第16話 それぞれの思惑

 時刻は午後21時。こんな時間でもこの場所ではもうすでに就寝時間らしい。

 コンマは部屋の中心に立ててあったロウソクの火を消すと、何時もの如く部屋の四隅にもたれかかりそのまま眠りについた。


 それからどれくらい経っただろうか。


 ――小娘……


(う~ん)


 ――おい、小娘……


(う~ん、誰~? 眠いんですけど……)


 ――おい、起きろ、小娘……


(あと5分、あと5分だけ寝かせて……)


 ――おいって! 起きろよ! このバカ小娘があ!


「わあ! びっくりした!? あっ、罰子さんか……どうしたのよ? もう寝る時間よ」


 そこにいたのは跳梁罰子。

 鬼の仮面を斜めに掛けた着物の少女。額に2本の角を生やした少女はルミナへ呟く。


「おい小娘、今日来た人間共の中で一番偉いヤツを教えろ」

「え? な、なんで?」

「なんでじゃない! お主がヘマしたせいで計画がパアになってしまったんじゃろうがあ! じゃからお主らの責任者にこれから何か手立てがあるのか話を聞いておきたいのじゃ」

「あ~、なるほど。えっとね、一応パーティのリーダーは虚坂次緒君だよ。まだ起きてると思うから呼んでこようか?」


 ルミナの言葉に無言で頷く罰子。

 ルミナ達の部屋の隣の男性陣が寝ている部屋を、ガラスもなにもない窓枠から覗くと、どうやらまだ誰も寝ていないようだった。

 彼らは2対1に綺麗に別れ、部屋の隅と隅、対角線上にそれぞれ陣取っていた。

 その光景を見るだけで彼らの関係性が感じられ、ルミナは声を掛けるのに尻込みしてしまう。だが彼女の気配を察知したのか、次緒は立ち上がり、窓際まで来て言った。


「ルミナ君どうしたんだい? 君も眠れないのかな?」

「いや、寝てたんだけどね。虚坂君ちょっといいかな、君を連れてきてくれって人がいるんだけどさ、来てもらってもいいかな?」


 ルミナの言葉に一瞬だけ訝しげな表情を見せた次緒は、直ぐにいつもどおりのポーカーフェイスに戻り、穏やかな口調でこう言った。


「それはコンマ君じゃないんだよね? やっぱりここには他にも誰かいたってわけか。ふ~ん、いいよ、直ぐに会いに行こう」


 かくして虚坂次緒を跳梁罰子の元へ連れて行ったルミナは、ふたりだけで話がしたいという罰子の願いに、なんだかモヤモヤしつつも元いた部屋へ戻ったのだった。



    ◇



 次の日の朝――


「ねえ、昨日罰子さんと何の話してたの?」

「ん~? 内緒」


 あの後ふたりが何を話しているのか気になって中々寝付けなかったルミナは、次緒に問い正すも、彼はどうやらルミナに事の詳細を教える気はないらしい。

 ただ何時にも増して彼の表情が笑顔なのが少々薄ら寒いというか、なにか背筋がひんやりとする感覚を覚えた。


「なあ! この鶏締めるからさあ! 誰か手伝ってくれ!」


 昨日睡眠弾で眠らせていたコカトリスは、よほど睡眠効果が強力だったのだろう、未だ眠ったままだった。

 コンマは片手でコカトリスの鶏冠とさかを握り、何処かへ向かおうとしているようだった。多分彼はこれから密林エリアへ行き、彼曰く鶏を締める、つまり血抜きをしたいのだろう。1週間の共同生活でルミナにはそれが分かる。

 だが誰か手伝ってくれと言っているのに、どう見てもその視線はルミナの方を向いていた。


「あっ、コンマ君! ちょうど男性陣がいるから今日は私やんなくてもいいわよね?」

「あ~? う~ん、まあそうだなあ。おい、あんたらふたりやることないし暇だろ? こいつ締めて毛毟るの手伝ってくれよ」

「あ? ああ、いいぜ。どっか離れたとこに行くのか?」

「まあな。こっから少し離れたとこに密林エリアがあるからさあ、そこでこいつ締めてそのまま毛毟るわ」

「オーケー。じゃあ行くか」


 てっきり絶対に嫌がるだろうと思っていたルミナは彼らの即答に驚いたが、それも彼らなりに昨日の件の謝罪の現れなのかと思い、3人が森へ赴くのをそのまま見送った。

 その光景を少し離れたところから見ていた次緒は、ニヤリとほくそ笑んだ。そしてぼそりと誰にも聞こえない程度の声で呟いた。


「ふふっ、僕の思惑どおりに動いてくれよ、ふたりとも……」



    ◇



「なあ、あんたここに35年もいるって本当なのか?」


 密林エリアまでの道中、アントニオは鶏を引きずりながら歩くコンマに話しかける。

 昨日の件から余り自分に対して友好的な態度をとっていなかった人物からの質問に、思わずコンマは面と喰らってしまったが、これからずっと暮らしていくんだ、彼もきっと覚悟を決めたのだろう、そう受け取ったコンマの頬は思わず緩む。


「ああ、なんかよお、穴に落ちたら出られなくなってさあ、この有様だよ。ルミナには言ったんだけどなあ。救援なんて呼んだって、そいつらもミイラ取りがミイラになるだけだぞって言ったんだけどなあ」

「へえ、じゃああんた少なくとも50歳くらいはいってるってことか? どう見ても50代の体つきじゃねえけどなあ」

「ん? そうだな、ちょうど今50歳だな。あんたらは20代前半ってとこか? すまねえなあ、こんなとこに来させちまってよお。まあ時間はかかるかもしんねえけど、いつか脱出する方法が見つかるかもしんねえしよお」


 部屋から約500メートルほど離れた密林エリアにようやく差し掛かろうかという所で、コンマの発した脱出する方法があるかもなという気休めの言葉を聞き、アントニオとレオは覚悟を決めた。


「なあ、コンマだっけか? あんたさ、もしここから脱出する方法があるって言ったら手伝ってくれるか?」

「あ!? そ、そんな方法があるのかよ? 俺に手伝えることならそりゃもう手伝うに決まってんだろ」


 アントニオとレオは不敵な笑みを浮かべ、腰に帯刀してあったショトーソードに手を触れた。


「それがよお、ここを出られないのには理由があるらしくてよお、まあ勿体ぶらずに言うとだなあ……」

「ああ、教えてくれよ。気になるじゃねえか」


 それはな――


 ――お前が生きてるからなんだってよお!


 背後から切りかかるアントニオ、魔法詠唱を始めるレオ……

 コンマは振り向きもせずに前を向き続けていた。


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