メカナイズド・ハート

丸ハゲ

第1話

「各機、戦闘速度に到達。」


中隊長の声が無線を通して聞こえる。

せっかく間近で見る水星の美しさを台無しにするダミ声で現実に引き戻される。

ハゲでデブでメガネで汗まみれの糖尿病患者の声はポッド内の室温を10度は上げた気ガした。


「最終チェックだ、小隊長教えろ。」

「こちらA中隊問題ありません、オーバー。」

「こちらB中隊、一機がエンジントラブルで帰還、オーバー。」


うらやましい、俺も帰りたいよ。

うちに令状が届かなければ前の職場で妹のために働けたのに


「こちらC中隊、問題なし、オーバー。」

「よし、指揮中隊は援護射撃、ABC中隊は突入。」


クソ、また中隊長は1番槍から逃げた。

結局死ぬのは俺たち徴兵組かよ、中央でぬくぬく育った将校さんは違うな。

戦闘前のチェックリストを埋めながら思う、リナは大丈夫だろうか。

そして、何回も出した結論にまた辿り着く、リナはきっと大丈夫だ。きっと。きっと。


「エンカウントまで残り…5」


「4」


「3」


「2」


「1」


「エンカウント」


遠方から光の線がこちらに近づいてくる。

見ればわかる。訓練で散々見た重力の影響を受けて曲がりながら飛んでくる機関砲弾の軌跡だ。違いは撃たれる側に立っていることだ。


グウィーン、ガチャン


格関節部が入力された情報に合わせて機体を動かす。


ガガガッ


シールドにガトリング砲の弾薬が当たる。関節が軋み、シールドから産まれてから一度も聞いたことのないような腹に響く音がフレームを通して操縦桿から伝わってくる。


ピーピーピー


「1番機ロスト。」

「2番機が引き継ぐ。」


1番機…中隊長がロスト。

散々殺したくて仕方がない男も死ぬ時はあっけなかった。

次々と友軍機が撃墜されて行く。


「11番ロスト。」

「8番…6番…。」

「各機捉え次第自由に攻撃開始。」


臨時に指揮権を引き継いだ誰かの命令によって初めてトリガーを意識する。


ピッピッピッピ


スクリーンに表示された誰もロックオンしていない敵機を捕捉する。


ピッピッピッピーーーーー


三角マークで表示される敵機に対して、アクティブレーダーロックボタンを押すと同時にスクリーン上に映る三角マークの周りに薄い黄色のリングが表示される。

それと同時に赤外線センサーによって敵機を捉える音、音割れキッチンタイマーのような音だ。

それが聞こえて来る。


ビーーー


捉えた!

訓練で規定された距離より少し遠くから射撃を開始する。赤外線カメラでクッキリと捉えた機体の姿が映っていた。そして数秒もしないうちに激しい爆発を起こしながら粉微塵になる。


「一機撃墜」


そう呟きながら次の目標を捉える。

もう赤外線カメラやレーダーがいらない距離だ。

咄嗟に近接用のレーダーブレードを起動して方向入力を行う。


次の瞬間。


ガアアアアアア


けたたましい音と共に敵機を切り裂きながら通りすぎる。

確認するまでもなく撃墜したと感じた。


ビー ビー ビー


不快な音声に体は敏感に反応する。

見れば敵機が機体を180°回転させてこちらの背後を狙っている。

肉眼では見えはしないのに敵機の砲口がこちらに指向するのが見える。

その瞬間に敵機か友軍機の残骸か何かと衝突したのだろうか。

運が良かった、そうルーカスは思いながらレーダースクリーンを確認する。



気づいた時には戦闘は終わり軌道上には破片が浮遊し、信じられないほど静かになっている。


「各機終結しろ。」


臨時指揮官の大尉が指示したポイントに残存機が集まる。


一つ、二つ、三つ。


3機⁉︎


16機のモビルスーツが3機⁉︎


「これが…戦争。」


思わず新人パイロット、ルーカスの口から呟きが飛び出る。


「安心しろ、毎日こんなではない。」


臨時指揮官になった大尉、おそらく髭モジャモジャの方が無線で気楽に言ってくる。


「そんなものですか?」

「そんなものさ。」

「それは良かったです、毎日こんなだと困ってしまいますから。」

「ははっ、毎日こんなだったら今頃戦争は終わっているさ。それじゃあ軌道を遷移させるぞ。こんなところに長いは無用だ。」

「了解です。大尉。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「はっ!!」


また思い出した。

ほんの数日前の戦闘が、思い出される。

憂鬱だった4ヶ月の訓練の価値をはっきり感じさせた戦闘だった。

あれから3日。

自国、スペイン王国とニッポンプライムの水星ホクサイ地方領有権を巡る戦争はニッポンプライムが妥協する形で終結した。

戦争がなくなったのは構わない。

でも…。


「仕事どうしよう。」


復員船に揺られながら思う。


〈まもなく…コロニー…アルデヒド21です〉


地球圏にある中継コロニーに1ヶ月以上かけて到着した。


実家のあるコロニーアビキムは地方コロニーだから2回乗り換えないと帰れないのだ。

クソ田舎の宿命といえよう。


「え〜っと、アビキム行きは…」


電光掲示板に目を向け、目的地の名前を探していく。


「あった、搭乗口43番明日の午前3時出発の便だ。あと3時間待ちか。」


することもなく足をプラプラさせていると大事なことを思い出した。


妹である。

両親と兄なしに1人で田舎コロニーで暮らしている妹。


「リタに電話するか…最後にあったのが半年前。俺のことを嫌いになってないよな。」


最後は喧嘩別れだからなぁ…。気が重い。

そう思いながら最低光量に設定されたスクリーンに彼女の国民番号を入力する。


ポチッ

ピピッ


反応しない。


ポチッ

ピピッ


反応しない。


「ん?おかしいな。」

妹の番号を入れても反応しないのだ。


ポチッ

ピピッ

「機械の故障か?あの子の身に何も起きていないといいのだけど。」


大丈夫、きっと大丈夫だ。

わかっている、今までも大丈夫だった。

きっと、これからも大丈夫さ。

わずかな不安を胸の奥に押し込めていると。


トントンッ


「ん?」

「ブツブツ言ってるお兄さん、退役軍人でしょ?」

「ああ。」

「うちで働かない?」


軍服を着た黒髪ショートカットの若い女性(18くらいだろうか)が話しかけてくる。軍属だろうか?

いや、それにしてはシャツやジャケットがクタクタ。片耳にピアス、両手に書類。肩にかかる髪。

ルーカスには彼女が何者であるかピンときた。


「傭兵ビジネスには興味がない。遠慮しておくよ。」

「あら、すでに別の仕事を?」

「いや、仕事よりも重要なことがあるので。」

「へえ〜、あるの?」

「ええ、よっぽど大切です。」

「それは大変‼︎お姉さんも付いて行ってあげる!」

「いいんですか?勧誘を続けなくても。」

「別に問題ないわ、今日は有給休暇だもの。」

「そうですか。」


わけがわからない。疑問が多すぎる、なぜ宇宙港のターミナルで勧誘を続けるのか?

なぜ有給休暇なのに働いているのか?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ピンポーン


〈搭乗口43番、午前3時出発アビキム行きの便に乗られる方は搭乗口までお越しください〉


「搭乗口43番、43番っと。」


どこだ?


「その先を右に行って、3つ目を左に、そのあと上に行けば問題ないわ。」

「まだいたんですね、ありがとうございます。」


さっきの女性が教えてくれる。


「そういえば名前を聞いてませんでしたね」

いなかったことにされていた女性はムッとした表情でこちらを見て言う。


「それは私もよ。」

何かを振り払うように髪を振りながら彼女は言った。


「自分の名前はルーカス・マクワイヤー、元特務少尉です。」

「あら、特務少尉さんだったの。ということは徴募組ね?」

「はい。」

「私はエミー・ローレンス、元フランス外国人部隊で中尉よ、短い旅の間だけかもしれないけどよろしくね。」

「はあ。」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


ペシッ!


エミーさんに叩かれる。


「どこ行く気?搭乗口はここよ?」

「あっ。」

「愛されてるのね、妹さん。」

「最後の家族ですから当然です。」

「ふ〜ん。」


なぜ知っているのだろう。

ひょっとして自分の頭の中から情報を盗み見ているんじゃないだろうか?

バカバカしい考えが頭の中をよぎる。

きっと俺の独り言から推測したのだろう。


頭の後ろで手を組みながら勢いに任せて背泳ぎのような体勢でステーションの中をゆっくり進む彼女を見て思う。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「…それでね?もうだめだってなった時に…。」


エミーさんはよく喋る、少しは静かにして欲しいところだ。

リタのことを考えているのに、放っておいてくれ…。

徐々に気が立ってきた。


「少し静かにしてくれませんかね‼︎」

「…あら、ごめんなさいね。」


・・・すまなそうにしている、根はいい人なのかもしれない。


「いや、こちらこそすぐに怒ってしまってすいません。」

「いやいや、コッチが悪かったのよ、ごめんね。」


こちらが怒ったことを謝るとエミーさんは慌てて謝りなおした。


「あっ。」

「ああっ!アッツ、アチチチチ。」


飲んでいた紅茶の入ったパックを強く押しすぎて顔にかけてしまった。


「・・・。」

「・・・。」

「ップ。」

「プププ。」


お互いに顔を見合わせてニンマリとする。

どうやらこの短い旅では退屈することはなさそうだ。

もし、心中で残るリタのことがなければ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

決して短くないフライトの間、チェスやオセロ、レースゲームに興じて楽しむ、あるいは気を紛らわすことができた。

軍の中で、あのフェンスと物々しい検問所を超えた時から失っていた人としての感覚が思い起こされる、いや本来の、年相応の自分に戻れた気がした。

しかし、彼女の前で油断しすぎるわけには行かない。

彼女は時折、「で、ウチに来る気になった?」と聞いてくるのだ。

これには参った。


コロニーアビキムに着く。


スペイン国旗がはためく、コロニーないの僅かな風では酸欠状態にも見えるが、入国検問所に集められる。

テロ対策のほか、麻薬や金などの規制品の持ち込みを取り締まるためだ。

元々ヨーロッパ連合国家群は、自由な資本、人間の移動や人権保障を約束する同盟を基盤として堅固な結びつきを持ち発展し続けた歴史を持つ。

だが、長年敵対していたロシア人が遥か彼方、土星圏とその先まで押し出して500年立つ。

もはやヨーロッパ連合国家群に参加する諸国は、まとまる大義名分も実利も失っていた。


「ふう〜〜〜〜‼︎、くうう〜〜!」


凝り固まった関節をほぐしていく。


「んんん〜〜、ふう〜。」


エミーさんも、いやエミーも体を伸ばしている。


「やっぱ擬似重力でも重力は重力だよなあ。」

「そうね、にしても…なんて言うか…寂れてるわね。」

「そうですか?」

「ええ、他のスペイン領スペースコロニーと比べて寂れすぎなのよ。」

「そんなことより。」

「より?」

「リタですよ!」

「ああ、そんな名前だったのね。」

「全く、こうしちゃいられない。」


近くのタクシーに手を振る。

タクシーといっても中古の軽トラだが。

気づいたアラフォー越えの、上半身だけの老人運転手がタクシーを寄せる。


「ルーカス、ガールフレンドか?」

「うわっ」


面倒なのに当たっちまった。


「チェンジで」

「はあ?」

「急ぎなんすよ。」


タクシードライバーの顔が変わる。軍人上がりなだけある、まあ皆そうなのだが。

軍役は国民の義務だ。


「リタの?」

「ええ。」

「早く言え‼︎」


ガタタッ


勢いよく荷台に飛び込む。


「えっ?ええ?」

「エミーも!」

「う、うん」


ガタッ


ブロロロロ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ドンドン ドンドン ドンドン


ちくしょう…出てこない、怒りと悔しさが混ぜ合い手先が震える。

鍵を入れて開けるのも煩わしい。


バキッ ガン


建てつけの悪かった扉が音を立てて倒れる。

それと同時に走り出す。


「リタ!リタ!ッ…」


テーブルに残った一枚の封筒、そこに描かれた模様で情けない願望に満ちた叫び声は部屋から聞こえなくなる。


「なんで…なんでッ…。」


落ち着け、落ち着け、そう心の中のもう1人の自分が声をかけてくるのを聞いていた。


「そうだ、必ず変えてくるはずなんだ。例え軍に徴兵されたとしても、絶対に帰ってくるはず…そもそも14歳で前線に出るわけもないんだし…。」


そうだ、普通そうなんだよ。だから落ち着け、必ず絶対帰って来るはずなんだ。


「はあ…。」


ふと、もう1人のさっきとは別の自分が言ってくる言葉に思わず同意してしまう、父と母が行った時と同じことになると言う彼に。


「こんなでいいのか…俺は」


その言葉には、心の中のでどちらもが自分に明確な答えをくれなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


結局その夜はエミーさんには一般のホテルに泊まってもらった。

申し訳ないことをしたな。

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