第3話 少年は嘘をつく
「どうぞ、お入りください」
「失礼する。結論から言おう。窃盗犯は小さな子供だ。そなたら夫婦に、子供は何人いる? その子だけか?」
「え? 窃盗犯が子供、ですか?」
虚を突かれた言葉。
ヴァレントの思考が一時停止した。目の前にいるのは、紛れもない王国兵。緑一色に染められた身の丈ほどのマントを羽織り、胸元には白い鳩をイメージしたシンボルが刻まれている
その人が言うのであれば、決して間違いではない。
だけど。
「は、はい。息子は、この子しかおりません。ですが、窃盗などはしませんし、そう教えて育ててきました。息子に限って」
「そんなことは、百も承知だ。それなのに窃盗が起きた。現時点で、国民全ての子供が容疑者。身の潔白を証明したいのであれば、主張すればいいだけの話。ただし、本人の口からでないと認めない。そこの子供。名を申せ」
「王国兵様! 恐れながら申し上げます! この子は、窃盗など断じて致しません! ですから」
「そなたらに聞いてはおらぬ。今後、口を挟まないでもらおうか」
ザビルの言葉に、夫婦は一蹴された。
けれど、先ほどの言葉が頭から離れない。息子が窃盗犯として疑われているのからだ。息子が窃盗犯のはずがない。犯罪などはしない。
でも、今はそのような発言を許されない。夫婦に出来ることは、疑いをかけられている息子を信じて、無実であることを祈ることだけとなる。
夫婦は片膝を床につけて両手を組み、深々とお辞儀をした。
これで、誰にも邪魔をされずに問いただすことが出来る。
あとは、この子に質問を投げかけるだけ。
「あらためて問う。そなたの名前は? 今日一日、何をして過ごした? 偽りなく答えよ」
「サ、サース、です。え、えっと。その、海に行って遊んでいました。それで、家に帰ってきました」
「海以外で、遊びに行った所はあるか?」
「……ないです」
「海にはよく行くのか?」
「……はい。行きます」
「何故、俯くのだ。私の目を見て話せ」
「ご、ごめんなさい。初めて話す人とは、上手に、はなせ、なくて」
違和感を覚えた。
この子供は、他人との接点があまりないように思える。
もし仮に内気な性格だと仮定する。だとしても、いくら初対面の人とでも顔ぐらいは見て話すことが出来るかもしれない。でも、この子にはそれがない。
さらに観察すると、この子の背丈は足の付け根辺り。国民の証言とほぼ一致していた。
「最後の質問だ。そなたは、窃盗をしたことがあるか答えよ」
「ぼくは、そんなことはしない! 悪いことだって、父ちゃんと母ちゃんが言ってた!」
「その言葉に、偽りはないな?」
「うん!」
更に違和感を覚えた。
今まで顔を見ないで俯き、おぼつかない返答だった。なのに、今度はやけにハッキリと主張してきた。
おそらく、無実を主張していると思う。が、今この場では断言することは出来ない。
もっと具体的で、決定的な証拠を見つけるまでは。
「そのまま立っているがよい」
「は、はい」
しゃがみ込むと、目線の位置がほぼ同じだった。
証言通りなら、この子が犯人で間違いはない。しかし、この条件に該当する子供は、何もこの子供だけではない。ここへ来るまで、同じぐらいの背丈をしている男の子はいた。
でもこの子は、海以外の場所に行っていないと言っている。
窃盗をしたことが無いと偽りなく答えた、とも言っていた。
しかし、盗まれた果実の行方が分からない上に、証言と一致したからと言って拘留させようとするのならば、同じ背丈の子供全員を対象にしなければならない。
盗まれた果実はたった1つだけ。しかも、値段は10ガール。数は少ないし、値段も安い。だけど、それを許さないのが国の法律。
れっきとした犯罪者。例えそれが、子供であっても。
だから、決定的な証拠が欲しい。
聞き込みをするのにあたって、全ての王国兵は証拠に繋がる証言を把握させている。
被害に遭った店主のリベットの話では、「
但し、嘘をついていなければ。
だけど、この子の特徴と顔は覚えた。
故に。
「そなたらの息子の言葉。今は信じよう」
両親は安堵して、顔を上げた。
息子は、ほっと胸をなでおろす。
ザビルは立ち上がる。
だがそれは、あくまでも「今は」であって、完全に容疑者から外された訳ではない。
「食事中にすまない。私はこれで失礼する」
彼はマントを
瞬間。
音がした。
戸ではない。
サースだった。
全身の力が抜けてしまい、膝から崩れ落ちてその場でへたり込んでいた。と、すぐにハリスとヴァレントが、息子に寄り添い抱きしめる。
それを横目で確認すると、ザビルは引き戸を閉めた。
暗い夜道を照らすのは、月明かりと外で待機していた王国兵のハウザが両手に持っている、二本の松明だけだった。
会話を交えながら、二人は他の家屋へ歩きだす。
「ザビル隊長、ここはどうでしたか?」
「内気な少年、と言った印象だな。あとは、他人との接点が少ないのか、私の顔を見ながら会話をできていない。それに、あの子は海にしか行ってないと言っていた。しかも、たった一人で」
「そうですか。……では、彼の証言にあった砂はついていましたか?」
「いや。ついていなかった。家の者が落としたか、自分で落としたかは分らんがな」
砂。
これが唯一の証拠だった。
「隊長。我々が巡回した家屋で、海へ出掛けた子供は現時点で三名です。ですが、一人だけで行ったのはここだけです」
「容疑者としては、十分な理由だな。果たして、真っ直ぐ家に帰ったのか、それとも露店街へ行った後に帰ったのか。あの子が嘘の証言をしていれば、犯人で間違いないだろう。だが、決定的な証拠がない上に、私の質問に嘘偽りなく答えた。とも言っていたな」
「我々に嘘をつくとは思えません。しかし、十分な理由であれば、リベットに顔を確認してもらうのはどうでしょうか?」
「親は間違いなく子供を庇い、子供も事実を言わないだろう。国民同士でいざこざになるのは明白だ。証拠がない以上、現行犯で捕らえるしかあるまい。夜が明けたら、露店街の巡回警備を実施する。ただ、国民に知られないよう身分を隠せ。それでいて、何気なくリベットに確認を取らせろ」
「承知しました。来ると思いますか? あの子は?」
「おそらく、な。海にはよく行くと言っていた。嘘をついてなければ、必ず来る」
「承知しました。……次は、この家屋ですね」
「よし。ハウザは、外で待機していてくれ」
二人の王国兵が帰ってから、数分後の出来事。
ヴァレントは、玄関の戸に
しかし、サースは未だにへたり込んだままで、身体が震えている。
ハリスは、息子の頭を撫でていた。
夫婦は息子の無実が証明されたと思ったのか、安堵していた。おそらく現時点では、あの言葉に含まれていた、「今は」の部分が聞こえていなかったのかもしれない。
だって、息子であるサース自身が「窃盗はやっていない」と強く否定して、主張したのだから。
母親であるハリスは、息子のサースの性格を理解しているつもりだ。好奇心はあるものの内気な性格。初対面の人や歳が近い子供ですら、会話をするのが難しくて、なかなか友達ができない。だから、少しずつでもいいから友達を作って一緒に遊んで欲しいと、ハリスは思っている。
それなのに、初対面の大人に対して自分の考えを強く主張している息子の声を聞いて、姿こそ見えていないが勇敢な姿を頭の中で想像していたのかもしれない。
王国兵からの質問に正直に答えて、なおかつ普段から声が大きくないのに、精一杯の大きな声で自分の無実を証明した、とハリスは思っている。
だから身体が震えている、とハリスは思うのであった。
なのでハリスは、サースの頭を撫でている。
「びっくりしたよね。いきなり、王国兵様が訪ねて来るなんてね」
「……うん」
「全く、バカなやつがいたものだ。犯罪をするような子供に育てるなんて。親としてどうかしている」
ヴァレントも同様に、妻であるハリスと同じ考え方をしているかもしれない。犯罪など最もやってはいけない行為だと、常日頃から息子のサースへ言い聞かせている。
その度に息子は、「分かった! 父ちゃんの言うとおりにする!」等と言って素直に受け入れてくれて、善悪の区別がついている、とヴァレントは思っている。
性格も理解しているつもりだ。内気な性格をしているが、好奇心はある。
息子が海に行かない時は、決まって近くにある川へ一緒に行って川魚を捕まえる。と思いきや、何かに興味を持ったら川魚なんてそっちのけで、ふらふらと一人で何処かへ行ってしまう。
普段は内気な性格をしている。が、好奇心が旺盛で実は活発な息子、だとヴァレントは思っている。
そんな息子が、窃盗犯の容疑者になっていると王国兵から聞いた時には、さぞかし自分の耳を疑ったことだろう。息子に限って、そんなことはない。そう信じている。
だから王国兵に対して、自分の意見を強く主張している声を聞いていたヴァレントの頭の中では、さぞかし勇敢な姿が映っていたのかもしれない。
だって息子は、初対面の人と会話をするのが大の苦手なのだから。
でも、ヴァレントの中で、決して考えてはならない問題と葛藤する。
それは、「息子の好奇心が旺盛」だと言うこと。
父親という立場だと言うのに、「もしかしたら」と、悪い予感が少しだけ頭をよぎった。
だけど今は、息子の言葉を信じよう、とヴァレントは払拭した。
「大丈夫だよ、ハリス。サースは優しい子だ。窃盗なんか、いや、犯罪なんかしないさ。そうやって、今まで育てて来ただろ?」
「えぇ。そうね。そうだよね。この子が、そんなことするはずないもんね」
「さぁ。明日も早いしもう寝よう」
「……うん」
ヴァレントはロウソクの火を消した後、囲炉裏の火も消した。家族は寝床に寝そべると、川の字になって就寝する。真っ暗闇になった室内を、小さな小窓からほんの少しだけ月明かりが照らしてくれた。
だけど、サースは寝ることが出来ない。寝床で何度も寝返りをしていた。
しかしある時、彼の動きがピタリと止まる。
月。
月が見えた。
視界に僅かながら月が見えた。満月なのか、上弦の月なのか、下弦の月なのか、三日月なのか。この位置からでは、はっきり見えないし分からない。
でも、あの時は自分で嘘をついたのは分かっている。
バレたくないから。
知られたくないから。
捕まりたくないから。
だから強く言った。
そうしたら、疑わないで自分の言葉を信じてくれた。初対面の人に嘘をついたのは、生まれて初めての経験だった。
いつの間にか、身体の震えが止まっていた。
言わなければバレない。
嘘が本当になった。
ホッとした。
横になる。
瞼が段々重くなる。
眠りについた頃には、ほんの少しだけ笑っていたのかもしれない。
少年の好奇心 北條院 雫玖 @Cepheus
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