率が10%程度、彼は強制動員を受けた者の中では幸運なのだ。


「なるほどね、それじゃあ貴方損しちゃうね。」

「はい?」

「次のミッションの依頼人はスペイン王国軍のフロント企業、払いはいいけど危ないよ。妹さんに続いて貴方まで死ぬ必要はないでしょ?」

「傭兵なんてその日暮らしが普通じゃないんです?」

「そんなわけないじゃない。警備とか占領地の治安維持、第三国での秘密活動依頼の方が多いよ。」

「なるほど。」

「それよりも!」

「?」

「妹さんのことよ!」

「…自分は、ここまで妹のために生きてきました、軍なら国民の平均給与の4倍はもらえるので徴兵されても文句はありませんでした。だけど…だけどですよ…。」

「なるほどね、もう…話さなくていいよ。」


思わず顔を上げる。


そこには年相応に微笑んで、悲しそうな影を顔に作ったエミーの姿があった。


彼女も経験者か、彼はそう思った。


独立系メディアの調査によるとスペイン国内では国民の3分の1程度が徴兵経験者とされている。徴兵された家族が帰ってこなかった人は多いだろう。


「ねえ…貴方は、魚食べたことある?」

「ありませんが?」

「なら今度食べに行かない?」

「…いいですね。」

「決まり‼︎」



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プシュー ガチャ


気密を確保するために二重にされた艦のハッチから入って宇宙服の金魚鉢のようなヘルメットを外した。


「誰だ?ソイツは…。」


エミーの言う母艦の入ったはいいが。


そこには東側系125mm砲用APFSDS砲弾DM-990と西側系120mm砲用APFSDS砲弾の代表例であるM-880の砲弾ボックスの上で寝そべっているやや茶色の入った黒髪ロングの女性がいた。


ちょうどエミーと同年代だろうか、問題はエミー相手に話す時と違い目のやり場に困ることだろうか?

彼女は全裸なのだから。

かろうじてタオルを首周りにかけているが無重力空間において物体は下に必ず落ち秘部を隠すものではない。


つまり信頼性はゼロだ。


かろうじて奇跡的な角度で見えてはいないが。


いつモロに見えてしまうかわからない。


チャキッ


「俺の女に欲情すんのはやめてくれよ。俺はその手のものは苦手なんだ。

「⁉︎」


入ってきた気密ドアの影にメガネをかけ灰色のTシャツと黒の作業服をきてトカレフ自動拳銃を構えた黒髪ボサボサ中肉中背の男がいる。


「旧式の自動拳銃でもお前の頭は飛ばせるぞ、脳が詰まっているなら両手を上げろ。」


「わかった。」


スッ


両手を上げる。


「助かるよ。エミーまだ裏切ってないのならコイツを調べろ。」


サッサッサッ


こうして自分は彼らと不思議な出会いをした。




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「すまなかった。こんな場末の傭兵部隊に来る人間なんて暗殺者だけだと思っていたよ。」


銃を片付けながら男は言う。


「ライアン、本名じゃない。お前と同じ元軍人だ。よろしく頼む。」

「ベル、同じく本名じゃない。よろしくな。」


先ほどの全裸の女性、ベルが言う。

まあ、まだ全裸なのだが。


「なんだ?」


彼女がコチラのなんとも言えない表情を見て不思議な顔をする。


「お前の体にご執心らしい、隠した方がいいぞ。じゃないと俺が不機嫌になる。」


ライアンはそう言う。


「面倒くさい。別に着替えなくたっていいだろ。」


気だるそうに黒髪を左右に振り回しながらベルは答える。

ほんの数回しか話してないのに、彼女の人柄をヒシヒシと感じられる。強烈な人だ。


「まあ、何はともあれ。自己紹介も済んだことだし、新しい社員の歓迎会でもやろうよ。」


エミーさんが言う。マトモな人間はこの人だけか?


「それはいいけど誰が準備するんだ?」


ライアンさんが聞く、拳銃の整備をしながら。


「まさか、私じゃないよな。」


ベルさんも聞く。コッチもやる気がなさそうだ。


「まさか。私が準備するのよ。」


ドヤ顔でそう言いながら彼女はご機嫌で奥に向かった。


「やべえな、今夜はトイレに籠りっきりになりそうだ。」


ムンクの叫びのような顔をしながら、ライアンさんは壁面にワイヤーで固定されたノートパソコンを見ながら言う。


「そうか?そんなにアイツの料理も悪くないだろ。」


一方ベルさんは腕を頭の後ろで組み、艦内をフヨフヨ漂いながらライアンさんの言葉に応える。


「あのお、ライアンさん。そんなにエミーの料理は問題があるのですか?」


好奇心に耐えかねて質問する。


「ああん?俺には敬語でアイツは呼び捨て?」

「え、あ、不味かったですか?」


思わず聞き返す。頭の中には少しでも言葉遣いが乱れたら真っ赤な顔で殴りつけてくる上官の顔があった。


「そんなにここはカリカリしてないよ、軍じゃないんだ。でも作戦中は上官の俺に口答えするな。」


初めて笑顔を顔に宿して、コチラの目を見ながら声をかけてくる。


「なるほど、分かった。」


昔つるんでいた悪友たち、ちょうど彼らと話すときのように心が穏やかになるように感じた。




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