第17話 喉を潰せば……
背後からの凶刃に対して振り返ることすらしないコンマは、まるで背中に目でもついているかのように、左手をそっと上げてその刃を受け止めた。
刃を直接受けたにも関わらず血が流れる様子もない。コンマはその刃を握ると、そのまま力を込めた。まるで飴細工のように粉々に砕け散る刃は、キラキラと輝きを放ちながら地面へと零れ落ちた。
「なあ、こりゃどういうつもりだ? 俺と遊んでほしいとかってわけじゃあないよな? お前……もしかして分家の回しもんか?」
日本へ留学に来ているアントニオは、日常会話に不自由しない程度には日本語が堪能だった。だが突然なんの脈略もなく出てきた『分家』という単語を理解することはできなかった。
「ブンケ? なんだそれは?」
「ははっ、だよなあ、そりゃあもう35年も経ってんだ。今更俺のことをどうこうしようってヤツなんかいねえか。だとすりゃあお前はなんだ? なんで俺に刃物を向けた?」
背中を向けていたコンマはアントニオの方へ振り向き、彼の目を見つめる。
その問いに対してアントニオの返答はない。
返答の代わりに彼が発した言葉――
「レオ! 詠唱準備は整ってるな!? 奴に最大級の魔法を撃ち込め! 俺は魔法剣の準備をする! てめえの剣寄越せ!」
「とっくにできてんぜ! このクソ化け物が! 死に晒せ――」
――ウインドブラスト!
大気を揺らす無数の風の刃が四方八方からコンマを襲う。
レオの扱える魔法の中で最大威力を誇るその風魔法は、風の刃が対象を襲うだけに留まらない。その後が本領発揮。無数のその風の凶器は次第に渦となり、中心にいるコンマを空中へと舞い上がらせたのだ。
「うおっっ! な、なんだこりゃあぁぁぁ!!」
「へっ、ビビらせやがってよお! 十分俺の魔法も効くじゃねえか! このまま地上へ叩きつけてやるぜえ!」
上空10メートルまで上昇したコンマの体は、重力と風向きを下方向へと変えた風の刃の推進力で、地面へと叩きつけられた。
叩きつけられたと同時に巻き起こる大量の砂埃は、コンマの安否を隠すベールとなっていた。
「よしっ! 殺ったか!?」
「あの高さからあの速度で地面に叩きつけてやったんだ。即死じゃなくても致命傷にはなってんだろ」
物凄い砂ぼこりは次第に消え去り、そこに見えたもの、それは――
――その場で直立しているシルエットがあった。
◇
「う、嘘だろ……なんで立ってんだよ!?」
「くそったれ! もういい! 俺がやる! てめえは下がれ!」
砂埃はほとんど晴れ、そこには無傷のコンマの姿があった。
だがそこにいた彼の表情は正に青天の霹靂といった面持ちで、自分が喰らった攻撃が未だに信じられない様子だったのだ。
「な、なあ! い、今のなんだったんだ!? そういやあんたら魔法がなんとかって言ってたよな? ま、マジで魔法なんてもんが存在すんのか!?」
「な、なにをふざけたこと抜かしてんだ!? 魔法に決まってんだろがあ!」
怒鳴りながらもレオは内心目の前に広がる光景が信じられずにいた。
確かにウィンドブラストは彼に命中し、この魔法の肝である地上への叩きつけまで完遂したのだ。なのに何故……
「な、なんでてめえはキズひとつついてねえんだよお!」
「あ? そりゃ俺は丈夫だからな。35年ここで生きてきたんだぞ? トレーニングだって一日たりともかかしたことねえしよ!」
信じたくない、だが彼はこうして無傷でその場に立っている。頭では分かっていても、心がそれを拒否する。今までの自分の努力が全て否定された感覚……
「レオ! 一旦下がれ! 今度は俺が……」
「うるせえ! 俺に指図するんじゃねえ! こいつは俺が殺す!」
自尊心を傷つけられ周りの見えなくなったレオは、再度ウィンドブラストの詠唱を試みようとした。だが――
――遅えよ!
気づけば目の前まで迫っていたコンマは、レオの喉へ手刀を一閃。
喉を潰され大量の血反吐を吐きながら後方へと吹っ飛んだレオは、声にならない声を発し、のたうち回る。
「魔法って呪文を口にすんだろ? じゃあ喉潰して声が出なくなりゃ出せねえんじゃね?」
そもそもコンマの手刀は、レオが詠唱を開始するより早く、一言目を発する前に喉は潰されていたのだが。
「くそっ! 先走りやがって! まあいい!
アントニオが構えるブロードソードの剣身には、煌々と燃えさかる炎が纏わりつき、それは剣への炎属性付与が完了したことを物語っていた。
魔法剣を上段に構え躊躇なくコンマに切りかかったアントニオは、また信じられない光景を目の当たりにしていた。
「う、嘘だろ……」
振り下ろした炎に包まれた剣身を再び片手を受けたコンマは、その燃えさかる炎へふうっと息を吹きかけたのだ。
まるで誕生日ケーキのロウソクを吹き消すかのように消えていく剣身に纏った炎。
完全に炎の消失した只のブロードソードは、コンマの右手によってまるで腐り落ちるかのように粉々に砕け散った。
唖然とするアントニオの喉元に、またも手刀をお見舞いする。コキュッと嫌な音がしたかと思うと、アントニオは膝から崩れ落ち、そのまま意識を失った。
獣の鳴く声ひとつしない静寂に包まれた密林エリアでコンマは溜息をついた。
「はあ、出られなくてイライラすんのは分かるけどさあ、お前ら俺を殺すつもりで来たんだろ? こうなる覚悟はできてたんだよな?」
コンマはそう言うと、放置してあった鶏(コカトリス)はそのままに、アントニオとレオの髪の毛を掴み、皆の待つ部屋へと歩を進めた。
◇
「え、な、なんで!? コ、コンマ君……なにがあったの!?」
「あ? 襲われた。だからこうした。喉潰して、魔法? だっけ? そいつを出せなくしたんだよ。まあ正当防衛だろ?」
吐いた血で血みどろになったふたりの姿を見て、ルミナは困惑した。
コンマの言うことを信じないわけではないが、もしこの鬼の仮面の男の目的が私達を油断させてから一網打尽にすることだったとしたら……
モンスターを食べるような人物だ。もしかしたら自分も食べられて……
嫌な想像が頭を過ったが、ぶんぶんと頭を振りそんな邪推を振り払う。
そんな中突然虚坂次緒が口を開いた。
「コンマ君、事後報告になってすまないが、実はドローンを飛ばして君たちの様子を見させてもらっていた。あのふたりが君をいきなり襲ったのは映像に記録されている。だから君の正当防衛の主張は正しいよ」
次緒はそう言って深々と頭を下げた。
「コンマ君。本当にすまない。あんな連中を連れてきた僕の責任だ。このお詫びはまた後日させてもらいたい。それでいいかな?」
予想もしていなかった次緒の言葉に思わずコンマは声を出した。
「い、いやいや! こっちこそ手荒な真似してすまねえ。てかお詫びは後日って……こんななんもないとこでお詫びって、もしかして狩り手伝ってくれんのか!?」
嬉しそうなコンマの問いに、次緒は笑顔でその推測を否定した。だが彼から出た言葉はさらにコンマを困惑させるものだったのだ。
「狩りの手伝いはしないけど……」
――君をここから脱出させてあげるよ。
虚坂次緒は未だ気を失っている外国人ふたりを眺めながらそう言い、ニヤリと笑みを零した。
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